19 記憶の庁舎
「ようこそ、金沢へ。生駒先生」
「あ、ども」
意表を衝かれた。
「驚かせてしまいましたか」
知事が、手を差し出してきた。
「山中と申します。先生がお見えになることは分かっておりましたが、ちょっとした騒動がありまして、お迎えにあがるのが遅くなってしまいました」
生駒が金沢までの特急券を買ったという連絡があったのだという。
生駒は知らなかった。自分がそういう立場に選ばれているということを。
日本の人口が三千万人を切った今、政府がなんらかの基準で選んだ主要人物。
その動向、つまり生存の有無を掴むために、情報網を張り巡らしていた。
対象者は、政界、官界、経済界、学者、医者、芸術家、各地の古い名家、芸能界、スポーツ界、技術者等、十万人とも、二十万人とも言われている。
生駒は、まさか自分がその中に含まれているとは思ってもいなかった。
「私も最初びっくりしたものですよ。旅先で、同じようなことを言われたときには」
知事は朗らかに笑ってみせたが、顔には心なしか、皮肉めいたものが浮かんでいた。
政府はあくまで安否確認というが、対象者にしてみれば、監視されているも同然で、気持ちのいいものではない。
ただ、生駒は、自分が醒めてしまっていることに気がついた。
本来なら、怒りが沸きそうなことだったが、心にそれほど大きなさざなみは立たなかった。
「こんな寒いところでお話をするのもなんですから、県庁まで、いかがでしょう。ぶしつけな言い方で恐縮ですが、温かいものもございます。もし、よろしければ、お泊りいただきましたら大変光栄です」
知事の申し入れは渡りに船だった。
「県庁にはまだ職員が十数名、頑張ってくれています。市役所の建物は放棄しましたが」
熱い飲み物と簡単な食事をともにしながら、知事は金沢の街が、北陸の各地が、どんな状況になっているのかを話してくれた。
生駒たちがこの街に来た目的が観光などであるはずがないことは、知事にもわかっているはずだ。
しかし、そこに触れることはせず、おっとりした表情を崩さない。
あれこれと話題を変えながら、大阪から来た老建築家を歓待してくれるのだった。
知事の口から、光の柱という言葉が飛び出した。
「あれがあるおかげで、この街は今年のような寒波でもなんとかやっていけます。この県庁舎もすでに暖房機能はほとんど壊れてしまっていますが、なんとか過ごしていけます」
知事は光の柱をこう評して、その存在をありがたがったが、もともとの役割には触れなかった。
光の柱プロジェクト。
稼働してからすでに十年以上が経っていたが、日本中にまだ賛否が渦巻いているからだろう。
目の前の建築家がわざわざ金沢まで来たというからには、強い賛同者か、あるいはその反対かである。
そこを測りかねていたからだろう。
だが、どんな取り上げ方でも生駒はうれしかった。
待っていた話題だった。
生駒は自分達がこの街に来た目的を話した。
いや、目的そのものではなく、そのプロセスの一部を。
知事は難色を示すかと思いきや、顔をほころばせて即答した。
「おおっ、それはそれは!」
「お力添えをいただけますでしょうか」
「もちろんです。あれは、私共の宝です」
誘致の先頭に立ったのは、この知事自身だという。
観光の目玉になることを期待して。
目論見どおり、数年間はそれなりに効果はあった。新聞やテレビで大きく取り上げられていたことを、生駒も覚えていた。
「では、ご案内しましょう」
「ありがとうございます」
生駒は深く頭を下げた。
「ですが、私は明日、朝から敦賀の方へ行く用があります。大変申し訳ないのですが……」
明後日なら同行できるという。
「いえ、急ぎたいので、ご同行は結構です」
「そうですか……。車も、あれ一台しかないものですから、お使いいただくわけには参りません。ですので、街外れまでお連れしますので、そこから眺めて帰られるのがよろしいのでは、と思います」
それでは目的は達せない。
「そこから先へは行けないのですか?」
「いえ、行けないことはありません。ただ、歩いていくのは相当にきついので」
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