37 今、腕の中にある感触
言い終わらないうちに、娘は駆け出してきた。
飛びつき、抱きついてきた。
「おじさん、ごめんなさい!」
イコマは娘を思い切り抱きしめた。
腕の中の感触を確かめた。
そして、「アヤちゃん!」と繰り返した。
もう間違いない!
頬ずりをした。
思わず唇が触れた。
アヤがその唇を押し付けてきた。
涙の味がした。
イコマは、そっとアヤの体を離し、目を覗き込んだ。
見つめ返してきた目は、彼女が子供だったときのように、かつて同じ部屋で寝ていたあの頃ように、無垢な信頼感で満ちていた。
心を震わせた思い出の日々……。
そして、彼女が大人になってから見せていた、ひたむきな愛情も、瞳の中に溢れていた。
もう一度、アヤの頬を、目元を、口元を、髪を撫でた。
その手にアヤの手が添えられた。
なにも言葉にならなかった。
どんな言葉も、今は空虚。
言葉だけではない。
頬ずりしようとも、手を握ろうとも、キスしようとも、今の喜びは言い表せない。
心の震えを抑えることはできなかった。
「ごめんなさい、私……」
イコマは水色の髪を撫で続けた。
「おじさんを守るなんて、偉そうなことを言っておきながら、忘れて……」
言葉を搾り出した。
「ううん。信じていたから……」
「おじさん、私ね……」
両手を頬に添えて、また瞳を覗き込んだ。
「何も説明しなくていい。来てくれただけで、心がいっぱいだ。嬉しさで溢れかえっている」
アヤの目に初めて笑みが浮かんだ。
イコマも微笑んだ。
「話したいこと、聞きたいことはたくさんあるけど、また来てくれるんだろ」
「もちろん。これからはまた、家族のように」
イコマはそれからアヤを抱きしめ続けた。
記憶としてしまい込まれた思い出ではなく、今、腕の中にある生身のアヤの感触を確かめ続けた。
アヤもそうだろう。
ひとこと、「会えてよかった」と言ったきり、きつく抱きついたまま、離れようとしなかった。
面会時間は、ちょうど三十分間だった。
それ以上いると、システムに不審がられるかもしれない。
アヤは、必ず明日また来る、と言う。
だから、決して自分のIDにアクセスしてこないで、と。
イコマももちろん、そんなことをする気はない。
アヤは政府機関に勤めているという。
アギの自分がマトにアクセスするという稀なことをして、彼女の身にいい影響があるはずがない。
家族のように、と言ったアヤの言葉を信じないようでは、親ではない。
アヤは、
「じゃ、パパ、また来るね」と、決まり文句を口にして出て行った。
アヤが出て行ってからである。
本当の感激がこみ上げてきたのは。
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