第9話~生い立ち~


「それにしても宇宙って、だだっぴろいのね」


森の奥の実験室、淡々と繰り拡げられる細やかな作業とは裏腹に、ナミとホワイトの居るその空間は【静寂】な気で満ちていました。


「どうしたんだいナミ、ホームシックにかかったかな?」


ホワイトは作業の手を止めると、ナミにも少し休憩する様に促しました。


「そうじゃないって言ったら嘘になるけど……でも、そうじゃないわ!私はホワイトの弟子になったんだから!」


「まぁまぁそんなに強がらなくていい。そういえば、ナミの生い立ちを聞いた事がなかったね。聞いてみても?」


「それは別に減るもんじゃないからいいけど……きっと、あたしの話なんてつまらないわよ?」


「もうかなり長い間ここに住んでる身としては、どんな話も新鮮なものだ。つまらないはずがない」


「そ、そう……?じゃあ、少しだけね」


ナミはそう言うと、ホワイトに向かって語り出したのでした。






ここからはかなり遠い場所に太陽系ってテリトリーがあって、ジュピターもそのひとつなのだけど、その星はとても変わっていて、沢山のコロニーがあるの。


あたしはその中の小さなコロニーに引き取られたって、教えて貰った。


あ、先に言っておくとね。

あたし、孤児なの。捨て子なんだって。


だから、あたしを生み出した存在が誰かはまったくわからない。


エンディも同じ、孤児。

周りもみんなそうだった。


そこで科学者になったの。

様々な知識を教わった。そこはとても感謝してる。

少なくとも、消滅していたはずのあたしを育ててくれただけじゃなく、教養も身につけさせてもらって、それで感謝しないって筋違いでしょう?


え?捨てた存在を探さないのかって?


うーん………

知りたい半分、知りたくない半分かしら。


それに、知った所で今更もう変わりようはないじゃない?あたしにとってはもう、それは無かった事に等しいんだから。


ひとりぼっちじゃない、今の事実の方がとても大事なの。どんな事柄に於いても、ひとりぼっちじゃない事が、つまり【愛】の概念なのよ。


なになに?難しいって??

そこがなかなかに、オリオン人には難解なのね?


そこは自分で気づいていくしかないんじゃないかしら。時にそれは苦しみや悲しみ、苦悩をもたらす事でもあるのだけど。


ただ無感情に単調に殺戮を繰り返すよりはよほど、精神的には衛生的よ?


え?やっぱり難しい??


まぁいいわ。だからこうやって妻を創りだしてるんだもの。そこは妻達がきっと【愛】を教えてくれる。そうすればきっと、色々が変わっていくはずよ?


あ……あたしったら調子に乗って話しすぎちゃったかしら。。


ホワイト、こんな話をした事はエンディには黙っていてね?


また、あたし怒られちゃうから。






語り終えたナミは、バツが悪そうな顔を少ししてみせると、また真剣な顔付きに戻って作業を進め始めました。


ホワイトは、ナミの話の奥深い意味まではまだ届かなかったものの、少し何かが動き始めた事に気づきました。


これは一体………


顔を固まらせたホワイトに気づいたナミは、首を真横に倒しながら師匠の顔を覗きこんでみせました。


「弟子の分析センサー発動中。師匠は【同情】の概念を覚えた!」


「同情?」


「今のその気持ちに、大昔の誰かが名付けた名称よ?それ以外に説明出来ないしなぁ、まぁいいんじゃないかしら。順調って事で!」


「そうか……まだよくわからないが、わかったと言っておこう」


「更に角がどんどん取れていくはずよ?【愛】ってまあるいの、まんまるなの」


「そ、そうか……わかった……」


「と、言っておこ~~~う!」


ナミはニッカリと茶化す様に笑ってみせると、右手をぶんぶん振り回し、ドカッと床に座り作業に没頭し始めたのでした。






「やっとだよー!!やっとGETできた!!ナミ、俺の事めちゃくちゃ褒めていいよ!」


交渉の旅から帰ってきたエンディは、銀色の容器を右手に握りしめながら、なだれ込む様に実験室へと入ってきました。


「おっそい、どこまでほっつき歩いてたのよ」


「人の苦労も知らないでさぁ……、ホワイト何とか言ってくれよ!」


「まぁまぁふたりとも。で?カプセルは?」


「あぁここにあるよ」


エンディは大事そうに容器を開けると、中からカプセルを取り出してみせました。


「ご苦労だった。ところで、今回は何処から?」


ホワイトがそのカプセルをトレーに引き受けながら、そう問いかけました。


「今回は、M87からだよ」



「そんな馬鹿な……」


ホワイトが瞬時に顔を曇らせると、それに被せる様にナミも叫びました。


「あの一帯は無理なはずよ?だってブラックホールがあるじゃない!」


「だーかーらー、褒めろって言ってるんじゃないか」


「それはそうだけど……条件は?きっと厳しいはず。そうじゃないと有り得ないもの」


「あぁ……えっと、シークレットって事なんだ」


「極秘って事?」


「なんか少し興味を持ってくれてさ、極秘でって事と、あとは経過報告が契約条件だって」


ナミは珍しく顔を曇らせると、静かに口を開きました。


「それって、罠じゃないのかしら……」


いつもは責めの姿勢を崩さないナミが困惑する姿は、その場の空気を一気に重くしました。


「まぁいい、交渉した以上は取りやめる方が危険であろう。それがもし罠であらば、逆手に取ればいいだけの事」


「それはそうだけど……」


暗い顔のナミを落ち着かせる様に、ホワイトは微笑んでみせると、エンディにも笑顔で問いかけました。


「それで?その提供者の名は、極秘だからこちらでつければいいのだろうか」


「だね、名は教えてもらえなかったんだ」


「では、私がつけてもよいだろうか」


エンディとナミは顔を見合わせると、それでいいという意味で、同時に頷いてみせました。


「有難う、実はM87には思い入れがあってね、詳細は語れないが、少しつけたい名前があったものだから」


「知り合いなの?宇宙はだだっぴろいものね。それで?つけたい名前は何なの?」


すっかりいつものモードを取り戻したナミが不思議そうにホワイトにそう尋ねました。


「名前は……”カイネ”」






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