21 記憶の砂

 峠に差し掛かった。

 一歩登るごとに、視界が開けてくる。


「あああっ!」


 目の前に広がる光景に息を呑んだ。

 この世とは思えないほどの、光が満ちていた。

 まぶしさが目を焼いた。



 かろうじて、まぶたの隙間から見えた光景。


 一面の荒地。

 全くなにもない。

 ただ眼前にあるのは、乾ききった白い大地だけ。



 その数キロメートル先。

 白い荒野の只中。

 コンクリートの巨大な建造物がこつ然と建っていた。


 空気中のあるとあらゆる微粒子が光を帯びているかのように、大気そのものが白く輝く中、建物はおぼろに浮かんでいた。



 光はその建物から、空に向かって突き立っていた。


 直径数十メートルの光の束。

 ダイヤモンドが超高温で燃えているかのような色を帯びて。

 大気を真っ二つに切り裂いて。



 これほどに強い光を見たことがあったろうか。

 むしろそれはもう光ではなく、極めて高密度で白く硬い金属が、宇宙の果てまで伸びているように見えた。

 そしてこの先の荒野には、風さえも吹かないと思えるほど、張りつめた大気だけがあった。





「おじさん」

「うん?」

「わたし、ここから先は行かない。邪魔になると思うから」

「ああ、戻ってくれ」


 短い会話。

 恐れからそう言いだしたのではない。

 生駒が目的を全うするために、足手まといにならぬよう。


「ついて来ちゃだめだよ」

「うん。ここで見てる」


 綾の瞳が潤んでいる。

 少女のころ、この瞳に生駒は魅せられた。子供を愛することとは……と。

 そんなことをふと思った。




 綾の視線が、光の柱に移っていく。

 今から生駒が歩いていく道筋を確かめるように、荒野をなぞっていく。


「綾ちゃん、今までありがとう。僕と一緒にいてくれて。たいしたことをしてあげられなかったね」

「やめて、そういうことを言うのは」


 綾が目を強く閉じた。

「おじさんはちゃんと無事に帰ってくる」

「安心して。僕も諦めてないよ」

「おじさんはきっと帰ってくる。それは確かなこと。私には分る」

「この光だ。僕の姿はすぐに見えなくなるだろう。そうしたらさっさと帰るんだ。とりあえず、県庁まで無事に」

「……」

「いい?」

「うん……。大丈夫……」

「こんなことを言うのはなんだけど、大阪のマンションは綾ちゃんが自由にしていいよ」

「わたしは、大阪で待ってます」

 頓珍漢でかみ合わない会話になった。



 こういうシーンで、愛する相手にどんな言葉をかければいいのか、生駒は知らない。


「なんだか、うまく言えないけど……」


 綾が生駒に抱きついた。

 生駒は思い切り強く抱きしめた。


 綾と知り合ったころ、綾の瞳に自分の娘に対するような感情を抱いた記憶……。

 そんな自分に驚いたことを、また思い出した。


 川の字になって眠ったあのとき、綾の向こうには優がいた。

 思えば、あの日。

 それが、三人の素敵な暮らしの始まりだった。

 遠い過去のことだった。

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