第140話 夢姫、挑戦する。(4)
面倒姫はくつくつと笑いました。それを不快に感じた王弟殿下でしたが、面に表すことはありませんでした。
「わざわざ隣国の姫君が参られたので、なにか不届きな目的がおありなのかと邪推してしまいました。失敬」
「不届きな目的ですか?」
「ええ。例えば、隣国の君主による我が国の乗っ取り、など。そのために姫君を間者として送りこまれたのでは、と」
「まあ」
面倒姫は開いた口がふさがらなくなりそうでしたが、それをなんとか堪えました。
「絵描きの間者なんて面白そうですわね」
「確かに。どこぞの物書きが小説を書きそうですな」
なんとか口元には笑みを携え、冗談を混じらせることで話題を滞りなくいなしましたが、面倒姫は立腹していました。「ご自分はひどい事件を起こしておいてよくわたくしのことを間者扱いできますわね」と。
「それではそろそろ失礼いたします。突然訪ねてきたうえに長居はできませんから」
「今度は外でお茶でも楽しみましょう」
「ええ。きっと」
王弟殿下は腰をあげると、面倒姫の傍に寄りました。そして膝をついてすっと右手の掌を面倒姫へと差し出します。どういう合図なのかよく分かりませんでしたが、手の甲を天井に向けて王弟殿下の掌へと重ねます。
ゆるりと手を握られると、手の甲に唇が落とされました。驚いて手を引こうとすると、力強く掴まれました。
「もっと貴女のことを知りたいです。どうか今日は私のことを一日中考えてください」
金色の瞳はターコイズの瞳を捕らえて離しません。どういうつもりなのか分からず、ざわざわと胸の中が五月蠅くなります。狼狽えている面倒姫に「ではまた」と笑顔を零すと、王弟殿下は行ってしまいました。
ひんやりと冷えた廊下に足音が響きます。先ほど面倒姫の部屋を訪れた王弟殿下は、今にも駆け出しそうな足音を鳴らしているのです。
「さて。どっちに転ぶかな」
くっくっくと王弟殿下は楽しそうに笑いました。
数日後、夢姫は面倒姫と共に馬車に揺られていました。今日はいよいよ侯爵家でのお茶会の日です。朝からいえ、昨晩から夢姫の心臓は五月蠅く鳴りやみません。
「夢姫様。顔色が優れないようですが、本当に大丈夫ですか?」
夢姫のただならない緊張をひしひしと感じ取っていた面倒姫は、途中で具合が悪くなられてしまわないかと心配で仕方がありません。
その心配をしているのは面倒姫だけではありませんでした。公式に夢姫が初めて王城を出るとあって、馬車へ乗り込む際には盛大なセレモニーが開かれました。そこには、国王夫妻はじめ三人の弟たちも勢揃いしていました。
そのような場の中でも夢姫の笑顔は固まっており、今にも泣きだしそうになっていたのです。そういうわけで、王城で夢姫の帰りを待つ面々は自身の公務どことではありませんでした。
「……大丈夫になりたいです。これくらいでこんなに緊張してしまって情けないです……」
弱弱しい夢姫の肩を面倒姫はそっと撫でます。
「わたくしがずっとお傍についておりますから。きっと大丈夫ですわ」
「この前、城下町へと出かけたときはなんともなかったのですけれど……」
「公務とお出かけは違うに決まっているではありませんか。わたくしも初めて令嬢方のお茶会に招かれたときは緊張したものです」
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