第136話 夢姫、誓う。(22)

 面倒姫は視線を右往左往させました。なにかを探している様子です。第一王子が「なにか?」と尋ねると「何か書くものをお借りしても?」と面倒姫は言いました。

 

 第一王子はソファから腰を上げ、執務机へと向かいます。机の上には簡単なメモをとるための掌サイズの正方形の白紙と、万年筆がありました。

 

「これでも良いでしょうか?」

「十分にございます」

 

 一枚の白紙と一つの万年筆が面倒姫の目の前に置かれます。それを手にとると、さらさらと何かを書き始めました。なにか文章でも書くのかと思っていた第一王子でしたが、それとは違う手つきにすぐに何か絵を描いているのだと気づきました。

 

「これを」

 

 描いていたものが出来上がったらしく、面倒姫はそれが対面に座る第一王子に見えるように翳しました。

 

「こちらの紋様をご存知でしょうか」

「それは……」

 

 第一王子は息を飲みました。

 

「どこでそれを」

「ご存知なのですね。わたくしがこの紋様を目にしたのは今日二回ありました」

「どちらで?」

「一つはガラスペンを購入した文房具屋の店先です。王弟殿下は家紋入りのカードを夢姫様にお渡しされました」

「もう一つは?」

「馬車置き場です。この家紋が入った馬車を見ました。問題はその馬車なのです」

「というと?」

 

 今度は面倒姫が息を飲みました。あの馬車の様相を思い出すだけで背筋に悪寒が走ります。忘れたくても忘れられないのです。「まさか」「そんなはずは」と、今でも信じがたいものでもありました。

 

「……馬車置き場に駐車していたこの家紋の入った馬車に、夥しいほどの血液が付着しておりました」

 

 ターコイズの瞳が伏せったのとは対照的に、エメラルドの瞳は大きく見開かれました。

 

「それはまことにございますか?」

「はい」

「ということは……」

「貴族の馬車に轢かれたとのことでしたので……」

 

 第一王子は言葉を失いました。事故があったことも把握していなかっただけでも胸が痛かったというのに、王族の馬車が小さな子供を轢いたかもしれないというのです。面倒姫もその気持ちは察していました。

 

「まだこれだけでは本当のところは分かりません」

「……ええ。これだけでは、王弟殿下を訴追することはできません。その馬車があの事故を起こしたことを証明しなければなりません」

「しかしながらもし、もしも……」

「相手が王弟殿下であられたならば、とても厄介なことになります」

 

 第一王子は頭を抱えました。賠償問題ではすみません。王権をも揺らがす自体になるかもしれないからです。

 

「誠を明らかにするかどうかで揺れますか?」

 

 面倒姫は真っすぐにその金色の旋毛を見据えながら言いました。小麦のようにさらさらと揺れる短髪のそれは、ゆっくりと上げられました。エメラルドの瞳の奥はどこまでも澄んでいました。

 

「まさか。相手が厄介というだけです」

 

 面倒姫はほっと胸を撫でおろしました。第一王子に話してよかったと思ったのです。

 

「馬車の血液を見たのはわたくしだけです。首を突っ込んでしまった限りは、できうる限り尽力いたします。まずは馬車を第一王子の手の内に置くのが先決かと」

 

 第一王子はしっかりと頷きました。

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