第139話 夢姫、挑戦する。(3)

 面倒姫が応接室へと顔を出すと、そこは異空間のようでした。今朝方面倒姫が応接室を訪れたときは、確かに滞在している城の居室の応接室ですが、今は薔薇の花園かのように空気が変わっています。部屋の中央にあるソファに腰かけて茶を飲んでいるだけで、優雅な空間にしてしまうのが王弟殿下の力かと面倒姫は思いました。

 

「やあ。急に訪ねてきてすまなかったね」

 

 王弟殿下は腰をあげると、入口に立ったままの面倒姫の元へと近づき手を伸ばしてきました。その手を振り払うのも失礼なのでゆっくりと重ねると、王弟殿下は主の席へと面倒姫をエスコートしました。

 

「お待たせして申し訳なかったですわ」

「いいえ。こちらが面倒姫様に急に会いたくなったので。今日は絵を御描きに?」

「はい。つい没頭しておりました」

「没頭できるものがあるのは良いことです。今度ぜひ面倒姫様の絵を拝見したい」

「ええ。機会がございましたらぜひ」

 

 王弟殿下はすらりと伸びた足を組みました。その姿はまるでこの部屋の主のようです。ただならない威圧感に面倒姫は押されそうになります。少し気持ちを落ち着けるために、面倒姫に用意されたお茶へと手を伸ばしました。大好きなアールグレイの紅茶が喉を潤してくれます。

 

「それで。なにかわたくしに御用があられたのですか?」

 

 単刀直入に本題を尋ねることにしました。先触れもなく訪ねてきた王弟殿下に世間話は不要であると感じたのです。

 

「そんなに怖い顔をしないでください。面倒姫様とお話をしてみたかったのですよ。例えばなんの目的で我が国にご遊学にお越しになられたのか、など」

 

 ニヒルな笑顔は面倒姫の表情を凍り付かせました。なにかを探ろうとしているのが一目瞭然だからです。「なにをお知りになりたいのかしら」と思いつつも、面倒姫は口を開きました。

 

「絵を描きたかったのです」

 

 それは面倒姫の本心でした。自国では見ることのできない景色を、絵に留めたいと思ったのでした。そしてその国でしか買うことのできない道具を買いたいとも思っていました。

 

「それだけですか?」

「いけませんか?この国に参ってからは、想像していた通りに自国では見ることのできない景色ばかりです。おかげで筆も走っております」

「そうですか。面倒姫様の御父上は、絵描きの旅に出られることをよくお許しになられましたね」

 

 王弟殿下は声を弾ませましたが、面倒姫は笑顔の仮面を貼り付けることにしかできませんでした。「なんなの、この失礼な殿方は」と沸々と込み上げてくるものがあったからです。自身への多少の無礼ならば王弟殿下という立場に免じて許すことができていましたが、自国の国王に対する無礼は許せません。

 

「遊学をすることで視野を広く持つことは大事なことだと常々言い聞かせてこられましたから。王弟殿下は勉学の機会に恵まれなかったのですか?」

 

 さすがに王弟殿下のニヒルな笑顔も凍り付きました。

 

「いいえ。私も若い頃は勉学に励みましたよ」

「そうなのですね。どのような分野を深められたのですか?」

「そうですね。色々なものを学びましたが、興味があったのは郷土史ですかね。我が国の王族の歴史を学ぶと、正当な血筋の必要性を感じました」

「血筋ですか?」

「ええ。王の席に相応しい者は血筋で決まっている、と」

 

 金色の双眸が蛇のようにねっとりと巻き付くような視線を浴びせます。

 

「そうですわね。正当な血筋は重要ですわ」

「さすが面倒姫様。よくご存知で」

「正当な血筋に加えてもっと大事なものをご存知で?」

 

 王弟殿下の眉がぴくりと動きました。

 

「すみません。王弟殿下ならばご存知に決まっていますよね」

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