第149話 夢姫、挑戦する。(13)
第二王子の隠れ家にはありがたいことに、食糧も洋服も寝具もすべてが揃えられていました。夢姫でも数日は暮らせそうだったので、ほっと胸を撫でおろしました。しかし、建物に一人きりの状況で夜を明かしたことがありません。
「どうしたものでしょう」と呟く声も、一人きりの隠れ家に消えていきます。そこでふと外へと目をやると、庭に灯りがあるのを確認しまいた「あれは?」と思い目を凝らしてみると、王城からの騎士でした。
警護をしてもらっていることを知った夢姫は「これなら必要以上に不安にならなくてもいいかもしれないわね」と思い、寝台へと身体を滑り込ませました。そしてそのまますぐに眠りへとついてしまったのです。
夜が明けて城下町のどこそこから鶏の鳴き声が響き始めたところで、エメラルドの瞳はゆっくりと開かれました。一瞬、どこに身を置いているのか混乱しそうになりましたが、自分で第二王子の隠れ家へやってきたことを思い出しました。
「家出をしてきたというのに、わたくしったら恥ずかしいわ」
独り言を零しながら、上体を起こします。ぐんっと背伸びをすると、気持ちが解き放たれます。誰にも邪魔をされない感覚に、夢姫はほうっと息をつきました。
「こんなに息苦しくないのって何年振りかしら」
新鮮な空気を吸いたいと、窓を開けます。山の端が白くなっているのを見て、涙が零れそうでした。
「私って一人になってみたかったのね」
これまで住んでいた王城を窮屈と感じたことはただの一度もありませんでした。しかしこうして他のところで初めての朝を迎えてみると、籠の中の鳥のような生活は窮屈だったのです。
「さて。朝御飯はどうしようかしら」
身支度を整えて寝室から出ると、炊事場へと向かいました。食料がたくさんあったのは確認しているので、それでなにか作ることができるだろうかと考えているのです。自慢じゃありませんが、夢姫は料理をしたことがありません。
「いつも素敵な料理を準備してもらっているけれど、あれはどうやって作っているのかしら」
図書館で料理本は読んだことがあります。「こうやって作るのね」と手順も学んだことがあります。しかし実践したことはありません。
「なにか簡単なものからできたらいいけれど、何が簡単なのかもよく分からないわね」
炊事場の脇にある納戸で夢姫は腕組をして固まってしまいました。サラダを作りたいと思っているのですが、何から手をつけたらいいのか分からないのです。
そうして唸っていると、玄関の戸が叩かれました。庭には見張りが居ます。それを突破してやってくる者など、限られた人物しかいません。夢姫は気まずいと思いましたが、とりあえず玄関へと行くことにしました。
「夢姫様。おはようございます!」
扉の向こうから声が聞こえてきました。思った通り、面倒姫がやってきました。昨日、あんな別れ方をしたというのに、どうして訪ねてくることができるのか。夢姫は面倒姫に対して嫌悪感で一杯になります。
「……なんでしょうか」
夢姫は扉を開けずに答えました。
「夢姫様!ご無事でなによりです。眠れましたか?」
身を案じる面倒姫に、さらに嫌悪感が募ります。どうせ連れ戻そうとしか考えていないのですわ、と思うからです。
「ええ。とてもぐっすり眠れましたのでご心配なく。どうかわたくしのことは気にせずお過ごしください」
「お眠りになられたのならよかったです。お腹は空いていませんか?」
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