第143話 夢姫、挑戦する。(7)
「わたくしは第一王子殿下が剣の腕前を御披露される場に立ち会ったことがございますわ。それはもうとても素晴らしい身のこなしで、騎士団の誰もが敵いませんでしたわ」
「あら。わたくしなんて第一王子殿下とは学友ですわ。近寄りがたい御方ではあられましたが、お優しい御方でもありましたわよ。勉強しているグループをお見掛けされると、差し入れをされておりましたわ」
令嬢方は口々に第一王子の逸話を語ります。そのどれもが夢姫には新鮮で「第一王子にはこんな一面があったのね」と微笑ましく思いました。
「それはそれとして。第一王子殿下の婚約者の候補として侯爵令嬢のお名前があがってらっしゃると耳にしましたわ。それは本当ですか?」
どこからかそんな声があがり、場の空気は一変しました。夢姫も心穏やかにはいられません。
「まあ。どなたがそんなことを」
「社交界の誰もが噂をしておりますわ。王太子殿下になられたタイミングで婚約を発表されるのではないか、と」
夢姫の胸がどくんと大きな波を打ちます。そんな話は耳にしていません。王様からもお后様からも第一王子でさえも、伴侶の話など一言もしたことがありませんでした。しかしそれは話がまったくないということではなく、夢姫の耳に入れていないということではないのかと思ったのです。
「夢姫様……」
口角が硬直したことに気付いた面倒姫は、間断なく夢姫の手へと自身の手を重ねました。温かいそれに、夢姫は少しだけ気を落ち着かせます。
「恥ずかしいですわ。まだ決定事項ではございませんの」
「そんなご謙遜なさらなくても。侯爵令嬢様以外にお相応しいご令嬢なんて、この国にはそうそういらっしゃいませんわ」
「そうですわ。お二人がお並びになられたらとてもお似合いですもの」
「もし侯爵令嬢様が第一王子の妃になられたら、将来はお后様ですわね」
「まあ。太平の世となられますでしょう」
その場に居合わせた令嬢は侯爵令嬢を持ち上げるように次々に言葉を発しました。「わたくしの知らないところでこんなにも話が進んでいるのかしら」と夢姫は思いました。考えてみれば、このお茶会への出席を勧めたのは王様です。第一王子の婚約者と顔を合わせておいてほしいという意味合いもあったのではないか、との考えも沸き立ちます。
「そうなると、夢姫様は侯爵令嬢様の義理のお姉様になられるということですわね」
「そうですわ。侯爵令嬢様がご成婚される時には、さすがに夢姫様も良い縁談があられますでしょうね」
「それはそうでしょう。第一王子が世継ぎになられるとはいえ、そのお姉様がお城にまだいらっしゃったら大変ですわ」
夢姫の胸がチクリと痛みました。
「わたくしは第一王子にとって邪魔な存在なのでしょうか」
ぽつりと落とされたその言葉に、令嬢方は肝を冷やします。しかし侯爵令嬢は動じませんでした。
「第一王子殿下にとって、夢姫様の存在が邪魔なわけございませんわ。たった一人の血の繋がったお姉様ですもの」
「ではなぜわたくしが城に居ると大変なのでしょう」
「まあ。どうしてでしょう。お城からお出になれば、その理由もお分かりになられるかもしれませんわね」
侯爵令嬢がクスクスと笑ったので、周りに居た令嬢方も夢姫を見てクスクスと笑いました。皆が笑顔を携えているはずなのに、夢姫は不快な気持ちになりました。
「わたくしが城から出ないことを皆で馬鹿にしていらっしゃいますのね」
「いいえ。そんなことは。ただ、夢姫様は本当に何もご存知ないのですね。わたくし共はそれにただ驚いているだけですわ」
何も知らないと言われ、夢姫はカッと全身が熱くなりました。「好きで城から出なかったわけじゃないのに!この方々にはわたくしの気持ちなんて分からないのですわ!」と心の中では思ったものの、それを口にすることはありませんでした。
「あなた方はとてもいやらしいですわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます