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猫から距離を置いた紅葉は、目的地のはずであったドラッグストアを通り過ぎ、夜一町と隣の町を跨ぐ川まで板をかっ飛ばしていた。
いくらメンがヘラっている紅葉でも、一般人を銃弾の雨に巻き込むことは気が引けるらしい。
そのため、髪の長い美人ががゆらりと近づいて傷を癒やしてくれて、そのあと日本酒ワンカップを飲み始める。という妙にリアリティを持つ噂があるその川は人が意図的に寄ることは少なく戦いにもってこいであった。
我ながら、2ヶ月間の悪傀との戦闘でよくここまで判断ができるようになったと紅葉は思う。元から人気のない場所に向かうことを好んでいたとはいえ、現実世界において逃走中にパッと浮かんで即行動できる人間なんてどれほどいるのだろう。
そもそも生活している際に誰かから逃げるなんて場面自体が前世の日本では少ないかもしれないけれど。
しかも基本爆破しまくってるだけだから頭脳もクソもないただの脳筋アタックでしかないけれど。
「うわっ」
背中の左、やや上部。確実に心臓を裏から狙うような銃弾を霊力が跳ね返す。やはり容赦がない、これが本職か。
自身が当の本人ならぬ本猫に火をつけたことを理解していない紅葉は、プロフェッショナルを前に感心していた。
アクション映画でスナイパーに撃たれた人物が驚きながら倒れる理由に納得、といった風に。
「導の花」
とはいえ、紅葉もただすごいなー強いなーで終わる気はない。御札越しに唱えれば一輪の花がふわりと花弁を落としながら竹林の中へと飛んでいった。
《導の花》、空気中にまった霊力や妖力から力の持ち主を見つける探知技である。昨夜の花弁も辿る際に落ちていった花の生き残りである。
「いた。鬼灯」
花びらが辿り着いた先へ火炎弾を用意する。まるでドッジボールで獲物を狙うように紅葉は花の到着点へ投げ込んだ。
しかし花弁の場所とはまだ距離があった空中で爆発。
居場所がわかろうと遠距離を好む者同士では互いに攻撃を相殺しあうだけになってしまうのだった。
これ工夫必要なやつだ、紅葉が唇を引き締まる一方、鬼灯を余裕で撃ち抜いた猫はこれ逃すまいと銃弾をお見舞いする。
普通のアサルトライフルとは確実に異なる連射速度と銃弾の威力に、流石の紅葉も恐怖を感じて『石壁』と唱え確実な盾で防いでいた。
「鬼灯」
爆煙が地上でモクモクと立ち上がる。やっと当たったと息を吐いた瞬間、煙に穴が開き猫は紅葉めがけて飛んでくる。
避けようにも猫の持つ俊敏性に間に合わず、紅葉の横腹へ華麗な回し蹴りが炸裂した。
「うぉぉぉ!?」
物理攻撃は威力を受けずとも衝撃は物理的法則に則られるらしい。蹴られた方向へとまるでサッカーボールのように吹き飛んでいった。空を飛んでいるのに何という威力。道真の霊力がなければ一たまりもなかったであろう。
「猫の物理技ってパンチでは?」
「イメージ押し付けないでくださいよ」
「だってニャルテラちゃんはパンチで戦ってたし」
ぴくり。猫のしっぽが反応する。それはまるで嬉しいことに気がついた時みたいに。
「いま、ニャルテラちゃんって言いました?」
「え?あぁはい。自分はニャイミス推しでしたが…2人はやはりセットだったので」
ニャルテラとニャイミス。この2人は紅葉が前世の世界で遊んでいたモバイルゲーム『ニャイト グランドクインテット』通称『NGQ』のキャラクターである。公式相棒設定があり、キュートなニャルテラとクールなニャイミスの2人は大層人気があった。
この世界にも存在していることは分かっていたのだが、いかんせん課金してまで手に入れていたキャラはこっちのアカウントには当然おらず。現在は遊んでいない。
紅葉は前世で必死に手に入れたニャイミス水着バージョンが手元におらず、しかしフレンドのサポート欄には堂々と並んでいることが耐えられなかったのだ。
こっちだってレベルもスキルも必殺技レベルもマックスにしておすすめカード装備させてたのに…。前世に戻りたいとは全く思わないが、紅葉はNGQのアカウントだけは後悔していたのである。
「NGQ、知ってるんですか」
「ニャイミス水着をオールMAXにしたくらいには」
「…ニャルテラの水着は」
「魔法のカード使っても出てきてくれませんでした」
紅葉が暗いオーラを出しながらそう言うと、猫は勢いよく近づいてきて紅葉の手を握った。
攻撃が来るのかと思っていたら全く敵意がないせいで道真の霊力も発揮されず。紅葉は先ほどまでの殺意はどこに?と目を丸くした。
「俺も、俺も今年の夏イベ来てくれなかったんですよ!!」
こんなところに同士がいたなんて!猫は目をキラキラさせる。そのまま第二覚醒時のニャルテラの水着の良さや、最終覚醒でニャイミスと色違いの水着を着ていることの素晴らしさをオタク特有の早口で紅葉に語り始める。そのまま装備カードやほかのメンバー編成などもツラツラツラと。
「ちなみに猫さんのランクは?」
「150までいってますよ。そうしないとニャルテラ編成や3ターン編成のコスト足りないんで」
紅葉は察した。こいつゲーマーだな?と。
この猫、もといその名を『紫苑』と裏社会で言われる猫又は紅葉の察し通り、かなりのゲーマーである。
ガチャで気に入った推しは手に入れたい、気に入った装備を手に入れたい、いまストアで売ってるこのスキン良いな。日々を彩ってくれるFPSゲームとソシャゲへの貢献、そしてそのゲームを遊ぶための設備・機器その他もろもろ維持するため紫苑はこの仕事を引き受けていた。
前日にも思っていたことだが、紅葉を殺す仕事もソシャゲのガチャをするためだ。今回は近々開催されるイベント(ジャンルは音ゲー)に推しであるミュージカル志望の『めめちゃん』が登場する。絶対に回さねばならないらしい。
「…それなら支援妖として仕事してみては?」
未だ手を握られている紅葉は紫苑の課金事情を知って、そう言った。
支援妖。陰陽師協会から悪傀の討伐を依頼され、陰陽師と共に討伐してくれる妖のこと。陰陽師が支部に申請→人間に害のない妖か否か判断されたのちに陰陽師と同じように正規雇用として雇われ、陰陽師と同じように給料やボーナスが発生する。怪我した際の妖用保険まで用意されており裏社会の仕事に比べ圧倒的にメリットが多い。
ちなみにこの制度、特に悪傀が出やすいこの夜一町支部と京都伏見支部の二か所のみで認められている。
「安定した高収入、強い悪傀を倒せば倒すほどボーナスが発生。命のリスクもその仕事より低い。仕事は毎日ありますが1時間~2時間…いや早い場合は30分もかかりません。つまり…」
「つまり?」
推しイベのスタミナ回復の合間にも仕事ができ、かつお金一杯もらえるからイベントも走れるしガチャも回せます。
どや顔で言った紅葉の発言に紫苑は雷を撃たれたような衝撃が走った。
一度地面に着地して、紅葉の手を放し…
「ぜひ申請をよろしくお願いします!」
見事華麗なお辞儀である。
まさかこんな形で殺されずにすみ、しかも同業者になる可能性が出てくるとは。自分の提案とはいえ、紅葉は先の真面目な戦闘にたいして解決策がこれだったことに思わず笑った。
てっきり定番の流れ、見せかけからの攻撃のパターンかと…
「そんなこというとでも?」
「やっぱそうかぁ」
左胸に向かって紫苑から銃で撃たれる。もちろん霊力が防ぐ。
しかし先ほどまで無敵とも呼べた霊力は銃弾の威力に耐えきれず、跳ね返しながら身体を後ろへと飛ばされた。
「蒲公英」
紅葉が唱えると空中に黄色いふわふわの花弁を持った大きな蒲公英が咲き、クッション代わりとなってうまく衝撃を抑えた。
ホッと息を吐く間も無く次の銃弾が襲ってくるため、スケートボードに乗り避け続ける。
「貴方陰陽師のくせして知らないんですか?こういった仕事してる妖たちがどれほど人間嫌いなのか」
「……まぁ、ほとんど知りませんね」
開き直ったような言い方。紫苑は呆れたように溜息を吐いた。ほんとこの陰陽師はなんなんだ、と。
この世界、ましてや妖とも協力する可能性のある陰陽師にとって『妖ごとに人間の好き嫌いは違いがある』という知識は知っていて当然。
これを知らないとなればなんだこいつ、となってしまうのは仕方がなかった。
しかし。紫苑が前にしているのは紅葉である。同業者から煙たがられてるせいで、青木とのやり取り以外の事情を知らない。
「悪傀を倒せるのは陰陽師だけじゃないんだ〜。妖っていう元人間の存在がいて、彼らも倒せるよ。猫の手も借りたい時は妖の手を借りることもありだね」
「なるほど。でもそんな簡単に手伝ってくれるんですか?」
「多分?」
「多分ですかぁ」
「まぁ元人間だからね」
「あ〜」
やり取り終了。
これだけで全てわかるのは、天才的頭脳か空気読みの達人だけだろう。
『好き嫌いの違い』
そも、妖は元は人間である。それぞれが何かしらの理由で転生先が妖だっただけ。
となれば、前世で人との巡り合わせが良かった妖なら手伝いにも積極的で、あの支援制度も使われるだろう。
ではもし前世で人的な酷い目に遭わされていたのなら。
「大っ嫌いな人間と協力なんてこと、したくないに決まってるでしょう」
紫苑のように生まれ変わっても恨みや嫌悪が強く、そう簡単に割り切れるモノはいない。それゆえ、晴らすために裏社会の暗殺・殺害依頼をこなすモノが多のだった。
「じゃあ猫さんはどんな人間が嫌いなんですか?」
質問に紫苑は固まった。
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