サイゼで喜ぶ彼女をサイゼに連れていったら盛大に喜ばれた件
月ノみんと@世界樹1巻発売中
第1話
2月14日は、バレンタインデーだ。
俺はその日に、バレンタインディナーを予定していた。
俺こと佐藤純一には、長年付き合っている彼女がいる。
彼女とは幼馴染で、小さいころからずっと一緒にいた。
高校を卒業して、そのあとなりゆきで付き合うことになった。
今俺は中小企業に勤めていて、いわゆる社畜というやつをやっている。
仕事は激務で薄給だが、彼女の笑顔だけが救いだった。
バレンタインディナーを計画しているカップルはかなり多い。
特に最近は、店側もそれを狙って限定メニューを用意したり、積極的にバレンタインディナーを押している。
だから、バレンタインディナーは、あらかじめ店を予約しておかなくてはならない。
まあ店を選ばないのであれば、それこそチェーン店にでもいけばいきなり行っても大丈夫だろう。
だがせっかくのバレンタインディナーだ。
普段俺は彼女になにもしてやれないでいた。
だからバレンタインディナーくらいは、それなりの店でちゃんとした食事を、と思っていたのだ。
それなのに――。
「な…………!?」
バレンタインデー当日、店にいった俺たちは、衝撃の事実を告げられる。
「予約できていない……だって……!?」
「すみません。こちらの手違いでして……。申し訳ございません。佐藤様でのご予約は、承っておりません……」
「ど、どうして……!」
「すみません……担当のミスかと思います……。とにかく今回はお席が用意できません……。申し訳ないです……」
「そんなのって……!」
深々と頭を下げる店のウェイターに、俺は怒りと困惑を抑えられない。
俺は数か月前から、電話で予約を入れていたはずだ。
たしかにあのとき電話で、予約を承りましたと言っていたはずだ。
それなのに……!
あれはなんだったんだ……!?
怒り心頭する俺を、なだめるように彼女が言う。
「大丈夫だよ純一……。この店じゃなくても、私は気にしないよ? ね? もういいから、いこ」
「あ、ああ……すまないな……」
彼女――名瀬香澄は、まったく気にしないといった感じでそう言った。
本心では、きっと彼女もがっかりしているはずだ。
この店は、二人でどこにするか迷った末に選んだ、特別な店だったのだ。
それなのに、彼女は落胆するそぶりをまったく見せない。
それは俺に気をつかってのことなのだろう。
まったく、俺にはもったないほどのできた彼女だ。
「それじゃあ、別の店にいこうか……」
「うん、そうだね」
俺は急いで、近場のよさそうな店を検索する。
スマホに音声入力で尋ねると、数件の店がヒットした。
その中から、さっきの店と同じくらいの店を選ぶ。
だが、その店に行っても、俺は絶望を突き付けられた――。
「すみません……今日はもう予約で埋まってしまっていて……」
「そ、そうですか……」
非常に残念だが、やはり今日はどこもだめみたいだった。
せっかくのバレンタインディナーだというのに、俺は本当についていないな。
俺は今日、プロポーズをするつもりでいたのだ。
だからはりきって、かなりの高級店を予約した。
それだというのに、計画がめちゃくちゃだ。
「はぁ……くそ……」
俺たちは公園のベンチに座り、落胆する。
といっても、落胆しているのは俺だけなのだが。
彼女は落ち込む俺をよそに、自販機でコーヒーを買って隣に座った。
「はい、これ。寒いでしょ?」
「あ、ああ……ありがとう」
確かに、さっきから店に入れず、冷たい夜の街を歩いたから、かなり冷えていた。
そういったところにも気が付いて、こうして俺にコーヒーを差し出してくれる。
本当によくできた彼女だと思う。
だからこそ余計に、俺のふがいなさが申し訳なくなる。
「はぁ……ごめんな……俺がちゃんと確認しなかったせいで……」
「ううん。純一はいつもお仕事頑張っていて、忙しいもんね。それなのに予約をまかせちゃって。私もちゃんと見るべきだったね。ありがとう純一。私は全然気にしてないから、大丈夫だよ。落ち込まないで」
「香澄……ありがとう……」
俺たちはしばらく公園で座っていた。
ややあって、香澄が俺にある提案をした。
「あ、そうだ……! あそこならやってるかも……!」
「え……?」
こんなバレンタインの夜に、急に入れるような高級店……。
俺はまったく思いつかなかった。
「ほら、ここにしようよ! けっこう空いてるよ?」
「え……でも……ここは……」
香澄が俺を引っ張ってきた店は、高級店などではない。
全国チェーンのファミリーレストラン――サイゼリンだった。
たしかにサイゼは、バレンタインでも予約なしで入れる。
それに、サイゼもバレンタイン用のメニューをやっていた。
「いいのか……? こんな安い店で……」
「いいの! 純一とならどこでもいいよ。それに、私サイゼ好きだし」
「そう……だったな……」
そういえば、こいつは昔からサイゼが好きだったな、と思い出す。
小さいころ、よく一緒に家族ぐるみで来たっけ……。
「ねえ純一! 私これ食べたい!」
「ああ、いいぞ。いくらでも食べろ」
「ふふ……半分こね」
彼女は嬉しそうに、食事を楽しんだ。
なんだか久しぶりに彼女の無邪気な笑顔を見られた気がする。
これなら、高級店にいかなくてもよかったのかな。
「ほら、バレンタイン限定のチョコレートパフェだって!」
「うん、おいしそうだな」
香澄は子供のようにはしゃいでいた。
ああ、そうか……俺は彼女のこういう人柄に惹かれていたのだった。
きっと高級店でなくとも、彼女は喜んでくれる。
それは初めからわかっていた。
まあ、全部俺のくだらない見栄だったのかもしれない。
香澄となら、どんな店でも幸せだ。
「そういえば……なんでこの店を選んだんだ……?」
「え……?」
「ほら、サイゼじゃなくても、他にもいろいろチェーン店はあるだろ?」
「もう、純一……覚えてないの?」
「なにがだ……?」
「私たちが最初にデートしたとき、サイゼだったでしょ?」
俺はそのとき、はっとした。
なつかしい思い出が、脳裏によみがえる。
「ああ…………そうだったな…………」
そういえば、あのときもこいつはこんなふうに喜んでいたっけ。
別にサイゼなんて、子供のころから何回も来ているというのに、デートだから特別、と彼女ははしゃいでいた。
「まったく……お前は変わらないよな……」
「えー? なにー?」
「なんでもない……」
俺たちはそのあとも、サイゼを楽しんだ。
たぶん、このバレンタインの夜に、世界で一番サイゼを楽しんでいたのは俺たちだと思う。
サイゼを出たあと、俺たちは公園を散歩する。
夜風にあたって、すこし寒いが心地いい。
公園には、他にもカップルがいて、みなそれぞれにいちゃついていた。
俺は意を決して、彼女に切り出す。
きっと、香澄なら、なんでも受け入れてくれると信じていた。
「香澄……!」
「なに? 純一……」
「お、俺と……結婚してくれ……!」
本当は、高級店でディナーを楽しんだあとにプロポーズする予定だった。
予定はくるってしまったけど、それでも俺はプロポーズをすることにした。
場所やシチュエーションにこだわるよりも、もっと大事なことがあると気づいたからだ。
俺は、一刻も早くこの子と一緒になりたい。
世界一素敵な彼女を、少しでも早くお嫁さんにしたかったのだ。
香澄は、俺に振り向いて言った。
「もちろんだよ、純一」
「香澄……」
彼女は俺にそっと口づけをし、ポケットから小包を取り出した。
「これ……」
「開けてみて」
小包を開くと、中にはチョコレートが入っていた。
そして、それに添えられたメッセージカード。
「結婚……してください……!?」
「ふふ……ほんとはね、今日、純一が言ってこなかったら、私から言うつもりでいたの」
「そうだったのか……」
「相思相愛だね……♡」
香澄は、すこし照れくさそうに、顔を背けてそう言った。
「ハッピーバレンタイン」
――――――――――――
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