第141話 夢姫、挑戦する。(5)
そうですわ、と面倒姫は胸元から小さな巾着袋を取り出しました。開けるとその中には小さな紙の包みがいくつか入っていました。一つそれを取り出して、夢姫に包みを開けてみせます。
「うわあ」
「飴ですわ。甘くて気持ちが落ち着きます。これを」
べっこう色のそれを夢姫はつまみ、口に含みます。途端にほんわりと甘さが口の中に広がり、今にも爆発しそうだったからだが少しだけ鎮まります。
「夢姫様の隣にずっとついておりますので」
「ありがとうございます。よろしく頼みますわ」
そうしているうちに、馬車は侯爵の館へと到着しました。王城ほどではありませんが、街の中では一際目立つ立派な建物が聳え立っています。三階建てのそれを馬車から降りた夢姫は見上げます。
権力を誇示しているようなそれに、緊張とは違った胸のざわめきが湧きあがります。「わたくしは本当に世間知らずなのね」と思いました。社交の場がどれほど大切か学んできたものの、いかにそれが重要であるのか初めて肌身で感じたのです。
「参りましょう」
「ええ」
面倒姫と並んで歩を進めると、彼女らの道を作るかのように召使いらが導線を案内します。館の中へ入ると館の使用人らが二人をお茶会の会場へと誘導しました。
「まあ!ようこそお越しくださいました!」
温室のあるサロンへと案内されると、そこにはすでにお茶会の準備が整った場がありました。二人を甲高い声で出迎えたのは、主催者である侯爵令嬢です。侯爵令嬢が勢いよく腰をあげると、参加者全員がそれに倣って二人を出迎えました。
夢姫はその場で石のように固まってしまいそうになりましたが、なんとかそれを堪えて足を動かします。席を確認すると侯爵令嬢の隣に二つの空席がありました。
「さあ、どうぞこちらに」
侯爵令嬢はその空席に夢姫と面倒姫を案内しました。その通りに二人ともその席へと腰をおろします。それをしかと見届けた侯爵令嬢も参加者もゆっくりと腰をおろしました。
「この度はわたくしのお茶会にお越しいただき感謝申し上げます。夢姫様はこちらが初めてのお茶会のご参加でいらっしゃると伺い、身に余る光栄でございます」
流暢な挨拶に、夢姫はふっと微笑んでみせました。ただそれだけで場の空気が一変します。二人が到着するまで侯爵令嬢に支配されたお茶会でしたが、その場に居る誰もが夢姫から目が離せなくなりました。
これまで味わったことのない空気感に、侯爵令嬢は少しだけ怯みます。主催者としてこのままじゃいけないと感じたので、今度は面倒姫へと視線を移しました。
「隣国からお越しになられた面倒姫様にもご一緒にご参加していただけるなんて、ありがたき光栄です。もうこちらでの生活はお慣れになられましたか?」
「こちらこそお招き預かり嬉しく思います。隣国なので似ている文化もあればまったく異なった文化もあり、それが毎日の発見となっております」
「そうなのですね。こちらにいらしてから一番驚かれたことはなんですか?」
「そうですね。お茶とお菓子の種類が豊富なところですわね。母国でもお茶やお菓子の文化はあり、同じようにお茶会を開ては色々な方との交流を深めるのですが、そこで出るお茶やお菓子の種類はほとんど決まっています。こちらに参ってから初めて食べたお菓子やパンも非常に多いです。なんでもお菓子の職人がどこの家でも働いていると伺ったのですが、それは本当ですか?」
「まあ。職人にお菓子を作ってもらうのは当たり前のことですわ。隣国にはいらっしゃらないのですか?」
「王城や専門店ではお菓子職人が働いておりますが、貴族の家で働いていることはほとんどありません」
「ではお菓子はどうなさいますの?」
「シェフの中でお菓子担当の者がいるそうで、その者らが作っていると」
「まあ。せっかくお菓子の技術が国としておありになるのにそれを磨かないなんて勿体ないようにも感じてしまいますわ」
「そういう考え方もありますわね。我が国では料理においては総合力を重視しているところではあります」
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