第9話~生い立ち~
「それにしても宇宙って、だだっぴろいのね」
森の奥の実験室、淡々と繰り拡げられる細やかな作業とは裏腹に、ナミとホワイトの居るその空間は【静寂】な気で満ちていました。
「どうしたんだいナミ、ホームシックにかかったかな?」
ホワイトは作業の手を止めると、ナミにも少し休憩する様に促しました。
「そうじゃないって言ったら嘘になるけど……でも、そうじゃないわ!私はホワイトの弟子になったんだから!」
「まぁまぁそんなに強がらなくていい。そういえば、ナミの生い立ちを聞いた事がなかったね。聞いてみても?」
「それは別に減るもんじゃないからいいけど……きっと、あたしの話なんてつまらないわよ?」
「もうかなり長い間ここに住んでる身としては、どんな話も新鮮なものだ。つまらないはずがない」
「そ、そう……?じゃあ、少しだけね」
ナミはそう言うと、ホワイトに向かって語り出したのでした。
*
ここからはかなり遠い場所に太陽系ってテリトリーがあって、ジュピターもそのひとつなのだけど、その星はとても変わっていて、沢山のコロニーがあるの。
あたしはその中の小さなコロニーに引き取られたって、教えて貰った。
あ、先に言っておくとね。
あたし、孤児なの。捨て子なんだって。
だから、あたしを生み出した存在が誰かはまったくわからない。
エンディも同じ、孤児。
周りもみんなそうだった。
そこで科学者になったの。
様々な知識を教わった。そこはとても感謝してる。
少なくとも、消滅していたはずのあたしを育ててくれただけじゃなく、教養も身につけさせてもらって、それで感謝しないって筋違いでしょう?
え?捨てた存在を探さないのかって?
うーん………
知りたい半分、知りたくない半分かしら。
それに、知った所で今更もう変わりようはないじゃない?あたしにとってはもう、それは無かった事に等しいんだから。
ひとりぼっちじゃない、今の事実の方がとても大事なの。どんな事柄に於いても、ひとりぼっちじゃない事が、つまり【愛】の概念なのよ。
なになに?難しいって??
そこがなかなかに、オリオン人には難解なのね?
そこは自分で気づいていくしかないんじゃないかしら。時にそれは苦しみや悲しみ、苦悩をもたらす事でもあるのだけど。
ただ無感情に単調に殺戮を繰り返すよりはよほど、精神的には衛生的よ?
え?やっぱり難しい??
まぁいいわ。だからこうやって妻を創りだしてるんだもの。そこは妻達がきっと【愛】を教えてくれる。そうすればきっと、色々が変わっていくはずよ?
あ……あたしったら調子に乗って話しすぎちゃったかしら。。
ホワイト、こんな話をした事はエンディには黙っていてね?
また、あたし怒られちゃうから。
*
語り終えたナミは、バツが悪そうな顔を少ししてみせると、また真剣な顔付きに戻って作業を進め始めました。
ホワイトは、ナミの話の奥深い意味まではまだ届かなかったものの、少し何かが動き始めた事に気づきました。
これは一体………
顔を固まらせたホワイトに気づいたナミは、首を真横に倒しながら師匠の顔を覗きこんでみせました。
「弟子の分析センサー発動中。師匠は【同情】の概念を覚えた!」
「同情?」
「今のその気持ちに、大昔の誰かが名付けた名称よ?それ以外に説明出来ないしなぁ、まぁいいんじゃないかしら。順調って事で!」
「そうか……まだよくわからないが、わかったと言っておこう」
「更に角がどんどん取れていくはずよ?【愛】ってまあるいの、まんまるなの」
「そ、そうか……わかった……」
「と、言っておこ~~~う!」
ナミはニッカリと茶化す様に笑ってみせると、右手をぶんぶん振り回し、ドカッと床に座り作業に没頭し始めたのでした。
*
「やっとだよー!!やっとGETできた!!ナミ、俺の事めちゃくちゃ褒めていいよ!」
交渉の旅から帰ってきたエンディは、銀色の容器を右手に握りしめながら、なだれ込む様に実験室へと入ってきました。
「おっそい、どこまでほっつき歩いてたのよ」
「人の苦労も知らないでさぁ……、ホワイト何とか言ってくれよ!」
「まぁまぁふたりとも。で?カプセルは?」
「あぁここにあるよ」
エンディは大事そうに容器を開けると、中からカプセルを取り出してみせました。
「ご苦労だった。ところで、今回は何処から?」
ホワイトがそのカプセルをトレーに引き受けながら、そう問いかけました。
「今回は、M87からだよ」
「そんな馬鹿な……」
ホワイトが瞬時に顔を曇らせると、それに被せる様にナミも叫びました。
「あの一帯は無理なはずよ?だってブラックホールがあるじゃない!」
「だーかーらー、褒めろって言ってるんじゃないか」
「それはそうだけど……条件は?きっと厳しいはず。そうじゃないと有り得ないもの」
「あぁ……えっと、シークレットって事なんだ」
「極秘って事?」
「なんか少し興味を持ってくれてさ、極秘でって事と、あとは経過報告が契約条件だって」
ナミは珍しく顔を曇らせると、静かに口を開きました。
「それって、罠じゃないのかしら……」
いつもは責めの姿勢を崩さないナミが困惑する姿は、その場の空気を一気に重くしました。
「まぁいい、交渉した以上は取りやめる方が危険であろう。それがもし罠であらば、逆手に取ればいいだけの事」
「それはそうだけど……」
暗い顔のナミを落ち着かせる様に、ホワイトは微笑んでみせると、エンディにも笑顔で問いかけました。
「それで?その提供者の名は、極秘だからこちらでつければいいのだろうか」
「だね、名は教えてもらえなかったんだ」
「では、私がつけてもよいだろうか」
エンディとナミは顔を見合わせると、それでいいという意味で、同時に頷いてみせました。
「有難う、実はM87には思い入れがあってね、詳細は語れないが、少しつけたい名前があったものだから」
「知り合いなの?宇宙はだだっぴろいものね。それで?つけたい名前は何なの?」
すっかりいつものモードを取り戻したナミが不思議そうにホワイトにそう尋ねました。
「名前は……”カイネ”」
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