第142話 夢姫、挑戦する。(6)
侯爵令嬢は「総合力にございますか?」と本当に不思議そうな眼で面倒姫のことを見つめ、扇子を漂わせました。
「ええ。我が国のシェフはどのような者でもお菓子を作ることができます。つまりシェフに頼みさえすれば、美味しい料理もお菓子もいただけるのです」
「まあ。それは素晴らしいことですわ」
異国の文化に興味のある令嬢方は、色めき立ちました。特に食べ物のこととなると、皆興味津々です。
「そのようなことを伺いますと、うちのシェフもお菓子を作れないかしら、と思ってしまいますわね」
侯爵令嬢が「ふふふ」と笑みを漏らしながらそう言うと、傍に控えていたお菓子職人は肩をびくりと震わせました。シェフがお菓子を作るようになってしまうと、お菓子職人は用無しとなってしまいます。職を失ってしまうのでは、と過ってしまったのです。
それに気づいた面倒姫は「しまった!」と思いました。誰かの役割を奪うことは本意ではないからです。
「しかしながら、職人のお菓子は見事にございます。母国に帰ったら、もっとお菓子職人の数を増やすよう進言したいところですわ」
「まあ。そうですわね。職人の数は多い方が色々なお菓子が発明されますものね。我が家は家族全員がお菓子好きなので、職人をもう一人増やそうかと思っているところです」
「それは良いですね。新しいお菓子が増えそうですわね」
一瞬じわりとかいた冷や汗は難を逃れてさっと引きました。自身よりも位の低い令嬢であるとはいえ、他国の令嬢のお茶会に招かれている身として、国際問題になりかねないことを今一度思い直しました。
「夢姫様もお菓子はお好きでいらっしゃるのですか」
嬉々とした表情で、侯爵令嬢は夢姫へと言葉を投げました。彼女だけではなく、その場に参加する令嬢のすべてが、夢姫の話を聞きたいと希求していたのです。まさか話題を振られると思っていなかった夢姫は「ええ」と答えるのが精一杯でした。
「何がお好きですか?」
さて、どうしたものかと夢姫は考えます。ちらりと面倒姫の方へと視線をやると「ここはご自分で」と口唇の動きだけで言葉が返ってきました。
「なんでも好きですわ。今日ご準備いただいたアップルパイも好物です」
「それはよかったですわ。夢姫様がどのような生活をされているのか、わたくし共の耳には一切届きませんでしたので、今日のお菓子を選ぶのも大変苦労いたしました」
侯爵令嬢の言葉がちくりと夢姫の胸へと刺さります。「まるでわたくしが悪いかのような言い草ですわ」と夢姫は思いました。
「あら。申し訳ございません。決して夢姫様をお呼びしてのお茶会が苦労したということではないのです。ベールに包まれている方をお招きするのは、夢姫様でなくても神経を使うものですわ」
「それはそうでしょうね」
なぜこのような嫌味のようなことを言われないといけないのか、夢姫には皆目見当もつきませんでした。
「ベールに包まれたお方と言えば、第一王子殿下もそうですわね。ご公務にはお出になられていますけれど、どなたもお近づきになることができないと伺っておりますわ」
夢姫は「はて」と思いました。第一王子に対する印象からかけ離れたものだからです。
「第一王子は近寄りがたい存在なのですか」
弟のこととなると愛情を発揮してしまう夢姫は、つい質問を口にしていました。
「夢姫様はご存知ないかもしれませんが、第一王子殿下は舞踏会にご参加されてもどなたとも踊られません。近々王太子殿下になられるはずですが、浮いた話が一切ないのも珍しいことかと」
「そうなのですね」
「でも第一王子殿下はわたくしたちの憧れの的にございます。この目で見たことはないですが、剣の達人でいらっしゃると伺っておりますわ」
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