36 目の前にいる娘は……
イコマは思考を司るシステムが停止するかと思うくらいに驚いた。
女性の言葉の意味を理解するのに、数秒はかかった。システムの計算速度からすると、永遠ともいえる時間だ。
自分を「おじさん」と呼ぶ女性は、他にはいない。
プログラムが唸りを上げる。なにも頭に浮かんでこなかった。
「まさか」という言葉以外に。
モニターに映っているのは、短い髪の若い女性。
白いワンピースを着て、赤いチェック柄のミニスカートと、膝上までのブーツを履いている。
兵士ではないし、街の娘とも違う。
政府系の機関に働く者が好んで使う色を身にまとっていた。
髪は鮮やかな水色だったし、ブーツもその色。
清楚な印象で、理知的でもある。
モニタのネーム欄には「バード」という文字が浮かんでいる。
娘が再び、「おじさん」と呼びかけてきた。
イコマはあわてて部屋のロックを外し、お入りと言った。
部屋に入ってきた女性は……。
もしや、その人ではないか……。
胸が高鳴った。
何とか平静を保とうと、誰にでも言う同じ台詞。
「好きなところへお座り」
娘は、まっすぐ歩み寄ってきた。
チョットマがいつも座る椅子に手を掛けたが、座ろうとしない。
イコマは混乱していた。
思考が安定しない。
目の前にいる娘は……。
この娘は……。
まさか……。
もう数百年間、捜し求めていたアヤではないのか……。
反面、ジョークではないか、罠ではないか、間違いではないか、何らかの諜報活動ではないか、という意識も捨てきれないでいた。
むーーーーー。
いや!
いや、やはりアヤでは!
アヤの顔や姿を意識的に呼び出し、照合した。
体形は!
顔立ちは!
目は!
瞳は!
鼻は!
眉は!
唇は!
そして、声は!
どれもこれも、似ているようで違う!
でも、面影はある……。
なんとなくではあるが、目元にらしさがあるような……。
娘は、椅子の脇に立って、こちらを見ている。
いや、もう見えてはいないだろう。
目には涙が溜まって、今にもこぼれ落ちそうだった。
そして、「聞き耳頭巾のアヤです」と言ったのである。
なんということだ!
「アヤちゃん……、なのか……」
それだけの言葉を発するのに、イコマは全神経を使った。
重すぎる言葉だった。
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