第138話 夢姫、挑戦する。(2)
夢姫は分かりやすくほっとしました。面倒姫も一緒ならば心強いと思ったからです。令嬢方の輪の中に自分一人で入って行く勇気はありません。
「わたくし令嬢方の皆様と上手にお喋りできるでしょうか」
夢姫は眉をハの字にしました。普段は朗らかに振る舞っている夢姫ですが、ときおり不安が胸を占めることがあります。煌びやかな世界の中に身を置きながらも、自身の両手には何も握られていないと思ってしまうのです。
王様はそんな夢姫のことを不憫に思いました。もとはと言えば夢姫を守るために始めたこととは言え、夢姫をすっかり籠の中の鳥にしてしまったからです。面倒姫と出会ったことで少しずつ羽ばたきつつある娘を寂しいと思うのも、また王様の本音でありました。
「きっと上手に話せるさ。それに来賓で行くのだろう。それならばむやみやたらとお喋りしなくても大丈夫だ。誰かが話しかけてくれるさ」
「そういうものなのですか?」
「夢姫の初めての茶会への出席だ。社交界でもきっと注目されておる。話しかけない者など居ないと思うぞ。ああ、でも。あまり肩肘張らんでいい。夢姫は夢姫のまま出席するのが良い。喋りたくなかったら喋らんでよい」
「じゃあ本当に喋らないかもしれないですわよ?」
「よい、よい。夢姫に取り入ろうとしてくる輩も多いだろうからな。不必要に仲良くせんでよい」
「仲良くしなくていい」という王様の言葉は、夢姫の肩を幾分か軽くしました。
「それじゃあ美味しいお菓子とお茶をいただきにいくくらいに思っておきますわ」
「ああ、それがよい。……そうだ。王弟殿下のことを聞かれても何も答えなくて良いからな。知らないとだけ答えなさい」
「王弟殿下ですか?」
「ああ。変な探りを入れられても困るからな」
「はあ……。分かりましたわ」
王様の顔つきが険しくなったことは夢姫にも分かりました。それはどこか、王弟殿下のことが憎くてたまらないとでも言いたげでした。なぜ父が伯父への憎悪を隠さないのか、夢姫にはちっとも分かりませんでした。
その頃、面倒姫はアトリエで絵を描いていました。夢姫の絵です。面倒姫は夢姫の絵を描いているときが、一番筆が進みます。それは、夢姫には何も色がないからです。誰にも汚されておらず、ただ真っ直ぐな感情だけがそこにある彼女に、面倒姫は魅了されていました。
キャンバスに向かって没頭していると、珍しく侍女が傍にやってきました。
「どうかしたの?」
「面倒姫様に会いたいと仰せになられる方がいらしておりまして」
「わたくしに?どなたかしら?」
「こちらのカードを渡せば分かると……」
侍女が面倒姫へと差し出したカードは薔薇の香りが強いものでした。そしてそこには王弟殿下の家紋が刻まれています。
「っ!」
驚いた面倒姫の口は声さえ失いました。なぜ自分の元へとやってくるのか分からなかったからです。面倒姫はキャンバスを一瞥しました。絵描きに没頭していることを理由に面会を断ろうかしら、と思ったのです。面倒姫にとっては今最も会いたくない人です。どんな顔をして会えば良いのか分からないからです。
「もし絵を描かれているのであれば、いつまででも待つと仰せになられておりまして……」
面倒姫は深く溜息をつきました。いつまででも待たれる方がしんどいと思ったのです。そうまでしてわたくしにお会いになりたい理由はなんなのでしょう、と諦めにも似た感情が沸き立ちます。
「分かりましたわ。応接室に通してもらえるかしら。着替えをしたらすぐに参ります」
「かしこまりました」
侍女が下がると面倒姫は着替えを始めます。絵の具で汚れても良い衣服で絵描きをしていたので、さすがにこの恰好のまま会うわけにはいきません。身支度を整えるために支度部屋へと移動すると、すでに侍女が待機していました。手早く着替えを済ませると、面倒姫は大きく息を吐いた後、応接室へと向かいました。
「大丈夫。とって食われるなんてことはないはずだわ」
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