第15話「キヨラ」
**************************************
突然現れて抱きしめてくる女に、幸は見覚えがあった。
「さっきの演奏さぁ……。
……凄かった。
上手いとかそんな次元じゃなくて……。
もう君にしか弾けない、奇跡を聴いてるみたいだった。」
女は頬を赤らめて言う。
女のすらっとのびた足は奴隷が着るかのようなぼろ布から覗いていても、美しいものであった。
覗かせる胸元の膨らみは何か宝石のようで、着ている衣服とのギャップをうかがわせる。
「……あなたは、ろっ、路地で、ヴァイオリンを弾いていた人だよね?
なっ、なんでついて来たの……?」
幸は、先ほどの出来事から人間に対しての不信感は強い。
震えるような声で問いただした。
「警戒しないでよ。
私は“キヨラ”っていうの。
君の演奏に一発で落ちちゃった。
本当に。
……尊敬してる。
いや、惚れてるって言ってもいいの。
君の演奏に、ううん……。
……君に恋をしちゃったの。」
恋の色はモーツアルトのピンクである。
そう言うと抱きしめていたその手をさらに深く伸ばし、幸に密着してくるキヨラ。
当然面白くないのは、赤いコートになっているもう一人の女である。
「幸は俺の嫁だ!!
お前!!
そんな馴れ馴れしくすんな!!」
ピーネは急に現れたライバルにご乱心。
両手に花?の状態の幸だが、やはり鮮度がモノを言う。
「キッ、キヨラさんね……。
おっ、俺は佐倉幸(さくらこう)。
あなたのヴァイオリン……。
実は俺もこっそり聴いていたよ。
いい演奏だった……。」
敵対心がないことをうかがえたことに安堵しつつ、路地裏の3人の演奏には感心するものがあった幸。
素直にあの時感じた気持ちを伝える。
「えっ!?
私達の演奏聴いてくれていたの!?
私達、【楽奴】の音楽なんてみんな聞こえないのに!!
……どうしよう。
嬉しいやら恥ずかしいやら……。
ううん、やっぱりとっても嬉しい!!
……ありがとう。」
キヨラがまた頬を染める。
そして目尻が赤くなるのを隠すように手の甲で拭う。
演奏を聴き合ったもの同士にしか分からない、特別な共感覚というものがある。
幸とキヨラはお互いの演奏を認め合い、お互いの音色を、色を確かめ合った。
それは精神的なまぐあいと言えるのかも知れない。
「聞こえない?
あんないい演奏に誰も集まってないのは、変だと思っていたんだけど……。」
幸はキヨラの言葉にとても違和感を感じた。
「……そうなの。
みんな”音が苦”とか言って音楽を嫌ってるのよ。
そうしたら、もう誰も"音楽"を聞くことすら出来なくなったの。
だけど、君は聞いてくれた……。
……私の音楽を感じてくれた。」
キヨラは熱いまなざしは幸の胸に刺さってくる。
二人の間を、サリエリのように赤黒く闘志を燃やし、割ってくるのは当然ハーピー。
「なんだよ!!
俺だってハープが弾けるぞ!!
俺の音楽だって聴いてから喋れ!!」
目をぐるぐるに回したかのようなテンパり具合でピーネは叫んだ。
ピーネだって結構上手くハープが弾ける。
一人だけ演奏を聞かせられていないのはフェアじゃない。
「幸!キヨラって奴!!
しっかり楽器持って放すなよ!!」
そういうとピーネは右足で幸を掴み、左足でキヨラを掴んで、自分のハープが置いてある、迷わずの森まで一目散に帰って行くのだった。
**************************************
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます