第6話 仕掛け

「商人、だとっ……ふざけるなっ!」

「どこまでも愚弄しおって!」

「たかが商人が勇者として召喚されるわけがないだろうが!」

 聞き取れたのはその程度だ。

 どこぞの国の議員連中のように一遍に騒ぎ立てるので、ほとんどは何を言っているのか分からなかった。

 世界が変わっても人の営みはそう変わらないのかもな。


 まぁ、手を出してこないなら好きに騒ぐといい。

 悪態の類は聞きなれている。

 惜しむらくは語彙力もセンスも持ち合わせてない奴ばかりで、聞いていてもただただつまらない事か。

 せっかくの新しい言語なのに面白い言い回しが一つもない。


「静まれぇ!」

 ぎゃあぎゃあと五月蠅かったのが国王の一喝で一気に収まっていく。先ほども思ったが、こういうところだけは流石に一国の王を名乗るだけはある。

「……儂は、お主が異世界人ということで多少の無礼には目を瞑ろう」

 国王はざわめきが完全に収まるのを待ち、俺の目を真っすぐに見て努めて平静を保ち告げてきた。

 そして、さらに言葉が続けられる。


「だが王たる儂への嘘を許すつもりはない。故に心して答えよ、真に商人であったというのか?」

「もちろんだ。先ほど言ったように俺は一商人。彼のように槍を持ったこともなければ、魔物というものに相対したこともない。なにせ俺の居た世界にはまず魔法なんてものも存在しなかったからな」

 国王はしばらく俺を見たまま言葉を吟味していたようだが、やがて目を閉じてポツリと一言呟いた。

「嘘ではなさそうだ」

 王の感想にそこかしこから驚くような声が漏れだし、小さなざわめきが戻ってくる。

 しかし、国王は目を閉じたまま何か続きを言う素振りすらない。

 なら代わりに俺が発言するとしよう。


「皆さんの不安ももっともだ。世界や国家の危機を救うはずの戦力が商人では確かに嘆かわしい。俺でもそう思う」

 再び静寂が戻り、皆の意識がこちらへと集中する。

 国王も目を開き胡乱げに見ていた。


「俺は商人で剣を振るったこともなければ魔法も使えない。なるほど、皆さまの言う通り勇者には程遠く相応しくない」

 すると、狙い通り先ほどまでとは異なり肯定的な声がちらほら挙がり始める。

 理由は単純だ。

 変だと思う疑い深い奴が居ても、わざわざ俺に味方するはずがない。

 適当に話し続けて同調する声を膨らませてもいいが、キレる奴に深く考える時間は与えたくない。


「だからどうだろう。この際、俺を元の世界に送り返して、代わりに新しい勇者を呼び直すというのは」

 俺の提案にどよめきが走る。

 もちろんこの提案で利用価値が無いと判断されることも考慮はした。

 送り返すのにも何かしらのコストがかかるなら、不要な手間を省く可能性があることは容易に想像がつく。

 しかし、その愚を犯してでも得るべき情報はあるのだ。


 もちろんそれは、帰る方法が存在するのか、ということ。

 勝手に呼んでおいてそれは無いだろうと言いたいところだが、もしも帰る方法が無いというのなら出来るだけ早く知る必要がある。

 なぜなら、もしそうならこんな所に一秒たりとも長く留まりたくないからだ。

 考えてもみろ、誰だって誘拐犯と同じ屋根の下で暮らしたくはないはずだ。

 次に何をされるか分かったものじゃない。


 だからお前たち、俺に少しでも価値を見出してくれるなよ。

 そう密かに心で祈りつつ反応を窺うも、なぜかこの世界の者達は戸惑うばかり。

 ちらほらと近くの者達と話し合っている者も居るようだがそれだけだ。

 国王すらも再び目を閉じてしまった。

 しばし無駄な時間が流れた後、頼りない連中に代わり同じく召喚された剣士のルドルフが俺を援護してくれた。


「陛下、確かに商人では魔物と戦うことなど出来ますまい。彼の言う通りにしてはいかがでしょう?」

「前例が無いのだ。それに……お主らを帰すには魔王を倒さねばならん」

「魔王、ですか……倒すまでにどれくらいの時がかかるとお考えですか?」

「ふむ、マイヤー」

「はっ!」

 剣士に続いた槍使いの問いには、先ほど王をヨイショしていた者が答えるようだ。国王に名前を呼ばれ目線で指示されると一礼して前に出てきた。

 彼の立ち位置が王座に近いということを考えれば、それだけ権力を持っていると見てまず間違いないだろう。


「いまだ神託が下っておらず魔王の出現は確認されていない。そのため、現在はっきりとしたことは言えない。それに既に出現していても、あなた方が授かった力を制御する時間も必要であり、討伐の軍を起こすのにもそれなりに時間がかかる」

「失礼いたします。魔王という者が居ないのに私たちは呼ばれたのでしょうか。もしかしたら現れないということは無いのでしょうか?」

 神官の女がそう尋ねるが、これは元の世界に帰りたいから心配しているのか、現れない方がいいと思っているのか分からないな。

 まぁ、彼女の胸中は有り体に言えばどちらでもいいが、いい質問だ。


「いや、必ず現れる。予兆として魔物が活性化してきており、過去の文献から見ても時期的に間近なのだ。いつ何時とは言えないが出現に備えて十分に準備しておいて頂きたい」

 側近の声に自信が漲っているが俺にとって都合のいい疑問が浮かぶ。

 ここは遠慮なく歪みを突かせていただこう。


「魔王がまだ居ないのに勇者は召喚出来るが、魔王を討伐しないと送り返せない、か。あー……矛盾しているように感じるのは俺だけかな?」

 少し静観していた俺が口を開いたのを側近が鼻で笑っているが、これは侮られているのだろうか。

 ありがたい、もっと軽んじてくれ。

 侮れば侮る程、下に見れば下に見るほど、こっちは情報を読み取りやすくなるのだから。

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