第135話 夢姫、誓う。(21)
「お時間とっていただきありがとうございます」
面倒姫が案内されたのは、第一王子の執務室でした。夢姫の執務室はどちらかといえばロマンチックな風合いですが、第一王子の執務室はシンプルな風合いです。必要最低限の調度品が置かれており、豪勢な風合いが好きな者からは質素と揶揄されてもおかしくありません。面倒姫はつい、そんな執務室を物珍しく見渡してしまいました。
「珍しいですか」
辺りへとぐるぐると視線を投げる面倒姫に気付かない第一王子ではありません。しかしその声はどこか微笑ましいという意味が込められていました。第一王子の執務室へと入る女人は母親と姉、召使い以外に居ないからです。
「し、失礼いたしました」
「男子の執務室へお越しになるのは初めてではないでしょう」
面倒姫には兄が二人居ます。第一王子の言葉通り、男子の執務室へと入室したことはあります。ところがその兄たちとの執務室とは全く異なる雰囲気に、物珍しく感じてしまったのです。
「ええ。兄上たちの執務室へも足を運んだことはあります。しかしながら、第一王子の執務室は異彩を放っておられますわ」
「と、言いますと?」
「装飾品をあまり好まれないのですか?」
思ったことを隠しても仕方がないと、面倒姫は疑問をぶつけてみることにしました。すると、第一王子はくつくつと笑いました。
「そうですね。面倒姫様の仰せの通りです。わたくしはあまり、豪華絢爛なものを好みません。しかしながら、好まないからといってその魅力が分からないわけでもないのです。ただ、自分の身の回りに置くものは、心を落ち着かせることができるものを選んでおります」
「そうでしたか」
「と言いますのは建前で」
「え?」
「ただ面倒なだけなのです」
「面倒、ですか?」
「ええ。幼い頃から次代を担う者として育てられてまいりました。それはとてもありがたく、自身も自覚と覚悟の上に立っております。しかしながら、わたくしの胸の内とは裏腹に、そこへ入り込もうとしてくる輩が居るのです」
面倒姫は「ああ」と思いました。もしかしたら、声にも出していたかもしれません。
「周りはわたくしをわたくしとして見てくれる者ばかりではありません。隙あらば権力の汁を吸おうとする者ばかりです。そういうわけで調度品一つをとっても、わたくしの首を絞めるものになりかねません」
「それはとても面倒にございますね」
「ええ。とても」
そのような話をしている間に、召使いがお茶とお菓子の準備をしてくれました。温かい紅茶にはレモンの輪切りが添えられています。お菓子は焼いたばかりのスコーンが並べられました。第一王子は召使いに人払いを申し付けます。
面倒姫はそのうちにお菓子とお茶へと手を伸ばしました。紅茶もスコーンも温かいうちが美味しいからです。それに本題に入っては、これらを食べる暇がないとも思ったのです。「それで、話とは?」と第一王子が話を振ったのは、面倒姫が一つのスコーンを食べ終えた頃合いでした。
「はい。わたくしの胸の内だけに秘めようと思っていたのですが、事態はそういうわけにはいかないようになったので、第一王子の御耳に入れておきたいと存じまして」
「ほお」
「実は城下町を散策中に、王弟殿下と名乗られる御方とお会いしました」
面倒姫が「王弟殿下」と発しただけで、執務室の空気がぴりっと固まりました。「ああ、やはり」と思いながらも、面倒姫はじっとエメラルドの瞳を見つめました。
「それはどこで?」
「ガラスペンを購入した店先です。第一王子をお待ちしている間に、ひったくり犯とのひと騒動がございました。それを収めてくださったのが、王弟殿下と名乗られる御方でした」
「そんなことが……」
「はい。ただ、第一王子の御耳に入れておきたいのは、このことだけではございません」
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