第5章 夢姫、挑戦する。

第137話 夢姫、挑戦する。(1)

 夢姫は、ある一枚の紙きれを天井に向けてひらひらと漂わせながら「どうしたことでしょう」と悩んでいました。執務机の上にはペーパーナイフで封を切った封筒が雑然と鎮座しています。そうしていると、召使いが執務室へと入室してきました。

 

「王様がお越しになられました。お通ししても?」

「まあ、お父様が。もちろんお願いしますわ」

 

 当然の王様の来室に、雑然としていた執務机の上を慌てて整えます。持っていた紙切れも折り目に合わせて畳むと、封の開いた封筒の中へと滑りこませました。

 

「突然すまないな」

 

 王様はすぐに姿を現しました。

 

「御呼び立てしてくだされば、わたくしの方から参りましたのに。お父様の方からお越しになるなんて珍しいですわね」

 

 夢姫は腰をあげると、応接セットの主の席へと王様を誘いました。王様もそれを受け入れ、一人掛けのソファへと腰をおろします。

 

「なあに。たまには夢姫の部屋にも足を運ぼうと思ってな。前に来たときよりもだいぶ様変わりしたな」

 

 王様は辺りを見渡し、天井を見上げました。

 

「当り前ですわ。わたくしをいくつとお思いですか」

 

 夢姫は三人掛けのソファへと腰を下ろしました。それを機に召使いがテーブルへとお茶を並べます。

 

「はっはっは。わしにとってはいつになっても、夢姫は少女のままだ」

「まあ。それは困りますわ」

 

 夢姫がふわふわのほっぺを丸く膨らませると、王様は満足そうに目尻を下げました。そうしている間にお茶の準備が整ったので、王様はティーカップへと手を伸ばしました。

 

 口元に蓄えられたふわふわの髭をかきわけて、淹れたてのお茶が王様の喉を潤します。ダージリンティーは王様の好きなお茶です。

 

「夢姫のところに侯爵令嬢からの招待状は届いたかね?」

 

 王様に続いてお茶を口に運んでいた夢姫は、それを危うく噴き出しそうになりました。なんとかそれを堪えて「んっ」と喉を整えた後、口元をハンカチーフで抑えてから王様の方へと向きました。

 

「どうしてそれをお父様がご存知で?」

 

 先ほど夢姫が天井へとはためかせていた紙切れこそ、侯爵令嬢からのお茶会への招待状でした。侯爵家の館で各令嬢方を招いて開催するとのことで、そこに来賓として夢姫に参加してもらいたい旨の書状が添えられていたのです。

 

「わしが侯爵に相談したのだよ。夢姫も公務へ顔を出したからな。これを機会に社交界にも顔を出した方が良いと考えているのだが、茶会でも開いてくれんか、とな」

「そうだったのですね。どうしてまた、侯爵にご相談を?それならばわたくしがお茶会を開催して皆を王城へと招いてもよろしかったのではないでしょうか。面倒姫様もせっかくいらっしゃるところですから」

 

 王様はさらに目尻を下げました。そして大きく頷きました。

 

「そうだ。それも考えた。しかし夢姫が王城から出てみるのも良いと思ってな。夢姫を初めて王城から出すのだ。わしの目の届くところが良いと思って侯爵に相談したのだよ」

 

 夢姫は背中にじわりと汗をかきました。まさかすでに王城を出たことがあるとは口が裂けても言えません。

 

「そ、そうでしたか。それはとても光栄に思いますわ。それならば、お茶会へ出席するとお返事してよろしかったのですね」

「ああ。面倒姫も一緒に招待されているから、共に楽しんでくるとよい」

「面倒姫様もご一緒なのですね。よかったですわ」

「面倒姫が来てくださらなかったら、この茶会の相談もしておらんよ」

 

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