第7話 帰郷

「お前はなんも変わってないな」


「そうだな、俺はずっとこのままだ。だから安心して突き進めよ」


 久しぶりの再会ということもあり、思いのほか、会話が弾んだ。涼介はいま実家の農業を手伝っているらしい。将来的には家を次ぐ予定だ。そんな何気ない会話の中で、苦いことも言われもした。


「そういえば、お前、小説は書いてるか」


 夏芽は嘘をついた。


「ぼちぼちな」


 東京の大学に言った理由。夏芽は中学の頃から小説を書いたり、なにか話を作るのが好きだった。そして本気で小説家を目指すため、大学の文学部に入った。だが気が付けばもう一年も筆を執っていない。

 この二年間、大学にただ通い、本当にこれがやりたかったことなのかと、自問自答する日々が続いた。茉莉は気を使ってか、小説の話題は出さなかった。これも地元に帰りたくなかった要因の一つなのかもしれない。

 涼介の顔を見て、人形のような作り物の笑顔を見せて誤魔化す。

 どんどん変われか……

 その言葉を反芻した。俺は確かに変わったよ。あんなに夢を目指して、希望をもって東京に出たのに、今では地元に帰ることを恐れている。負け犬だと思われなくないという自尊心が大きな殻を作っていた。


「本出したら言えよ。俺が最初に読んでやる」


「出せたらな」


「なんだよ弱気じゃねぇか」


 涼介は優しいやつだ。家を出てからというものの、倒れた母の話題は一切出さなかった。恐らく気を使ってくれているのだろう。もしも夏芽がここで実は小説なんかもう書いていないと言っても、咎めはしないはずだ。

 でも親友だからこそ、自分を信じてくれた親友だからこそ弱い自分を見せたくなかった。いつまでも憧れていてくれる親友を自分の心の中に保管したかったのかもしれない。

 夏芽は頭の中で必死に他の話題を考えた。もう小説の話はしたくなかった。

 しかし深く考えなくとも、話題は目の前に突如として現れた。その思いもよらぬ光景は大きな衝撃を与えた。


「歩いてたら俺んちまで着ちまったな」


 涼介がそう言って見上げた先には大きな一軒家があった。


「涼介……この家って」


「あ? 俺の家だけど……上がっていくか」


 立っている地面が歪む感覚、粟立った全身が小刻みに震える。夏芽は下唇を噛みしめ、その痛みを確かめた。

 確かにこれは夢ではない。夏芽は自分の足で立っている。浮遊する感覚もなければ、何度目を閉じても情景は変わらない。これは紛れもない現実なのだ。


「なぁ涼介、中学一年生の頃を覚えているか」


「なんだよ急に」


「あの七夕の日、灯篭行事に俺たちここで待ち合わせて向かったよな」


「懐かしいな、そんなこともあったな」


「あの時お前、蚊取り線香の始末を忘れただろ」


「よく覚えてるなお前、あったあった。それで危うくボヤになりかけたんだよな。川べりに着いたときに思い出して、俺が急いで帰ったんだ。そしたら畳がちょっと焦げてて、あんときは母ちゃんにめっちゃ怒られたぜ」


 違う、この家は全焼したはずだ。ボヤになりかけた? それは夏芽の夢の中の話だ。だが夢と酷似しているが、微妙に違う。まさしく夢と現実の間の事実。

 あの夢が現実に影響を与えている。



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