29 目玉親父だな


 反応が薄くなったことに気づいて、チョットマが頬を膨らませた。

「ねえ、パパ、行かないの? 娘が誘ってるのに?」


 娘にピクニックに誘われて、断る親がどこにいる。

 フライングアイが壊されたら? それがどうした!

 

「どうやって一緒に行くつもり?」

「簡単。私のリュックサックに入っていけばいいよ」

「リュックサック! そりゃいいね!」



 戦闘服に身を包んだチョットマが、リュックサックなんて平和なものを背負っていくはずもないが、その表現が気に入った。


「いいでしょ! パパは楽チンだよ」

「でも、それじゃ、外が見えないよ」

「へへ、実はね」



 作戦の詳細は話せないから、と前置きし、具体的な部分に触れないように、自分の任務について話してくれた。

 チョットマはンドペキのチームに属しているが、今回の行軍では、補給班兼救護班なのだという。



「だから、荷物を持って、後ろからついていくだけ。大八車の上にでも括り付けておいてあげるわ」

「大八車! どこでそんな言葉を習ったんだい!」


 大八車の上に括り付けられて、「オイ、チョットマ!」と、鬼太郎の目玉親父の声音を真似るシーンを想像して、イコマはおかしくなった。


「私も、少しは本を読むよん」

「そりゃ、相当な古典小説だね」

「ね、そこらへんは任せておいて」


 待ち合わせ方法を決めてから、チョットマは部屋を出て行った。



 イコマは、もう迷ってはいなかった。

 マトと連れ立って、街の外に出るのは初めての経験だ。

 街から外れてそんな遠方まで出かけていくのも、初めてのこと。

 胸をときめかせた。



 ハクシュウという人物をイコマは知らない。

 いつものように、簡単にデータを探った。

 アクセスできる人物データベースは、探偵のものと違って、役に立たないことが多い。しかし、今回は違った。


「ハクシュウ、ニューキーツ軍中尉、東部方面攻撃隊長、千九百五十六年生誕、男」

 という情報が掲載されていた。


 同い年……。

 ハクシュウという通称から想像すると、マトになる前は日本人、だろうか……。


 ンドペキ、スジーウォン、コリネルス、パキトポーク。

 こちらの方は、例によって何の情報もなかった。




 イコマはハクシュウという人物に興味を持った。

 スジーウォンという兵士が言うとおり、いまさら捜索したところでサリの亡骸はおろか、装備の小さな欠片といった遺留品さえ見つかるはずがない。

 死体は身に着けていたいかなるものも含めて、速やかに回収される。

 現場からは消えてなくなる。

 そういうことになっている。例外はない。


 ハクシュウは、通常の訓練に、サリの捜索という架空の名目を付けただけなのだろう。

 あるいは別の目的があるのだろうか。

 サリを葬った原因、ないし犯人を見つけ出す、というような……。


 もしそうだとすると、ンドペキの立場は微妙だ。

 サリが死んだとき、あるいは行方不明になったとき、行動を共にしていたのはンドペキだと聞いている。

 そしてチョットマは、ンドペキのチームに属している……。



 そう思い始めると、漠然とした不安が湧いてくる。

 アギの習性である。

 思考は常にクリア。

 新たな考えが浮ぶごとに、古い思考は薄れていくということがない。

 思い付きであろうが、熟考の結果であろうが、思考はどんどん溜まっていく。

 これを中断するには、睡眠、つまりリセットが必要だ。



 さて、どうするかな。

 独り呟き、アップット高原のマップと衛星画像にアクセスした。


 ま、楽しまなきゃな。

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