第6話 帰郷
夏芽の声に呼応するように、居間から姿を現したのは父だった。あまりに突然のことに少し衰弱しているようにも見える。会社から帰ってきてそのままなのか、ワイシャツ姿で出迎えた。
「帰ったか」
寡黙な父は短く言った。
「母さんは?」
「いま寝室で寝てるよ」
父はそう言って、廊下の奥を指さした。靴を脱ぎ捨てて上がると、懐かしい廊下を進み、寝室の扉を開いた。そこには寝ている母の姿があった。その横で渋い表情を浮かべた家村先生が膝をついて、容体を見ている。
「これは夏芽くん、久しいな」
家村先生はにこやかな笑顔を見せた。
「母さんは大丈夫なんでしょうか」
「心臓や肺に異常はないよ。あとは血液検査の結果を待つだけだけど、それによっては町の大きな病院に移ってもらうかもしれない」
「病気なんですか」
「更年期による一時的な発作の可能性もある。ただし俺の知る限りは貧血としか言いようがないんだ」
父の言う通り、母の容体は原因不明である。夏芽は眉間に手を当て、小さな溜息をついた。
「そうですか、ありがとうございます」
すると父がそっと肩を撫でる。
「母さんは絶対に大丈夫だ」
「ああ、分かってるよ」
その時である。玄関口から声が聞こえた。
「すみません」
父は振り返り、寝室を出た。夏芽もそれに追随し、玄関に顔を出すと、そこに立っていたのは大きなビニール袋を抱えた涼介だった。
「涼介くん、悪いね」
「いえいえ、こういう時は頼ってください」
この村で噂は波紋のように一瞬にして広がる。ほとんどの人が顔見知りで、プライベートなどあってないようなものだ。特に犬養家と懇意だったためか、母のことを聞きつけた涼介が差し入れを持ってきてくれたようだ。
「涼介……」
俺は思わず呟いた。
「あれ、帰って来たのか、懐かしいな夏芽」
涼介と最後の会ったのは高校の卒業式だ。幼馴染でずっと仲良かったが、夏芽が東京の大学に進学したこともあり、少し疎遠になっていた。
「おう、ありがとな」
「とんでもねぇよ」
涼介は土のついた指で鼻をこすった。
すると野菜が大量に入ったビニール袋を受け取った父が二人の顔を見て言った。
「母さんことは俺が見ているから、せっかく帰って来たんだし、ちょっと出てきたらどうだ」
するとすぐさま涼介が手を振りながら言った。
「せっかくの家族水入らずに水差すのは気が引けますよ」
「そんな気を使わなくていいんだよ、涼介くん」
父が笑いながら答える。
「ほら夏芽も全く帰ってこないんだから、挨拶回りくらいして来いよ」
父に尻を叩かれ、家を出された俺たちは何にもない道をなんとなく歩いた。ここから数百メートル先に、昔全焼した涼介の家がある。中学の頃はいつもその家まで涼介を向かいに行ったものだ。
「お前、何その髪の毛?」
涼介は夏芽の茶色く染まった髪の毛を指さして笑った。
「うるせぇな」
「少し見ないうちにずいぶん東京に染まったな」
「染まりたくても、なかなかここのが抜けねぇよ」
「でもこれからどんどん変わっていくんだろうな」
「なんだよ、寂しいのか」
「いやむしろどんどん変われよ。俺も誇りに思う」
「なんの誇りだよ」
「親友の誇りだ」
こんな会話をするのはいつぶりだろうか。地元なんて帰っても楽しくないと思っていたが、こうして昔のノリをするのも悪くない。とも思った。
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