第5話 勇者という名の誘拐被害者たち

「名をエルバート=グレイナー。生家は貴族でしたが末の息子であったため、成人後は家を出て傭兵として過ごしておりました」

 話しているのは俺のすぐ隣の男。

 俺の下着を晒そうとした不届き者だ。

 と、冗談はさておき、先ほど俺にも跪くよう促していたのは貴族の出身だったからだろうか。

 同じような封建社会に属する人間として、権力者の不興を買うのをよしとしなかったのかもしれない。


「武器は見てのとおりの槍を使います。魔術は身体強化が主で槍に雷を纏わせることも出来ます。さらにどれほどの力が授けられたのか楽しみでありますが、世界のため精一杯力を尽くす所存です」

 一人目が剣士で二人目が神官、三人目が魔術師で四人目は槍使いか、見事にファンタジーだな。

 しかし不思議だ。

 なぜ彼らは魔と戦えと言われて、はいそうですか、と即座に受け入れられるのだろうか。


 いや、どうやら俺以外はもれなく魔法がある世界から来ているようだし、他の連中の世界には居たのかも知れないな、そういう類のものが。

 大体が魔とはなんなんだ、悪魔か?

 仮にそうなら倒し方なんて全く分からないぞ。

 第一見えたことすら無い。

 俺が相手に出来るのはちゃんと生きて実体のあるものだけだ。

 それもまぁ、あまり自信はないが。


「そうか、期待しておるぞ」

「ははっ!」

 王の同じような言葉に一人目よりも強い返事で答えている。

 おざなりな応対なのに無駄に元気な奴だ、だが返事がいいのは良いことだな。

 想像するに、彼のような境遇で同じような世界から来たのなら、一国の王に相対しているこの状況は一旗揚げるチャンスなのかもしれない。

 特別な力も得たとなれば尚更だろう。


 槍使いと剣士は若い男。

 神官はダークブロンドの長髪で儚げな雰囲気の女だった。

 彼女は文句なく美人だったが、目を引くのは手にしている仰々しく仄かに光輝く杖の方だ。

 ただ、彼女の説明で俺に理解できたのは何やら神聖な物だということだけ。

 ちなみに、王や周りの連中がしきりに感心していたから、おかげで俺には関係の無いものだとハッキリと理解した。


 で、もう一人の魔術師はというと、よく分からない。

 神秘的な銀色の髪をショートカットにしていて、なんとなく少女だとは思うのだが……。

 というのも、話し方は男っぽいのだがどうも無理をしている印象があるし、その声は声変わり前だとしてもかなり高い。

 声変わりもまだなのだろうが、さらに中性的で可愛らしい印象の顔立ち、極め付けはマントらしきものですっかり隠れている体型だ。

 これでは男でも女でも本人にそう言われたら頷くしかないだろう。

 わざわざ引ん剝いてまで確認することじゃないしな。


 魔術師の性別はさておき、興味深い彼らの話の中でも一番気になったのは魔術師が出身を惑星オルゼンタスと言ったことだ。

 そのような惑星はもちろん聞いたことはないが、惑星と認知しているのなら宇宙の存在を理解しているのも間違いない。

 それどころか自分の出身を言うのに惑星とつけるということは、惑星間での交流を示しているのではないだかろうか。


 少なくとも俺は自己紹介で惑星地球出身と名乗る奴に未だ出会ったことはない。

 こんな所で自分達よりも科学的に発展している可能性のある文明と出会うことになるとは、帰る前に腰を据えて話してみるのも面白いかもしれない。

 そんなことを考えていたせいだろうか、自分の番が来ることをすっかり忘れてしまっていた。

 不覚にも見た目は脳筋寄りの槍使いに槍の石突きで突かれ目線で促されようやく気がつく始末。

 これだけ隙を晒せばたとえ殺されていても文句は言えないな。というか、ふつう手が届かなくても槍で突くか?


「その方、おい、そう最後はお主だ。まったく……これでは五人居ても四人と変わらんな」

「何をおっしゃいます陛下、勇者様方が五人現れたのは陛下の御世が初めてのこと。勇者様は神からの贈り物、寵愛の証でございます。これは全て、陛下のご人徳のなせる業にございますれば」

「陛下のご人徳のおかげにございます!」

 側近が愚痴る国王をよいしょすると、臣下たちが声を綺麗に揃えてそれに続いた。


 こいつら、こんな練習ばかりしてるんじゃないだろうな……。

 この国の内情を一切知らないが、赤の他人に世界の脅威を押し付けてこんな下らないことに時間を費やしているのでは、とつい根拠の無い疑いを向けて気が滅入る。

 そんな俺とは逆にいくぶん機嫌を良くした様子の国王が俺に尋ねてくる。


「ふむ、であるか。それで、お主はどういう者だ?」

 しっかりしろ、元の世界に帰るんだろ。

 俺は若干うんざりしていたのを誤魔化すように笑みを浮かべて口を開く。


「俺か。名は、あー、ルシアンと呼ばれている。出身はまぁさておき、最後に居たのは、そうイスタンブールだったはずだ。ちょっと仕事でね。で、仕事の都合であまり一所に留まらないし、別の世界とはいえ特定の所在を述べる気にはまだならないな。他にはそうだな、趣味はいろいろあるがやはりここで言うことでも無さそうだから割愛するとしよう。まぁ、何か知りたいことがあれば個別になら答えてもいい」

 こんな人を小馬鹿にした説明で納得できる奴は居ない。


 ちなみにルシアンというのは通称だ。

 本名は悠理というのだが、アジア系なのにユーリという響きが面白かったらしく、ロシア人、つまりルシアンと呼ばれるようになった経緯がある。

 使い勝手も悪くなかったことから、それ以来仕事ではルシアンで通してきたという訳だ。


「儂の問いに答えていないように思うが、魔物にはどのように対処していたのだ?」

 やはり国王も満足することなく、不機嫌さをさほど隠さぬ声で再びすぐさま情報を求めてきた。


「あぁ、それか。これでも俺はどう話すか悩んだんだ。その、俺の居た世界には魔、または魔物というのは居なくてね。考えてみたが結局割愛することにした。まぁ、もし居たとしても俺にはどうしようもなかったはずだ。なにせ俺は商人だからな」

 もっと揶揄おうかと思ったが、あまり焦らして怒らせ過ぎても意味がないからな。早々に答えてやった。

 しかし、やはり俺の答えが想定外だったのか衝撃的だったのか、国王だけではなく広間中が静まり返った。

 期待通りの反応のよさに気をよくして周囲を見渡すと、人を食ったような笑みを浮かべて両手を広げこう言った。


「何か問題でも?」

 その言葉を引き金に広間が怒号に包まれた。

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