20 記憶の光

 翌朝、金沢の市街地もそろそろ果てかというあたりまで来たとき、知事はジープを止めた。


 街の中心部からどれほども来ていない。

 低い丘陵の中腹。光の柱はまだかなり先である。

 その遠さに、生駒は騙されたようにさえ感じた。


 しかし知事は、さっさと車を降り、旅行会社の添乗員よろしく解説しようとする。

「ここからご覧になるのがよろしいでしょう」


 舗装道路は行き止まりになっていて、この先は石ころだらけの山道が細々と続いている。


「ここはかつて市民公園があった場所でしてね。展望台もあります。荒れ放題ですが」


 付近は公園というには似つかわしくなく、木がまばらに生えているだけだ。

 枯れてしまった木々も多く、殺風景で荒涼としていた。


 そして暑かった。

 とても二月とは思えない気温だった。

 赤外線ストーブの前にいるように、コートに中にじわりと汗が出ていた。




 光の柱。


 数多の写真や映像で見ていた通り、光は力強く空に突き刺さっていた。

 ただ、光は見えたが、山や木々が視界を遮って、その根元の辺りは見えない。

 それが近くにあるのか、あるいはどれほど遠くにあるのかさえ、よく分らなかった。


 灰色の空に一筋の白い光。

 巨大な光であることは分ったが、遠近感がつかめず、もどかしい。



「この先へ行ってみます」

「この先は政府の指示によって、一般人は立ち入り禁止区域になっています」


 知事は血相を変えて引きとめようとする。

 だが、生駒の信念が変わらないことを悟ると、親切心は薄れていき、やがて怒りの形相に変わっていった。


「では、ここから徒歩で県庁までお戻りいただくことになりますが、それでもよろしうございますか」

「もちろん。お手を煩わせまして。ご親切をありがとうございました」



 認めるわけにはいかぬ、と知事はしつこく念押しをしたが、やがて諦めて、

「必ず、十分明るいうちに県庁にお戻りください」

 と、言い残して去っていった。




 生駒と綾は、歩き難い山道を登り始めた。

 そういうこともあろうかと、それなりの靴で来てはいたが、これほど暑いとは。

 真夏かと思えるほどの気温。

 しかも、暑さは一歩ごとに強くなっていく。



 知事は、あれほど強く反対していたが、ジープに積んであった非常用の飲み水と食料を持たせてくれていた。

 かろうじて一日分ほどだが、生駒は知事の好意がうれしかった。

 立場上、反対せざるを得なかったのだろうが、内心は喜んでいたのかもしれない。

 あるいは、すべてのことに諦観を抱いていたのかもしれない。


 知事のあの様子では、救援のために自衛隊を寄こすかもしれない。

 生駒はそれはそれでよいと思った。

 それに乗じて、綾を無事に帰そう。

 これから向かう先が地獄か天国か分らないが、この暑さである。

 少なくともまともに帰ってこれる場所でないことだけは確かだった。


 狂気の行軍。

 自分ひとりで十分だった。


 この先で、どうしても確かめたいことがあるのは自分なのだから。

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