第3話 悪夢
茉莉とは新宿で別れる。それまでの二駅は一緒だった。
改札を過ぎて、ホームの階段を登るとき、茉莉は振り返ってこう言った。
「毎日、同じ夢を見るってことはやっぱり何かあるのよ。それも昔の記憶なんでしょ。もしかして実家に戻りたいとかあるの?」
「まさか、あんな田舎には戻りたくないね」
「あたしはあるけどな」
「茉莉の実家は田舎というほど田舎じゃないでしょ」
「私にとっては田舎よ」
「渋谷まで一時間足らずの田舎は田舎とは呼ばねぇよ」
「まぁそうだけどさ、たまには親にも顔見せたほうがいいんじゃないの?」
「どうせろくなこと言われないから嫌だよ。あそこは時代が十年も進んでいない。最近見る夢でつくづくそう思うよ」
「それは夏芽くんの見ている夢が本当に十年前だからでしょ」
「あれから急速な発展を遂げているとは思えないね。コンビニまで車で二時間もかかる場所はずっとあのままだよ」
「ねぇ今度、私も一緒に行きたいんだけど」
「来ても面白くないよ」
「別にいいわよ。卒論の役に立つかもだし、取材よ、取材」
「卒論か……考えたくねぇな」
ホームにアナウンス流れ、電車がやってくる。二人の周りにはスーツ姿のサラリーマンが集まってきた。一限の日はどうしても通勤ラッシュと重なる。こうやって談笑できるのもここまでだ。
ブレーキ音と供に電車が停車する。列の先頭だった二人の目の前で、扉が開き、冷房と熱気が合わさったような生ぬるい風を鼻先で感じると、一人の女子高生と目が合った。
女子高生はやけに急いだ様子で、電車から飛び出した。高校の制服と思しき、白と赤の襟首からシャンプーの良い香りが漂った。
「綺麗な人ね」
隣で茉莉が呟いた。
「どこの高校だ? ここにあんな制服の高校あるか」
「私は見たことないわ」
実に容姿端麗な女子高生だった。きめ細かな白い肌に長い黒髪は大和撫子というに相応しいいでたちである。白と赤の制服は思いほか、巫女装束にも見えた。
シャンプーの香りが風に持ち去られた頃、サラリーマンの群れが満員電車へと押し込んだ。
二人はすし詰め状態となり、リュックを胸の前で抱えた。
その苦行に耐えること数分、新宿に着き、扉を開くと、飛び出すように下車した。二人は顔を見合わせて、大きなため息をつく。
「それじゃあ俺はあっちだから」
「うん、ここでお別れね」
「また大学が終わったら連絡してくれ」
「今日は昼すぎには終わるわ」
「俺もそんな感じだ」
茉莉に背を向け、ホームの階段を降りようとした瞬間、ポケットに入れていたスマホが震えた。こんな時間に誰が電話をかけてきたというのだ。
画面をスワイプすると、そこには父の名前があった。
「どうしたの?」
後ろから覗き込む茉莉。
「親父から電話だよ。なにかあったのかも」
電話に出ると、親父の濁った太い声が聞こえた。
「夏芽、母さんが倒れた……」
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