第3話 攫われた死の商人3

「参りますよ」

 ローブ姿の女が声をかけると扉が開いた。

 確か、俺を見つめてにこやかに微笑む彼女、前王の娘と言っていたか。

 そのお姫さまを急かしていただけあって、組織の中でも幹部クラスと思われる不審者が他の者たちに指示を出している。


「お手を」

「あぁ、ありがとう」

 寄ってきた不審者の手を借りて立ち上がる。

 声もそうだが手が柔らかい。やはりこいつも女らしい。

 まぁ、力ずくで逃げる気はさらさら無いし、大量のおっさんに囲まれているよりは若い女性に囲まれている方がずっといい。

 たとえそれが不気味な集団でも。

 などという浮ついた考えも、両開きにされた扉から差し込む光が床いっぱいに描かれた紋様を明らかにしたことで、サッとどこかに消え去った。


 なんというかなぁ……。

 口にこそ出さなかったがゲンナリする。

 免疫が無いからだろうか、こういう類のものはもう既にお腹いっぱいだ。

 いろいろ縁があってアフリカの厄除けには触れる機会があったが、あれとはちょっと違うんだよな。 


 だとしても、否が応でもこいつらの総本山とでも言うべき輩に会わなければいけない。

 出来れば陛下が、手下を洗脳して操るのが目的でオカルトを利用しているだけの、正常な頭の持ち主であることを願うばかりだ。


 仮に、だが。

 上手く付き合っていけるなら敵対することもない。

 金を生むのは間違いないのだ。

 もちろん、声が元に戻ればという条件付きではあるが。

 人魚姫よりはライトな条件だが、いくら贅肉の代わりでも声が変わるのは勘弁だ。

 確かに脂肪は鬱陶しいが、声を犠牲にするほど困っていた訳ではないからな。俺は。


「……勇者さま」

「あぁ、今行く」

 軽くため息をつきながら余裕の出た腹周りに無理やりベルトを締めて合わせていると、ローブ共の一人にそれとなく催促されて部屋を後にした。


 最初の部屋と大して作りの変わらない味気の無い通路を進み、扉をいくつかくぐる。

 やがて絵画や彫刻、鎧といった装飾品の飾られた空間へと出た。

 徐々に現実へと戻ってきている気がする。


 しかし、そこまで芸術に造詣が深くはないとはいえ、どうにも雰囲気すら見覚え無いものばかりだ。

 これでも美術品の類は数だけはそれなりに見ている方だと思うのだが、どれも誰の作か見当すらつかない。

 鎧もゴテゴテした妙な装飾のせいで何処に由来する物かさっぱりだ。

 まぁ、飾られている場所も場所だし、ざっと見たところあまり年代の経っていない物も多い。

 ここの教祖様が目を掛けている作り手によるものなのかもしれないな。


「広いな」

「もう少しですので」

「あぁ」

 これほどに勢力が大きく個性的な組織なら、多少なりとも耳に入ってもおかしくないと思うのだが……。

 外向きの区域に入ると、あちらこちらに兵士らしき姿も見られる。その数も少なくは無い。

 なのに、警備のはずが拳銃すら持っておらず、時代錯誤も甚だしい服装に帯剣していたり槍を持ったりしている。


 こいつ等がどんな敵を想定しているのか激しく問いただしたい。

 これではまともに武装した敵に対しては向こうに並べてある鎧と同様、装飾か弾除けとしての価値しか無い。

 大した訓練も受けていないゲリラにすら簡単に制圧されるだろう。


 いやまぁ、そもそも防衛戦力としては数えられていないのかもしれないが、どうにも手の込んだ道楽だな。

 俺にはいまいち良さが分からないけれど、個性的な趣味を理解しようと思うこと自体が間違いなのだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、一際立派で手の込んだ装飾の施された扉の前に着いた。

 さて、ようやく俺をハメた奴とご対面のようだな。


「神託の巫女さまが最後の勇者さまを連れてお見えです!」

 扉の脇に控えていた兵士たちによって扉が開かれ、俺たちの到来を告げる声が張り上げられる。

 側で聞かされるのはなかなかに鬱陶しい。その音量も内容も。だが音量に関しては、開かれた扉の先の広さを見ればそれも仕方が無いことだと分かる。


「参りましょうか」

「あぁ」

 神託の巫女と呼ばれた少女に誘われるまま彼女の少し後ろをついて行く。

 何百人と収容できそうな広間であるのに対し、居るのは壁際に等間隔に並ぶお飾りの兵士と、奥にこれまた中世の貴族のような格好をしたのが数十人ほど居るだけだ。


 その最も上座の数段高い席にただ一人座る男。

 なんと、ご丁寧に冠らしき物まで頭にのせている。

 あいつだな。


 近くに居る者と話しているため横顔しか見えないが、服装は他の者たちと似たり寄ったりだ。

 まぁ、センスはともあれ段違いに豪華ではあるか。

 しかし、外見だけで判断するのもどうかとは思うが、まともな交渉ができるのだろうかというとやはり疑問だ。

 見ていた俺の視線に気づいたのかどうかは分からないが冠男がこちらを向いて口を開く。


「ようやく揃ったか」

 そんなに待たせたのだろうか、声に微かな疲労感と煩わしさが滲み出ている。

 しかし、揃ったとはどういうことか。

 先ほども最後のと言っていたから拉致された者が他にも居るのかと思ったが、見回してもそれらしき者は見当たらない。

 位置としては冠男の前に四人並んで立っている奴らがそれっぽいが、腰に剣を帯びていたり槍を手にしていたり、あまり実用的な形状ではない杖らしき物を手にしているのが見えた時点であちら側と判断した。

 したのだが……。


「こちらへどうぞ」

 と、神託の巫女さまに彼らの隣に立つよう勧められてしまった。


 ……なぜだ。

 どう見ても俺とこいつらは違うだろう。

 それとも先に起きたばかりに、彼らは奴らの好みの格好に無理やり着替えさせられたのだろうか。

 そうだとすると不憫なことこの上ない。

 

 隣に並ぶ者を横目でさっと一瞥すると、どうがんばって上に見てもせいぜい二十歳に届くかどうかといったところ、しかも下はまだ十代半ばもいってなさそうなのも居る。

 本当に俺はこいつらと同じ括りで攫われたのか……?


 一人だけ年齢層が違うことで、ここに居る理由がますます分からなくなる。

 これからどんな仕事をさせられようとしているのか。

 いくら考えてもさっぱり分からない。

 もはや見当すらつきそうにない。

 すでに当初の予想は悉く裏切られてしまった。

 全く想像がつかない事態に降参して苦笑すると、腕を前で組んで国王陛下さまに向き直った。


 なるようにしかならん。

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