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「おやあ?そこにいるのは菅原家のお荷物くんではないか!」


 お茶会兼聴取が終わり、青木から報告後の措置を聞くために支部の事務室前で紅葉と紫苑が待っていると、見るからに性格がねじ曲がっていそうな派手めの陰陽師が目の前まで歩いてきた。

 肩で風を切り近づいてくる陰陽師を見て、紫苑は何かに気付いた。


 _____________コイツ、竹ノ宮の息子に似ている。


 理由は顔立ちなのか、雰囲気から思ったことなのかはわからない。

 だがあの日、クロを殺した主犯である二人の内の片方の姿に強く重なった気がした。

 それもそのはず。目の前でふんぞり返るこの人物『竹宮 巡たけみや めぐる』は、夜一町支部・悪傀討伐所属 第一班班長であり、この竹ノ宮家の子孫である。

 紫苑となる青年が死んだ一件の後、竹ノ宮家は一人の人間と小さな命を奪っても繁栄が進んだ。小さな村々の神事や祭事に関わる職務は、陰陽師が廃れた時期でも法の整備が遅く浸透が薄いため消えることはなく生き続け、竹ノ宮家は陰陽師の復活で悪傀討伐にも手を伸ばし今に至る。

 また何の縁があってか、紫苑が人間時代に住んでいた村は今の夜一町の隣町に位置している。それゆえにより権力を拡大させた竹ノ宮家の陰陽師たちも実力を買われ夜一町支部に籍を置いているのだった。

 しかし紫苑は人間としての生を終えるまで地図なんて立派なものを見るなんてことができなかったため、当然そのことを知らない。


「どうも、第一班班長どの」

「相変わらず体を隠すような服を着ているようだが、この神聖な夜一町支部になんとも相応しくない。ここでの制服に着替えてきたらどうだ?どちらを選ぶのか仲間たちと賭けさせてもらうよ。というか」


 隣のみすぼらしい顔をした妖はなんだ?

 紅葉に向けられていたイヤな目が紫苑へ移動する。


「別の地域から流れ込んできたのか?それとも、慰めのために手籠めにでもしたのか?」

「慰め?」


 ああそうだ。竹宮は続ける。


「人間の常識から逸れたおかしな性別を我ら正統な人間が認めることなんてない。だから人でない存在に肯定の言葉をもらうために妖に手を出したんだろうなあ」


 だから性悪陰陽師なんだよ。紅葉はこぶしを強く握り、人を…いや人として見ていないバカにした笑みの竹宮に言う。


「何をおっしゃっているのか。そんなわけないでしょう」

「どうだか。家からも職場からも否定されて、その結果たどり着く先がSNSではなく妖でもあり得る話だろう」


 そのあとも竹宮は話し続ける。まるで自分の意見をひけらかし、それが正解であるというように。


 _____________まただ。


 感じ取った紅葉の怒りに、紫苑は今朝の大きな揺れが再度発生した。

 そして気づく。今朝の電話にだって紅葉は怒っていた、傷ついていたのだと。

 あんなこと言われて平気なわけがない。帰りたがっていた姿も、きっと小さな抵抗だったのだ。

 何がどうして菅原紅葉は今日だけで二回も『それである』だけで言葉の暴力を受けなければならない。

 なんで腕を引っ張ってくれたコイツが目の前のクソ野郎に言われなければならない。


「ああこの猫が雄ということはつまり、お前は女の体だったという事か。それともまさかホの字か?どちらにせよ陰陽師が行うべき優秀な跡継ぎを生みだすための子づくりをせず、妖に慰めを受けるようでは」


 ___________パシン!!

 乾いた音が廊下に響いた。


「…え?」


 数秒後、呆気にとられていた紅葉は理解した。

 紫苑が華麗なテールウィップを竹宮の真横で振り下ろしたことに。


「ああすいません。チューチューうるさかったんでつい」


 猫としての本能が動いてしまったようです。紫苑は平淡な声色で竹宮に言った。

 しかしひっこめていた爪は触れるだけで皮膚が切れてしまいそうなほどに鋭く尖り、瞳は人間から猫特有の形に変化している。

 これを激怒していないなど誰が思うだろうか?誰しも恐怖で逃げ去るだろう。


「貴様、私をネズミ扱いか?!」


 面の皮が厚い竹宮を覗いて。


「貴方だって菅原紅葉に似たようなことしたんですから。するなら自分にもされることを承知しておかないと」

「なっ?!」


 しゅるり。二本のしっぽが紫苑の背後で揺れる。

 その隣で紅葉は今まで感じたことのなかった気持ちに困惑していた。

 誰かに否定されるとき、口下手な自分では相手に対抗することもできなかった。それに相手取るにも相手はマジョリティーの常識をぶつけてくるわけで、返し方がわからず耐える事しか方法がわからなかった。

 今まで、前世の時からずっとそうだったのに、こんな事が起きるなんて。

 握りしめていたこぶしが少しずつ温かみを持ち始める。


「ど、どうやらすでに手籠めにされているようだな…。悪いことは言わない、その人から逸れた奴からは離れたほうが良いぞ。こいつは道真の力を良くも悪くも引き継いだバケ」

「何いってんすかあんた」


 ナイフよりも鋭く、今朝の寒さよりも数倍冷たい言葉を竹宮に向かい突き刺した。

 これには竹宮もひるみ、言葉が詰まってしまう。


「手籠め?さっきから憶測で事を語らないでくださいよ。経緯はともかく、俺は自分の意思で今となりにいるんです。あなたの方が相当やばいモンスターだってこと、気づいたほうが良いですよ?」


 _______こんな奴の部下たちは離れた方がよさそうだ。

 カンカンカン。紫苑の煽りがヒットし決着がついた。

 明らかに紫苑の勝ちである。


「こ、このことは上に報告させてもらうからな!」


 竹宮は色をなして怒りながら、どかどかと事務室を後にした。

 しかし廊下を曲がる際に制服である狩衣の端を踏んでしまったようで、竹宮のみっともない声と転倒音が聞こえてくる。


「あんな動きにくい制服着てるから転ぶんですよ」


 べー、と舌を出す紫苑。

 それを見て紅葉は耐えきれなかったのか、声を抑えながら笑い出した。


「ふ、くく」


 爽快、辿り着いた言葉はその二文字だった。

 今まで自分だと抱え込むしかなかったのに。隣の妖は話をさえぎってくれたどころかオーバーキルの返しを見せたなんて、スッキリするに決まっている。まるで動画投稿サイトに良くあるスカッと展開じゃないか。

 今朝からの靄が晴れていくような感覚はいつ振りだろう。

 おかげで表情も感情も表に全部出てしまった。


「ありがとう、紫苑さん」

「別に…俺が嫌いな人間の典型例だったからってだけです」


 紫苑は紅葉の御礼に意地を張る。

 しかし初めて見た笑顔に紫苑の表情も柔らかくなっているのだった。


 ***


 竹宮が転んでから約5分後。やっと事務室の扉が開かれた。

 報告結果を聞くだけのはずだったというのに、青木の手には極秘と印の押された封筒がお土産として持たれていた。


「お待たせー。もう八幡殿が首を縦に振らなくって…ってあれ、防音結界が張られてる。うわっしかも発動者以外が気づけないように術式組んでる」


 扉の外側、つまり紅葉たちが待っていた廊下側の面に青木が触れると、パリンという破壊音と共に術式と結界が破壊された。

 全く気付いてなかった紅葉は「え?いつの間に?」とくまがはっきりついた目をぱちぱち開閉している。


「なるほど、どうりで来なかったわけです」


 契約した紫苑にまで容赦のない圧と殺意を見せた青木が、あんなことを言われていた紅葉を助けに来ないのは明らかにおかしかった。

 なによりあの竹宮の声量、事務室の扉一枚を貫通しないことなどありえないに決まっている。

 性格わっる。紫苑はネズミが去っていった方向を睨んだ。


「その様子だと何かあったんだね。紅葉さん、大丈夫だった?」

「はい、紫苑さんがいてくれたので」

「…そっか。さっそくボディーガードの仕事をしたようだね」


 決してテレパシーを貰っているわけでは無いが、後で詳細を教えろということを伝えるような霊力が紫苑だけに送られた。

 じゃあな竹ノ宮に似た一班の班長らしいやつ。この紅葉ガチ勢にしごかれるがいい。

 しっぽが上機嫌にゆらゆら揺れた。


「青木さん。それで報告はどうなりましたか?」

「やけに長かったようで」


 それになんですかそれ。紫苑は封筒を指さした。


「じつは…」


 青木は申し訳ないと眉を下げながら言う。

 だいぶ厄介なことを。


「調査依頼、一個こなしてもらう事になっちゃった。しかもここ数日で特一段扱いになっちゃった案件…」


 支部長権利だとか電話越しに言われたら何もできなくてー!本当にごめんね紅葉さんー!!そう言って頭を下げる姿に紅葉はなんとかなだめようとする。


「そんな謝らないでください。支部長から何を言い渡されるかわからなかった中で、仕事1つで済んだのは青木さんのおかげですから」

「でも危険度が増した案件渡されるとか」

「そうだよね、僕みたいな一介の清掃員じゃなくてもっと上の人なら案件ももらわずに済んだよね」

「え、ちょ。紫苑さん追いつめたらだめですよ」


 でも。紫苑は唇をとがらせる。

 陰陽師たちの用語は知らないが、青木の言い方からして特一段というのは難易度の高いレベルなのだと察することができた。

 別に紅葉のことを心配して責めたわけでは無い…が、八幡の思惑が見え見えだからこそ思わず言ってしまったのである。


「でも特一段っていつも悪傀討伐で出動させられる難易度ですし」


 一昨日はその上の難易度ソロ討伐したし。紅葉は問題ないというような反応で案件を引き受ける気でいる。

 そう。紅葉にとって『特一段』なんて問題のない難易度なのだった。

 初仕事から特の段相手に出動させられた紅葉の難易度感覚は、言ってしまえばバグっている。

 まして、攻撃は火力ごり押し、防御面は道真パワーというほぼ無敵のシールド永続付与で二か月乗り越えてしまっていれば陰陽師の仕事で怖いものはない。


「お祓いはできませんが、他の内容だったら何とか。場所はどこですか?」

「隣町にある神社だよ」

「神社…」


 神社にあまりいい思い出のない紫苑はよりにもよって、と視線を下に向ける。

 竹ノ宮に似たネズミに会ったり神社が出てきたり、今日はやけに昔を思い出すようなことが起きる。

 しっぽはくるりと丸くなった。


「どうして難易度が上がったんでしょう。急に起こりうることなんですか?」

「多くはないけど、十分ありうることだよ」


 青木は一人と一匹に対して(視線は紅葉にしか向いていないが)説明を始めた。

 調査依頼での難易度は悪傀討伐時と変わらずその仕事をこなす際の相手の強さである。

 依頼申請時点で難易度は設定されているのだが、時に悪傀から身の現場調査となると難易度が上がってしまう事がある。

 悪傀とはそもそも負の感情の集合体。表世界にあふれるという事は、言ってしまえば裏世界での許容量を超えたという解釈になる。

 すでに水があふれたグラスに水を注いでもあふれる量と勢いが増すだけのように、調査場所付近で過剰なストレスや負の感情が発生すれば同じようなことが起きるというわけだ。


「つまりここ数日で何かあったと」

「うん。内容は現地でないとわからないけれど。支部では予測と探知しかできないからね」

「も、もしかして聞き込みとかしないと…?」


 紅葉の心情を察したのか、青木は場所の確認と悪傀発生時の対処のみでかまわないと優しい微笑みを向けた。

 それを聞けて胸をなでおろす紅葉。今日は朝から散々だったのだから、少しのあいだ人と話したくないらしい。


「別に神社なんですから、夕方以降に行けば人に会わないで済むのでは」

「っは、確かに。昼寝を挟めば二回行動もワンチャン行けるのでは?」


 体力なさすぎでは?紫苑は呆れた目で紅葉を見る。

 一方、青木は紅葉が引き受ける気でいることに心配していた。調査依頼を受けたことのない紅葉にわざわざ難易度の上がった依頼をぶつけるなんて、嫌がらせ以外の何でもない。

 切り出せずにいるがこの際代わりに調査することだってやぶさかでない。今日のスケジュールならそれができそうだし。


「青木さん、それが調査資料ですよね。受け取ります」

「あ、うん。神社や周辺の写真とか、直近の出来事がまとめられているよ」


 切り出すことかなわず。紅葉の真面目な姿勢にそのまま封筒を渡してしまった。

 そして紅葉は一度昼寝するためにと支部から家に戻るようだ。


「青木さん、いろいろ助かりました。本当にありがとうございます。調査依頼しっかりこなしてきます」


 頭を下げる紅葉に青木は良い子過ぎると唇を引き締め溢れそうな感情を抑えた。

 なお、紫苑には丸見えであるため『なんだあの顔』と思われている。


「一応、緊急連絡用の式神は忘れないでね。僕がすぐに駆け付けるから」

「これ以上迷惑をかけるのは…。そうならないようにしたいですね」

「ふふ、それは頼もしいなあ」


 頭が上がったとたんに優しい先輩お兄さんみたいな表情に切り替わる青木。そろそろ紫苑が引き始めている。


「では、失礼します」

「じゃあね~。調査依頼頑張って」


 紅葉の足音が遠ざかっていることを確認してから、紫苑は振り返って伝えた。


「貴方みたいな芸当は持ち合わせてないんで口頭で言います。第一班班長。あいつ暴言吐いてました」


 その言葉を聞いた途端、青木から笑顔が消え去った。まるで晴れていた空が急に雲で覆われた時のような変わりようである。

 これがコイツの素か。紫苑は尻尾を揺らす。


「あいつかあ。俺と話す時も偉そうだったけど、紅葉さんに暴言?そっかそっか、ありがとう紫苑さん」

「こーわ。ほんっとガチ勢ですねアナタ。対処、お願いしますよ」

「あはは。…そっちも何があるかわからないんだから、ちゃんと紅葉さん守ってね」


 あー、はい。

 ひらひらと手を振って紫苑も玄関口へと向かっていった。


「…あいつ、一人称使い分けてる口か」

「ん?どうかしました?」

「いや別に。ほら、足を動かしてください。寝るなら早く戻ったらどうです?」

「…。はい」


 一人と一匹の距離は少しだけ近づいていた。

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夜一町のあやかし夜行〜転生陰陽師の奇妙な巡り合わせ〜 秋春 アスカ @asuka610

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