手紙(二枚目)
おひさしぶり。
もう十年くらい会っていないはずだから、本当にひさしぶりだ。あの頃は肩を少し越すくらいだったおれの髪は、今は肩甲骨の間に垂れるくらいの長さになっている。おれは大学の頃からずっと長髪で、入学してきた当時の牧くんが「黒髪ロン毛で喫煙者の先輩なんて、いかにもミス研にいそうじゃないですか」と言って笑ったことを、実は未だに覚えていたりする。
牧くんの連絡先がわからなかったので、この手紙は昔住所を聞いたきみのご実家に送っている。無事に手元に届いていることを願う。
さて、牧くんに手紙なんて、今更どうやって書いたものかと戸惑っている。かしこまるのも変だし、あまりフランクでも違和感がある。牧くんもいきなりこんな長い手紙が届いて、戸惑っているんじゃないだろうか?
さっそくだけど一枚目の問題、牧くんは覚えているだろうか?
おれたちが所属していたミステリー研究会には、各部員が少なくとも前期と後期にひとつずつ、推理問題を出さなければならないというしきたりがあった。この問題は牧くんが作り、そして発表するには至らなかったものだ。その前にきみはミス研をやめてしまったから。
これは当時、牧くんから「こんな問題を考えた」と相談を受けた記憶を元に、おれがざっと書き起こしたものだ。もう十年ほど前に一度聞いたきりのものだけど、結構合ってるんじゃないかと思う。あのとき色々話し合って、おれからずいぶんダメ出しした記憶があるからね。
そうそう、牧くんがこの問題自体を忘れているといけないから言っておくが、犯人はAだ。Aは鍵を返却しに行く途中、ネームタグを外して他のよく似た鍵と付け替えておいたのだ。問題の夜、事務室に置かれていたのは別の鍵で、本物の鍵はAがずっと持っていた。帰宅したと見せかけて建物内に潜み、部室に入って封筒を盗み出したのだ。
色々文句をつけたなぁ。まず部室を密室にするメリットがない。CとDの口論が唐突すぎる。返却する際に鍵が違うことを見抜かれるリスクが高い。ほかの誰かがこの後部室の鍵を借りに来たらすぐばれてしまう。廊下の防犯センサーはどうするつもりだ――こんなことを言い放題言った気がする。牧くんは「防犯センサーはともかく、鍵の入れ替え自体はいける」なんて言い張ってたっけね。
とはいえ、当時のおれらが考える犯人当て、トリック当ての問題なんて、この程度のものがほとんどだった。犯人の根拠は名前の語呂合わせ、なんてネタが横行してたくらいだから、牧くんのはむしろちゃんとしていた方だったと思う。
それにおれだって偉そうな口を叩いたけど、五十歩百歩の作品ばかり書いて、きみにずいぶん突っ込まれたものだ。牧くんは実験が好きだったね。おれが考えたトリックで密室を作ろうとして、「ここで絶対糸が外れるんで無理です」なんて言われたり――こういうことはよく覚えているんだ。いや、根に持ってるわけじゃない。楽しかったからすごく記憶に残ってるんだ。ミス研で牧くんたちと遊んでいた頃が、人生で一番楽しい時間だったとさえ思っている。
それに牧くんの問題のよかったところは、何と言ってもおれたちが実際に活動していた部室棟を舞台にしていたところだ。今はどうだか知らないが、部費も当時は現金で回収していたしね。舞台装置も含めて、当時ミス研部員だったおれたちだからこそ楽しめるネタだった。おまけにあの部室は、古い建物の廊下の角を曲がったどん詰まりにあって、おそろしく人目に触れにくい場所だったから、よく事件の舞台にされていたものだ。
そういえば、当時の部長はおれだったな。牧くんは後輩のくせに、おれを擦って遊ぶのが好きだった。
さて、牧くんはこの問題を発表することなくミス研を去ったわけだが、きっときみは今でもその理由を覚えているだろう。
もちろん、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます