第2話 攫われた死の商人2
「ルシアンだ。無学なもので申し訳ない。こちらの国がどの辺にあり、どなたが国王をなさっているのかをお教え願えるか?」
これで大体の現在地と犯人の目星がつけば万々歳、そう考えたところで自分の声に違和感を覚えた。
「もちろんですわ。我が国は——」
「ちょっと待て」
快く説明し始める彼女の言葉を乱雑に遮って喉に手をやり確かめる。
「あー、あぁ?」
なんだこれは、俺の声にしては妙に高い。
自分で言うのもなんだが、低いながらも甘さのあるいい声だったはずだ。
俺の成功にあの声が全く関係なかった、とは言いがたいほど話術に彩りを添えていたのは確か。
だが、これではなんというか、十代かそこらの青臭いガキの声みたいだ。
どう考えても眠っている間に何かされたに違いない。
「俺に一体何をした?」
不思議そうにこちらを見ていた少女に目を細めて問うと、彼女は俺の様子の変化に少し狼狽えているように見えた。
だが、彼女は自身より明らかに動揺してざわめき立つ周りの連中に向け手を上げ、落ち着かせるように制すると口を開く。
「何を、とは一体何のことでしょうか?」
「声がここに連れて来られる前と変わっている。心当たりはないか?」
聞き返し方を白々しく感じた俺とは裏腹に、彼女は思い当たる節があるようで表情を緩めて返事をする。
「それはこちらにいらして頂く際にお身体の最適化が行われたからだと思います」
「最適化……だと。それはどういうものだ?」
奇怪なフレーズだ。
おおよそ人体へと用いる言葉には思えないが、こいつらの間では何らかの手術か投薬を指すのかもしれない。
やはり何かされていたか、と思わず声音が少し低くなったが実態を知らなければ戻しようもない。
俺は出来るだけ冷静に説明を促した。
「はい、勇者さまとして来て頂く以上、心身の疾患や加齢による衰えは望ましくありません。故に、適切な年齢や状態へと神の御力で調整されるのです」
淀みなく言い切った彼女の様子からして恐らくそれ以上でも以下でもない説明だったのだろう。が、俺には全く理解できなかった。
「勇者、だと……この俺が?」
「はい、ルシアンさま」
半ば怒声に近かった俺の問いに彼女は恭しく返す。
一体どういうつもりだ。俺が誰か分かって言っているのか!?
と、怒りに任せて飛び出しそうになった言葉を腹に留めるも、怒りが収まらず脳内を駆け巡ってしまう。
俺のことを勇者だと……なんの冗談だ。
大体がこんなご時世に勇者だなんて、そんなことを言ってはしゃぐのはせいぜい学生や年端もいかぬ若い奴らだろう。若者たちがどうしようもない事を粋がってやって、周りから勇者だなんだと囃し立てられるならまだ分かるが、俺はもうとっくにそんな歳じゃない。
むしろその年頃の孫が居てもおかしくないくらいだ。
それに、年齢を無視しても俺の周りにそんなことを言ってくる奴らは……いや、救世主だなんだと大げさに騒ぐ連中は居たか。
まぁ、俺の仕事があまり一般的なものじゃないせいか、仕事相手にも色々な奴が居たからな……。
いや待て、そんなことは今どうでもいい。
攫ったからには理由があり、奴らは俺のことを知っているはずだ。
つまり、俺が死の商人と揶揄されるほど、裏の世界で長年に渡って手広く仕事をしていることは当然知っているはずなんだ。
なのに、こいつらときたら他人の身体を弄った挙句、カルトじみた訳の分からない事ばかり押し付けてくる。
これならラリってる連中の方がまだマシだ。人にもよるがシラフの時はまだ話が通じる。
あぁ、多少キメてる方が調子のいい奴らも居たか。まぁあえて今思い出したい奴らでもないな。
「ルシアンさま、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。少しだけ待ってくれ」
「かしこまりました」
ため息を吐きほとんど落ち着いた気持ちを整理する。
たかがカルトの役者を押し付けられたくらいで苛立つとは、俺らしくない。
どうも思考に落ち着きが無いというか、あちこち飛びがちというか。
情けなくなって恥ずかし紛れに俯くと、五十を過ぎた頃から出始めていた腹がすっきりと収まっていることに気づいた。
触ってみると普段は指を受け止める薄くはない脂肪の代わりに、皮の下すぐそこから筋肉が押し返してくる。
慌ててシャツを捲り上げるもそこには傷跡一つ無い。
「ルシアンさま、もしやお身体の具合がよろしくないのですか?」
「あ、あの忌々しい腹を片付けてくれたのかっ!?」
「お腹、ですか? 私どもには分かりかねますが……」
しらばっくれるつもりか。
でもいったいどうやって……傷跡一つ見当たらないぞ……。
いや、神の力と言っていたし、そう易々と自分たちの技術について話しはしないだろう。
もしや、この技術を売り込むために俺を攫ったのか?
推測に過ぎないが、可能性がないとは言えないな。
違法な治療や未承認の治療は金になる。しかも、これほどの技術とくれば猶更だ。
過程はともかく結果は結果だ。
少なくともこの腹の分は礼をしないといけない。
最近は歳のせいか少々運動したくらいでは落ちないからな。
「あの、本当にご不調はございませんか? 儀式に不備や不具合はなかったと思われますが、なにぶん滅多に使われない魔法ですので、何か異変を感じられましたら遠慮なく仰ってください」
気遣わし気に彼女が声をかけてくる。
なるほど、自分の腹を無言で触り続けるおっさんなど、年ごろの女性から見れば不気味でしかないだろう。
「うん、まぁ……」
返事をしようとしたが言葉はそれ以上続かなかった。
あまりのことに、いまいち心と頭が連動してこない。
一先ず、腹についてはへっこんだ以上何も文句はない。無事に解放してもらえるならまた太った頃に攫ってほしくもある。
あぁそうだ。声は何とかしてもらわないと。
思えば若い頃はこんな声だった気もするが、聞き慣れなさ過ぎて俺自身落ちつかない。
よし、神だ儀式だと言うのはこの際綺麗に無視しよう。
ビジネスはビジネスだ。
時と場合によればオママゴトでも何でも付き合ってやる。
まずは黒幕の正体と声帯だな。
「いや、問題ないよ。まぁ、声は少々——」
「姫さま」
不満が残るけどね、という俺の言葉は少女に一番近いローブ姿に遮られた。
いきなりなんだこの不審者は、というかこいつも女か。
まぁ、例えここに居る全員が女でもこの人数ではそう簡単に動くことは出来ないが。
「なんですか、勇者さまがお話しされている最中ですよ?」
「誠に申し訳ございません。ですが、陛下を始め皆様にお待ち頂いているのです。そろそろ広間に向かわれたほうがよろしいかと」
陛下、そいつが親玉だな。
ご親切にも強引に招待してくれた上に、プレゼンよろしく人体改造手術まで施してくれたのだ。これまでに無く飛び切りイカレた奴だろう。
「確かにそうですが、勇者さまのお身体に万一のことがあっては」
「俺なら大丈夫だ。人を待たせるのは苦手だしな」
「そうですか。それなら参りましょうか」
「あぁ、よろしく頼む」
ビジネススマイルを浮かべて伝えると彼女は自然と微笑んだ。
オカルトに毒された中身はともかく、その姿は花々が咲き誇るように可憐だ。
問題なければ彼女のことは助けてやるとするか。
……いい精神科医を付けてやらないとな。
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