第4話 攫われた先は異世界
「よく来た、勇者たちよ。儂がイーデルベルク王国国王である」
その言葉を聞いた途端、隣の四人が各々形式は多少違えども揃って膝をついた。
服装を改めさせられただけでなく、前もって説明を受けていたのだろうか。
指示されていても俺なら絶対にやらなかったが、この距離でこういうのを見るのは中々に面白い。
驚きの笑みを浮かべたまま彼らから視線を前に戻したところ、国王陛下様とばっちり目が合ってしまった。
別に見つめ合っても楽しくは無いしさっさと先を続けて欲しいのだが、いつまで経ってもその気配が無い。
「うん?」
気づけば、隣の青年がお前も膝をつけとばかりに裾を引っ張っている。
深緑というなかなか思い切った色に髪を染めている割にこういうことは気にするタイプらしい。
それなりの力で引っ張ってくるので、俺としてはベルトを限界まで締めてもサイズが合わなくなったズボンが脱げないか気が気でない。
一応は気遣ってくれているのだから振り払うのもどうかと思い、俺は気持ち大股で一歩横に距離を取る。
すると、体勢を崩しかけた彼は自然と裾から手を離してくれた。
脱げなかったことに安堵して視線を前へと戻すと、国王と再び目が合ってしまう。
気まずくならないよう、にっこりと大きな笑顔で答えたがお気に召さなかったようだ。彼はぶすっとした顔で口を開く。
「イーデルベルク国国王である」
「そうか、二度も自己紹介をしてくれてありがとう。だが俺の耳を心配してのことなら大丈夫だ。耳はまだちゃんと聞こえている。しかし、もしもだが、自分が王であるから膝をつけ、と言うのならこう言わせてもらおう。俺の王ではない」
広間にどよめきが走る。
しかし、俺の言い分はカルト集団ということを加味しても当たり前のことだ。
ここは俺の国でもなければ、こいつは俺が仕える相手でもない。
敵か客か交渉相手か、そのどれかだ。敵ならあり得ないし、他二つなら俺に利するものを提示するのが先だ。
俺にメリットがあるなら条件次第で膝くらいいくらでもついてやるぞ。
「なんと……」
「不敬であるぞ!」
「勇者といえど無礼が過ぎるっ、命が惜しくば伏してお詫び申し上げろ!」
誘拐しておいて何を言っているのだろうか。
そもそも俺はこの国、いやこの組織の存在すら知らないというのに、いきなり俺に道化を演じろというつもりらしい。
まったく、こんなよく分らん仕事、本職の役者でも半分は前金で要求するだろう。
当然、俺は何の説明もなかった手術の他には一銭たりとも貰った記憶がないし、仮にここが王国でも奴が王だとは一ミリも思ってはいないのだ。
周囲から浴びせられる謂れのない非難の声を呆れつつ無視していると、イーデルベルクとやらの国王陛下さまが手を挙げて収めた。
「静まれ。この者は異世界人だ。そのままでよい、許す」
許されるようなことではないと思うのだが、ここの者達にはそうでは無かったようだ。
そこかしこで感嘆の声が上がる。
「おぉぉ、さすがは陛下」
「うむ、誠に寛大でいらっしゃる」
「いや、しかしだな……」
「おいっ、陛下が許すと申されているのだ。命拾いしたな小僧」
本当に寛大ならどうして言い直してまで跪けさせたかったのか、ねちねちと理由を問い質してみたくなるな。
まぁ、木っ端どもの戯言なんてどうでもいい。それよりも気になるのは異世界人と言われたことだ。
何かこう、フレーズかイントネーションの違いだろうか。
いい世界人とか、一世界人とか……かなり苦しいな。
そう考えたところで、自分が話しているのも聞いているのも、その両方が知らない言語だということに気づき愕然とした。
知らない言語なのに母語のように自然に理解でき話すことができる。これはどういうことなのか思考が混乱しかけるが、思いがけずその答えはすぐ国王によって与えられた。
「この者らの所作を取ってもそう。一人一人召喚元となる世界が違うのだから、いきなり我らの型にはめようとしても無理なことよ」
跪く四人を指し示しながら未だ不満そうな臣下達を納得させているが、世界が違う、その言葉だけが俺の耳に突き刺さるように残った。
「まさか……」
まさか、儀式だなんだというのが全てお芝居でなかったとでも言うのか。
だが、そう仮定してみると不可解に思っていたことが、一つ一つカチリカチリと歯車が合うようにしっくりくる。
そこで改めて翳して見た両手は若々しく、その手で慌てて顔に触れると皺一つ無いハリのある肌がそこにあった。
「こんな……こんなことが……」
異なる世界が存在するなんて、映画やおとぎ話などの創作の世界でしかないと思っていた。
それだけに、年甲斐も無くなんとも言えないモノが沸き上がってくる。
しかし、妙な感動に浸っている場合ではない。
こういう事態に憧れている者ならばまだしも、俺は自分の持ち得るものの全てを投げ出してまで体験してみたいとは思えなかった。
むしろ月や深海の方がよほど興味深い。
二つとも金銭とは別の理由で無理だったが、歳を重ねても、行ってみたい自分の目で見てみたいという思いは強かった。
そうだ、異世界のことなんて想像したことすらなかった。
そういうことを夢想するような歳でもなかったから当然と言えば当然だが。
「……帰らないと」
こんな連中に付き合ってやる義理はない。
自分の人生を取り戻すのだ。
なんとか元の場所に戻すよう交渉するか、最悪帰る方法だけでも聞きださなければならない。
気持ちを落ち着かせ思考を纏めて顔を上げると、ようやく広間にあった騒めきが収まって再び国王がこちらに向いて口を開くところだった。
「うむ、まずは勇者諸君に自己紹介をしてもらおうか。では、そちから」
指示されたのは俺とは反対側か、順繰りにいくなら俺の番は最後になるな。
「はっ、この度は勇者として召喚の栄誉を賜り――」
「ちょっと待ってくれないか」
何の躊躇いもなく応じて話し始めた一人目の言葉を遮って声を上げる。
その前に聞くべきことがあるだろうに。
「なんだ?」
少々不機嫌そうな声で国王が聞いてくるが、お前の機嫌も知ったことじゃない。
「自己紹介と言うが何を聞きたいのかが分からないな。一体我々は何のためにここに呼ばれたのか、まずそれを教えてもらえないか?」
「言われてみれば……」
と、隣の男が今さらのように呟いている。なんともお気楽な奴らだ。
一方、国王も国王でそんなことか、とでも言いたそうなつまらない顔をしているが、お前の常識がこちらの常識ではない。
先ほど自分でそれに近いことを大仰に臣下に言っていたはずなのに、もしやもう忘れたのだろうか。
「あぁ、まだ言ってなかったか。お主らにはこの世界の脅威である魔と戦ってもらう。そのための力であるギフトは召喚の際に授けられているはずだ。もうよいな、ではその方から」
もちろんこれで分かっただろう、とでも言わんばかりの確認を取ると、誰にも一切承諾を得ないまま再び一人目に話すよう指示した。
「ははっ、召喚の栄誉を賜り誠に光栄にございます陛下! 私の名は——」
あの説明で何の疑問も出なかったのか。
それとも分からない俺がおかしいのか。
言われるがままに話し始めた一人目の言葉に呆れながらも一応は耳を傾けつつ、これを機に交渉の段取りをつけるべく思考を巡らし始めた。
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