第4話 悪夢

「え?」


 夏の暑さが凍り付き、顔が強張った。なぜか今朝、見た夢を思い出した。あの上半身を失った母の姿が鮮明に脳裏に浮かび上がる。


「どうしたんだよ?」


「朝、パートに行く途中にいきなり倒れたんだ」


「原因は何なんだ?」


「それがなんとも言えないらしい。家村先生が来てくれたんだけど、貧血かもしれないって……とりあえずいまは安静に寝かしているんだけど、容体は変わらない」


「分かったよ。今から帰る」


「本当か、大学のほうは大丈夫なのか」


「今日は自主休校だ」


 夏芽はそう言って電話を切った。予想だにしなかった。まさかあの夢がこうなることを予想していたというのか。夏芽の額には冷や汗が滲んだ。


「家族になにかあったの?」


 著しく強張った夏芽の顔を覗き込むとそう言った。


「母さんが倒れたんだ。まるで今朝の夢が正夢かのように」


「え……お母さんが……」


 茉莉も動揺を隠せない。


「茉莉、俺は今から実家に帰る」


「分かったわ……また連絡頂戴」


「ああ……」


 夏芽はすぐに踵を返し、大学とは反対方向の電車に乗った。ここから秋葉原に向かい、そこから快速に乗り込む。

 早歩きは小走りとなり、不安は増大していった。もしかしたらもう母の顔を見ることができないかもしれないと思ってしまう。あんな夢を見ていなければ、こんなに焦らない。ただの偶然なのか。それともあの夢が暗示しているのか。この胸騒ぎが収まることはなかった。

 秋葉原に着くと、筑波行きの快速に乗り込んだ。そこから一時間、夏芽はじっと考え込んだ。

 この夢は今日に始まったわけではない。一か月前からずっと続いている。最初はただの子供の頃の夢だった。あまり鮮明ではなく、どこか空間が歪んだただの夢だ。

 だが次の日、その夢の続きを見た。中学一年生の時の夢だ。その日のことをよく覚えていた。期末テストの返却日で、初めて六十点以下を取り、親に叱らえた記憶を追体験した。

 ここから夢はより鮮明になっていった。ほとんど忘れていたことを夢で追体験することによって、思い出していく。そして時間の経過は現実世界とさほど変わらなかった。まるで並行しているように、現実世界の時間経過とおおむね等しい。

 これだけでも普通の夢ではないことを察知するだろう。夢とは断片的なものなのだ。ましてや幾夜も連続することなどあり得ない。

 そして茉莉に初めて打ち明けた夢へと繋がる。

 七夕の記憶だった。例年、七夕では川に灯篭を流す風習があった。夏芽も毎年、両親とともにその祭りに参加していた。

 だがその年に限っては違う。年頃の夏芽は親と一緒に行動することに恥ずかしさを感じていた。そのため、その日は幼馴染の犬養涼介いぬかいりょうすけと行く約束をしていたのだ。

 その日の夢ではそれを追体験することになるのだが、このあたりから意志と人格を保てるようになってくる。

 確かその日、家の戸締りを任された涼介は蚊取り線香の始末を忘れ、家を全焼させてしまうのだ。夏芽はそれを覚えていた。涼介の家に迎えに行き、川辺に着いた時、村の大人の「家が燃えてるぞ」という声を聴いた瞬間、青ざめる涼介の顔を鮮明に覚えていた。

 そのため夏芽は夢の中で、蚊取り線香のことを涼介に言ったのだ。火の始末に気が付いた涼介により、犬養家は火事を免れた。

 これが夏芽の初めて行った夢への干渉だった。


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