第146話 夢姫、挑戦する。(10)
「ひょっとして。王城にお帰りにならないおつもりですか?侯爵令嬢の戯言を真に受けていらっしゃるのですか?」
面倒姫の言葉は夢姫の胸に突き刺さりました。
「……面倒姫様には分からないわ」
夢姫はぐっとドレスのスカートを握りしめます。
「侯爵令嬢がお話になったことは正論ですわ。いつまでわたくしは城にいるのか、いつまで公務をしないつもりなのか。多くの民だけではなく、わたくしも思っていることですわ」
「だからといってこんな風に突発的に城から離れることでもないでしょう」
面倒姫の言うことも正論であることは、夢姫も分かっていました。しかし
「いやなの!」
空気を切り裂くような夢姫の声が木霊しました。そんな声を出すほど切羽詰まっていたとは思わず、面倒姫は大きく息を飲みました。驚いている面倒姫を見て、また夢姫は胸が痛くなります。
「……ごめんなさい。取り乱して。でも、今日は城に戻りたくないのです。どんな顔をしてお父様にお会いすればよいかも分からないですし、第一王子にだって会いたくありません。……面倒姫様にも。だから、ごめんなさい。今日は放っておいてほしいのです」
「でもそれじゃあ、何の解決にもなりませんわ。きちんと今日怒った出来事を御報告されないと。それから、第一王子の妙な婚約者の噂だって、確かめる必要がありますわ。それにいつまでここにいらっしゃるおつもりですか?馬車のひき逃げ事件の犯人のことだって調査しなければなりませんのに」
しつこいくらいに、滔々と捲し立てる面倒姫に夢姫は嫌気がさしました。
「じゃあもう全部やらないわ。一生誰にも知られずにここで暮らします。それでいいでしょう。弟たちにだって迷惑はかけないわ。ここで何も食べずに死んでゆけば、みんな楽になるのだから。さようなら」
「夢姫様!」
夢姫は面倒姫の顔も見ずに、踵を返して第二王子の隠れ家の中へと入って行きました。面倒姫もそれをすぐに追いかけましたが、寸でのところで扉が閉められてしまい、鍵もかけられました。
「夢姫様!どうか出てきてください!一緒に帰りましょう!わたくしが傍についておりますから!」
何度も何度も扉を叩き、その名前を呼びました。しかし中からなにか言葉が返ってくることはありませんでした。一刻ほどそうしたところで、ようやく面倒姫は肩を落としました。その頃合いで、御者が面倒姫に上着を被せます。
「今日はもう面倒姫様はお城へ帰られた方がよろしいかと」
「しかし、夢姫様が……」
「わたくしがここで待機をしております。面倒姫様はお城へ帰られて、この状況を御報告されてください。そうすれば、殿下や陛下が必要な騎士や召使いを派遣されることでしょう」
それもそうだと思った面倒姫は、夢姫が乗ってきた馬車の御者に見張りを頼み、自身がここまで乗ってきた馬車へと乗り込みました。
「それではよろしく頼みますね」
深く頷いてみせる御者に面倒姫は安心し、城へと向かいました。
面倒姫が王城へと到着してからは、それはもうてんやわんやでした。まさか初めて王城を出た夢姫が帰ってこないなど、誰一人として少しも思っていなかったからです。お后様は眩暈で倒れそうになり、第一王子と第二王子は迎えに行くと言って聞かず、第三王子はしくしく泣きました。そのような中で冷静だったのは王様でした。
「よい。好きにさせろ」
「王様!?」
謁見の間に驚きの声が響きます。あれほど娘を溺愛している王様が、夢姫を突き放すようなことを言うなど誰も想像していなかったのです。
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