10 こいつ、私服の治安要員かもしれない

「あっ、待って」


 チョットマは言ってしまってから、やっぱりやめたほうがよかったかも、と悔やんだ。

 なにしろこの男、得体が知れない。

 はっきり言って、嫌いなタイプ。

 粘着質ではないようだが、いつ、態度を豹変させるか、わかったものじゃない。

 そんな気がする。



 それに、私の装備。

 街中での完全武装は禁じられている。

 今からでも城門近くのロッカーに戻って着替えた方がいいだろうか、という思いがかすめる。

 ただその規則はそれほど厳格ではない。

 治安部隊に誰何されることはあっても、ペナルティが科されたという話は聞いたことがない。



 でも、こいつ、私服の治安要員かもしれない。


 ありえるな。

 私の都合の悪いときに限って、声を掛けてくるような気がする。




「ん? なに? 珍しいな」

「何が?」


 睨みつけてやるが、こいつに私の瞳は見えてはいない。

 こういうとき、装備は便利。


「君が、僕と話したいってことがさ」

「話なんてない。少し聞きたいことがあるだけ」

「ふうん」


 男は、二、三歩近付いてくると、

「ここで聞いていいことかい?」

 と、声をひそめた。




 街の監視システムは、画像だけではなく、音声も収集している。

 その頻度は高くないと言われているが、こいつ、気にしてるみたい。


「とういうか、その前に、せめてそのいかついヘッダーは外してくれないかな」

「治安部隊に見咎められるのが怖い?」

「まあね」


 不良分子と同等に扱われるかもしれない状況が、いやだというのか。

 自分の身の安全のために?

 それとも私の?

 どちらでもいい。



「ここで」


 チョットマはこれまで、監視システムの存在をそれほど気にしたことはない。

 とはいえ、政府に聞かれて困るような話題もなかったし。

 むしろこの男と、どこかの民間簡易シェルターに移動する方が、ごめんだ。


「じゃ、どうぞ」

 勿体つけた態度で、男が小首をかしげて聞く姿勢になった。


 ふん。

 ちょっとばかり背が高いからって。

 チョットマに合わせて、長身をかがめている。




 チョットマはヘッダーを外し、ついでにハイスコープも外した。

 インナキャップはもちろん被ったまま。

 この男に、素肌を見せるつもりはない。


 街の中でいつも身につけているインナキャップは、もう少しオシャレなマスクだが、今被っているのは戦闘用のもの。

 高性能のナノカーボン製。

 真っ黒な海坊主のような代物で、目の位置には平面的な樹脂が嵌まり、口にはシリコン製のフィルタ。

 まるで妖怪人間。

 少し恥ずかしいが、一応は礼儀を示して。




「サリの行方を捜してる。なにか、知らない?」


 この男は、サリのことを知っているはず。

 以前、サリとこの男が街角で話しているのを見かけたことがある。



「サリ?」

 だが、男はとぼけてみせた。

「誰のこと?」


 チョットマの心に、ずしりと怒りの感情が湧いたが、それをぐいっと押し流すと、穏やかに声を出した。

 きっと、目は釣りあがっているだろう。


「私と同じ隊に所属する兵士」

「君と同じ隊? そんな人は知らないな」




 じゃ、あれはなんだったのよ!

 あの日、立ち話、してたじゃない!


 しかし、チョットマは問い詰めたりはしなかった。

 プレイボーイね、と思ってるなんて受け取られたら、さっき湧いた怒りを抑えきれなくなる。



「もう、いい」


 チョットマは背を向けて、ブルーバード城門へ戻り始めた。

 自分の部屋は、もうすぐ近くだったが、この男に後を付けられる恐れもあると思ったからだ。

 それにサリの部屋にも、もう一度寄ってみたいと思った。

 さっきも見に行ったがけど。

 うれしいことに、男は後を追ってこようとはしなかった。




 ああ、無性に、あなたの声が聞きたくなったよ。

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