シロクロつけなよ!

ひなたひより

第1話 どうしたものか

 スマホを片手にワイヤレスイヤホン。

 今時よく見かける組み合わせだが、危なっかしいったらありゃしない。

 それが交通量の多い交差点の横断歩道を渡っているとなると、流石に見ていられない。

 見たくもないのに数歩先を歩く女子大生風の後ろ姿を、俺はしぶーい顔をしながら眺めていた。

 さっきから夢中でなんかスマホに打ち込んでる。

 友達へのLINEか?

 今やんないで安全なところで止まってやれよ。

 歩行者信号が点滅しだした。

 俺は小走りで女の子を追い越して道路を渡り切った。

 女子大生であろう女の子は相変わらず余裕の歩みだ。

 目を一点集中した状態でよく歩けるな。レーダーでもあるんかい。

 今すれ違ったときにちらっと見たけど、眼鏡をかけてたな。

 ちょっとだけ可愛かったかも、まあ俺にはなんの関係もないけど……。

 そう思いつつ、彼女のいない寂しい男の性か、正面から女の顔を見てみたい欲求に負けた。

 まあ、ちらっと拝見しますか。

 そして振り返ってみた。

 え?

 振り返ったタイミングはきっと絶妙だった。

 スマホ片手に歩く娘は、紅い縁取りの眼鏡で分かり辛いものの、やはりちょっと可愛い感じだった。

 しかしその娘に今まさに突進してくる車を視界に捉えてしまうなんて。

 視界に入る情報をまとめるとこんな感じだ。

 歩行者信号は点滅中。

 女子大生は相変わらずスマホに夢中で何か打ち込みながら、丁度横断歩道の半分くらいを渡った辺りを歩いている。

 見通しの悪い交差点を左折してくる白い車。

 信号ギリギリを渡ってやろうと加速して突っ込んできた感じだ。

 どう見てもスピードを出しすぎて大きく膨らんでいっている。

 これってマズいかも。

 車は女子大生にそのまま迫っていく。

 見えてないのか?

 飛び出せば助けられそうな距離。飛び出さなければここで安全に悲惨な事故を目撃してしまう距離。

 それを考えているというよりは、そういう状況だと理解しただけなのかもしれない。

 体が勝手に動いて、俺はすかさず飛び込んでいた。


 ドン!


 景色が回転した。

 そして痛みはその後にやってきて、真昼間なのに照明を落としたみたいに暗くなった。



 何やら周りがざわついているのに気付いて俺は目覚めた。

 交通事故の野次馬か? それとも救急搬送中か?

 と、思ったが、目を開けてみると俺の周りには人がたかっているのにも拘わらず、みな俺に関心を全く示さず各々何か口論をしていた。

 口論とは言ったが、別に喧嘩している訳ではない。

 何かの話し合いが過熱して、激論になっている。そんな感じだった。


「だからあり得ないって。今までそんな奴、わしの知る限り一例もない」

「でも事実ここにこうしている訳ですから、いい加減お認めになっては如何ですか?」

「認める以前に調べ直せ。完全に均衡を保っている状態などありえない」

「ですからもう何度も調べ直しました。事実を受け止めてください」


 半ばキレ気味に、絶対に認めないと息巻いていた男が俺を振り返った。


「気が付いたようだ。どれ、いったいどんな奴なんだ。その場で立ち上がってみよ」


 俺はそのまま十人ほどいた人たちの前で体を起こした。

 何がどうなっているのか。普通に立ち上がれたことよりも、俺はまず自分がいるこの場所の奇妙さに言葉を失っていた。


 いったいどこなんだ?


 本当なら気が付くとしたら病院のベッドが望ましい。

 しかしどういうわけなのだろう、俺が立っている場所、それを境に半分が白で半分が黒。どこまでも果て無い空間が広がっていた。


「そこのおまえ、ちょっと話せるか?」


 真っ白なペラペラのローブを纏った、なんだか高圧的な感じのじいさんが話しかけてきた。

 白い髭をもじゃもじゃさせている。

 年寄りだから白いのか、もともとそんな感じなのかは分からないが、肌も白いし着ている服も白い。頭からつま先まで真っ白ってのは結構ダサく見えるものなのだと感心していた。


「ダサくない!」


 怒られた。


 あれ?  今、俺なにも言ってなかったはずだけど。


 どういうわけか心の中を見透かされてる。余計なことを考えたら、また叱られそうな感じの偏屈な顔。不気味なじいさんだった。


「偏屈だし不気味だしで悪かったな。本来なら神をそしれば悪行ポイントが付くんだが、この中立の間では善悪の均衡を乱すことはできない。忌々しいが大目に見てやる」


 ほう、今自分のことを神だと言ったな。

 神だか何だか知らんが、勝手に人の心を読んで勝手に癇癪を起こして、勝手に自己完結している。どうもウマが合いそうにない奴だ。


「なんだと!」

「いえ、何でもないです」


 気の短い神のようだ。相手をしていたら進まないので、何にも考えないように努めた。

 心を静めるというのはなかなか難しいものだ。


「そなたはどちらかといえば、悪い方の行いを頻繁に行っていたようだな。閻魔帳にそう書いてある。イドラ、適当なところを読み上げてみなさい」

「はい。では読み上げます」


 イドラと呼ばれた秘書っぽい美人は、手に持っていた閻魔帳とやらをめくって読み上げた。


「一年半ほど前の記録です。すれ違った女性をジロジロ見てマイナス5ポイント。ゴミ箱に投げ捨てたペットボトルを外してそのまま放置。マイナス8ポイント。映画館でくしゃみをして前に座る男性に唾を飛ばした。マイナス2ポイント……」

「ちょっと待って。そんな細かいところまでカウントしてるの?」

「はい。神は何でもお見通しなのです」


 イドラは清らかな笑みを浮かべながら質問に応えてくれた。

 美しい。神に仕える天使ってとこか。神を名乗るじいさんと同じようなペラペラの白い服を着てるけど、体の線が半端ないな。じいさんとは違い、胸元が妙に色っぽい。

 ちょっと手の届かん高級な美しさだが、見るだけならいいだろう。


「なにを考えとる!」

「すみません」


 見透かされてるのを忘れてた。


「で? シロクロの比率はどうなってる?」

「はい。トータルでシロ、18パーセント、クロ、82パーセントです」

「悪行に相当寄っとるな。しかもちっさい悪行ばかりを積み重ねておる。普通なら即、地獄行きなんだが」

「はい。その通りでございます。しかし人命を助けたため10万ポイントを獲得。そして自己犠牲でさらに三倍のポイントが付き、一気に30万ポイントを獲得したわけであります」

「それでトータルした結果、奇跡的にプラスマイナスゼロになったという事か」

「さようでございます」


 淡々としているイドラとは対照的に、じいさんの方は納得がいかないという顔をありありと浮かべていた。


「んー、このままでは天国にも地獄にも送れん。なんかあるだろ。ちょっとした細かいこととか、見落としはなかったか?」

「はい。検証して熟考し、精査した結果でございます」

「そうか、下がっていいぞ」


 相当面倒くさそうに年寄りの神は、近くにいた黒い服を来たじいさんと相談し始めた。


「どうする?」

「どうするって、どうもできんだろ」

「ここに置いてくか?」

「そうしたいところだが、裁定を下す俺たちの威信にかかわるだろ。こんな間抜け面をここでウロウロさせてたら、俺たちは笑いもんだぞ」


 黒いじいさんも口が悪かった。

 間抜け面で悪かったな。


「間抜けを間抜けといって何が悪い!」

「すみません」


 黒い方のじいさんにも怒られた。

 なんだよ。こいつも俺の頭の中を見透かしてるのかよ。


「仕方ない。何とかしよう」


 それから結構長い時間、白いのと黒いのの二人は話し合っていた。

 決着がついたのは、いい加減眠くなりだした時だった。


「それでは裁定を下しようのないこの男に、最善策を講じることとする」


 白いじいさんと黒いじいさんは、二人とも忌々し気に俺を見て、妥協案を言い渡したのだった。

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