第二十話:首謀者との邂逅
七本槍市のほぼ中央にある、七本槍市最大の市立公園。野外音楽堂はあるし、芝生のスペースは広大だし桜並木は長いしドッグランもある。規模で言えば十三橋公園の倍はある大きな公園だ。スケートボード用のバンクやランプがないせいか、妙な輩が少ないらしいということも聞いたことはあるけれど、十三橋公園のバンクやランプは夜は使えないので、完全にスケーターへの偏見からきているイメージでしかないのだろうことは生真面目なスケーター達には気の毒でもあるけれども、バンド者だってそれは似たようなものだ。
それはともかく、野外音楽堂も使用許可を取らなければならないから、ストリートミュージシャンは野外音楽堂の継ぐ脇にある芝生のスペースで演奏をしている。ほんの少し人だかりができていた。
「あれ?
人だかりから少し外れたところにいた、見慣れた姿が訊き慣れた声を発した。
「あ、
「仄」
私と
「よっすぅ」
「こんばんは、仄ちゃん」
リンジくんは律儀に会釈をして丁寧に御挨拶。
「こんばんは、リンジくん。で、三人揃ってどうしたのよ」
今日ここに来ることは予定外でもあったし、そもそも
「私たちの共通の知り合いが入院しちゃったっていうんでお見舞いに来たの。で、
端的にだけれど的を得た説明はできた。うむ、満足。
「あぁ、なるほど。ん?三人の共通のって……?」
「えーと、僕の昔のチームメイト、って言えば判るかな……」
「あぁ、こないだ羽奈と美雪が絡まれたっていうあの?」
「う、うんまぁ……」
リンジくんの過去が露出することになってしまったあの第一次遭遇事件だ。もしも羽原君たちが私たちに絡まなかったら、こんなことにはならなかったのであろう事件。私が言うのもおかしな話かもしれないけれど、奇妙なこともあるものだ。というのは呑気に過ぎるだろうな。反省反省。
「大したことないのね?」
「うん。まぁ怪我は結構だけどきちんと治るみたい」
左足の骨折はきちんと治療してリハビリを頑張らないと後遺症が出てしまうこともあるそうだけれど。
「なら良かった。私も今日はその涼子さんの知り合いを見に来たのよ」
「そうなんだ。仄も知り合いの人なの?」
私は一人で弾き語りというスタイルが多いし、ライブハウスで対バンするという機会もそう多くはない。なので、実体験としてはあまり知らないのだけれど、ライブハウスでライブをやっている人たちの世間は割と狭いらしい。私が八月のライブに出るきっかけとなった
「うん。そんなに親しい訳ではないけど、お姉ちゃんの憧れの人」
「
歩さんはバンドを初めて二年と少し。二年と少しとは思えないほど歌は上手いし、ギターも巧い。ほとんど話したことはないけれど、変と言っても良いくらい明るくて楽しくて、そしてとてつもなく可愛い人だ。ちょっとばかり神様は不公平だ、と恨み言を言いたくなってしまうほどに。
「そ。あ、そうだ、最近お姉ちゃん、羽奈のこと恨んでるから気を付けてね。多分その辺にいると思うけど」
え、恨みたいのはこっちだけれど、と余裕があれば突っ込みたかったけれど、仄の余りの言葉にそんな余裕はわたしの中には生まれなかった。
「え?な、なんで?歩さんに恨まれるようなことしてないけど!ていうかきちんと話したこともないけど!」
そう、仄のお姉さんだから、姉妹揃って親しいという訳ではない。歩さんは小学生の頃から習い事が忙しかったようだし、高校に上がってからもバンド一筋で相当忙しくしていたようだ。なので、私と仄が遊んでいても一緒に時間を過ごすということはほとんどなかった。そういう訳で恨まれるようなことなどしていない筈なのだけれど。
「まぁ私の口からは言えん」
「何よそれ!」
そんな大変なことなのだろうか。知らずの内に恨みを買うということは、もしかしたらあるのかもしれないけれど、その相手が歩さんとなると本当に身に覚えがない。身に覚えがないからこそ、恨まれているという可能性もあるのかもしれないけれど。
「もしやお主、
等と考えていると右から声がかかる。しかもなんだか普通ではない。これはつまり。
「え……。あ、歩さん?」
仄よりも身長が低くて、一五〇センチに満たない、とても可愛らしい女の子が私にずんずんと詰め寄ってくる。サラサラの長い髪を背中まで伸ばしていて、ベルボトムのデニムに白Tシャツにペパーミントグリーンのキャミワンピ。ウェッジソールのミュールが涼しげ。服のセンスもカッコ可愛くて素敵だなぁ。セルフレームの眼鏡はステージ上ではいつもしていないけれど、普段は眼鏡なのかな。
「我が妹のみにてをライブに誘い、我を蔑ろにしたでござる下手人じゃな!」
「げしゅ……」
某海賊女王も顔負けなほどにのけぞりながらびしぃ、と指差されて私はたじろぐ。どう返して良いか判らない。冗談なのか本気なのかも良く判らない。
「ごめんね、こう見えて人見知りなの」
「人見知りの人の言動なのコレ?」
苦笑して仄は言うけれども、つまり仄にとってはこんなことなど日常茶飯事なのだろう。
「緊張すると武士になるのよ」
「や、意味判らん……」
まだ私に指をさしている歩さんを余所に私はかっくりと首を垂れる。
「まったく我が姉ながらアホ丸出しでごめんね」
「ちょ、ちょっと仄!」
この妹にしてこの姉在り、だ。でもなるほど、歩さんが恨んでいるというのはそんなことだったのか。それならばその恨みを晴らすのなんて簡単なことだ。
「お姉ちゃんが悪いんでしょ!」
「う、わ、我が名は
「え、えぇと、香椎羽奈、です……」
いやお互いに名前は知ってるはずだけれども。
「我もライブ呼んで!」
ぱんと顔の前で合掌して懇願してくる。い、いや別に仲間外れにしたくて呼ばなかった訳ではない。そもそも大々的なライブならばいざ知らず、公園で弾き語りをするくらいでは中々友達の肉親まで連れてきてね、とは言いにくい。
「え、あ、は、はい、喜んで……。ていうか次のライブ、こっちでやる例のイベントなので、ご一緒するかと思いますが……」
歩さんたちのバンド
「え!そうなの!」
「はい」
私が頷くと、歩さんはぐるりと仄に向き直った。
「なんで教えてくれなかったのよぉ」
「教えました」
「え、うそ」
これが地の性格なのだろうけれど、今は平時とは言い難い。今のところ歩さんの変なところしか見えていないので、可愛いけど変な女というイメージが私の脳内に焼付くと言うよりも、こびりつき始めている。
「嘘ついてどうすんのよ」
「まじでか!やっばい滅茶苦茶練習しなきゃ!」
私が出るから滅茶苦茶練習しなきゃの意味が解らない。歩さんたちがどう見ているのかは判らないけれど、私の判断基準で言えば、歩さんたちのライバルにもなり得ないけれど。
「……えと、そろそろ始まりそうですよ」
「あ!見る!」
ステージ代わりの少しだけ小高くなっている芝生のスペースを見ると、ギターを持った女性が二人、登場した。背丈は歩さんと同じくらい。つまり二人揃ってちびっ子だ。
「あれ?二人?」
歩さんが眼鏡のつるをつまんで二人を見る。
「あ!あの人!」
見るのは二度目だ!柚机
「莉徒さん、だね」
リンジくんが言うのならば間違いない。ここで会ったが百年目!親の仇でもなんでもないけれども!
「え、じゃあ涼子先生が言ってたのって柚机さんのことなの?」
「や、多分違う。もう一人、
「樋村夕衣、さん」
私の問いに仄が答えてくれる。樋村夕衣。聞いたことはない名前だ。とは言え私は顔が広い訳ではない。ここで頻繁にライブを行っていたとしても、私に耳に入る可能性は低いかな。
「あの二人、バンドも組んでるから」
なるほど。敵情視察もできる訳だ。あ、い、いや、同じイベントに出るのだから敵ではなくむしろ味方だけれど、何と言うか、こう、同じシンガーソングライターとしては、味方同士で仲良子良、よりも、鎬を削って切磋琢磨、という方が性に合う。ともかく柚机莉徒さんと樋村夕衣さん。二人ともバンドのフロントマンである可能性は高い。二人ともどことなく可愛らしさを残してはいるけれど二人揃って美人だ。柚机さんは活発そうな、樋村さんは大人しそうな印象を受ける。
「控えめに言って神クラス……」
良く祈る時に作る手の組み方をして、歩さんがその手を眼前に持ってくる。柚机さんは憧れの的だということは聞いていたけれど樋村さんも憧れの的なのだろう。
「そんなに……」
しつこいようだが歩さんは歌もギターもめちゃくちゃ巧い。でも、その歩さんをしてそこまで言わせる樋村夕衣。そして柚机莉徒。どれほどのものか、確かめてやろうじゃないの!
「マジデスゴイ!」
なんなのあのコーラスのハーモニーは。ギターのピッキングハーモニクスまで被せてくるなんてダジャレ的にも殆ど反則だわ!そして息の合ったギターと唄は、もはやあれ以上はあり得ないくらい当たり前の空気感。あそこまで息が合うのは、もはや居を合わせるどころか、人間は呼吸をするのが当たり前のことでしてよ、くらい、何の違和感もないどころか、自然さしか感じない、もう、何をどう言ったら判らないので言わないけれどもとにかく凄かったという気持ちが、片言となってしまったようだ。
「何で片言よ」
隣にいた仄が苦笑する。
「歩さんも滅茶苦茶カッコいいけど、歩さんが憧れるのも判る」
「すごいね……」
美雪もため息以外出ません、といった感じだ。確信以外の何物でもない。あの二人がどれほど長く音楽に携わってきたかは判らないけれど、それでも、深く、長く携わってきた年月と、それに比例する音楽愛的なものを感じる。
「よ、よせやぁい!我なんぞあの二人の足元にも及ばぬ!」
「また武士ってる……」
仄の隣で歩さんがまんざらでもなさそうに頭を掻く。そうかきっと歩さんは褒められて伸びるタイプなのね。私はへそ曲がりなので、褒められるとホンマかいな、と疑ってしまうけれど。でもそれも、嬉し恥ずかし裏返し、という気持ちもいくらかはある。
「感情が高ぶっても武士になるのよ」
「もう意味判らん」
ますますもって歩さんの武士が謎すぎる。
「あ、こ、こ、こっち来る!」
初対面のはずの私たちよりも歩さんの方が緊張してそんなことを口走るように言った。
「よぉーっすぅ歩、仄!練習励んどるかね!」
柚机莉徒は私たちの姿を認めるとそう言ってぴょこ、と手を上げた。
「莉徒さんお疲れ様です!」
ばきぃ、と音がしそうなほどに礼儀正しく、折り目も正しい会釈をして歩さんが言う。そ、そんな軍隊のような挨拶をしなければならないほど上下関係に厳しい人には見えないけれど。
「お疲れ様です」
私も軽く会釈をすると、柚机さんは目を細め、顎に手を当てて私ににじり寄ってきた。
「んん……?あれ!
初めて会った時とは比べるべくもないほど砕けた感じだけれど、恐らくはこちらが柚机莉徒の本性なのだろう。私としてもそのくらいざっくばらんでいてくれた方がやりやすい。
「えと、樋村さんが出ると涼子先生に聞いたので……」
「なるほど!八月のライブ出てくれんでしょ!ありがとね!あ、あぁいやその前に十三橋公園の時もありがとね!ちゃんとお礼言えないまま帰っちゃってごめん!」
「い、いえ……」
私の話を聞いているのかいないのか、ロフストランドクラッチを持たない右手を取り、柚机さんは一気にまくしたてて笑顔になった。うわ、めっちゃ可愛いな。
「莉徒の知り合いなの?」
柚机さんの後ろから今度は樋村さんも現れた。
「顔見知り程度。涼子さんとこでさ、歩と仄にすんごい巧い子がいるって聞いて」
「あぁ、十三橋の公園まで見に行ったっていう……。あ、わたし樋村夕衣。宜しくね」
「あ、か、香椎羽奈です!」
何だろうか。品性とでも言えば良いのか。お高く留まっている感じは一切しないけれど、柔らかな物腰でありつつ、どこか気品のようなものを感じさせながら、それでいて母性のようなものを感じさせる。樋村夕衣さんも右手を差し出してきた。私は慌ててその手を掴もうとして、握力が入り過ぎないように注意する。そういうところはがさつなのよ、私は。
「こっちの莉徒とはバンド一緒なの。八月も宜しくね」
「はい!」
ふわぁ、なんだ、ほんのり良い香りがする。さらっさらの長い髪か。香水か?そしてこの極上の笑顔。ヤバイ。歩さんが憧れるのが良く判る。音楽的にだけではなく、何と言うか、別に恋愛なんてと思う私ですら女らしさに憧れるとでも言えば良いのか。
「リンジも出るんでしょ?」
「出ますよぉ」
ぴん、とリンジくんを指差して柚机さんが楽しそうに言う。リンジくんもく、とサムズアップで返して嬉しそうな笑顔だ。空気感がとても良い。新顔の私が疎外感を感じないというか。
「あ、リンジ君も出るんだね。弾き語りはしないの?」
そうか、リンジくんは樋村さんのことも知っているのか。いやそれもそうか。バンドでライブをするならライブハウスであるはずだし、当然柚机さんも樋村さんもバンドでライブをするのだから。
「流石にバンド枠と弾き語り枠両方は欲張り過ぎだと思います」
「それもそっか。リンジ君の歌はリンジ君の歌でわたしは好きよ」
「ありがとうございます」
私もリンジくんの歌は好きだけれど、あれだけの演奏をする樋村夕衣をしてそれを言わせるとは……。
「そっちの子は?」
少し私の後ろに隠れるようになってしまった美雪に樋村さんが気付いてくれた。多分意識的に私の後ろに行ってしまったのだろう。
「あ、私の相棒です。八月は二人でやろうかと思ってます」
「ほほう、そうなんだ。あの香椎羽奈が選んだ相棒となると期待大ね」
柚机さんも顔をこちらに向けて美雪を見る。あの香椎羽奈がどの香椎羽奈なのかはさっぱり判らないけれども、そうさ、美雪の歌の巧さにビビるが良い。とは、まだ言えないかな。まだまだ練習は必要だ。でも、きっと今日は良い刺激を受けているはずだ。音楽は勝ち負けじゃないけれど、勝ち負けでもある。それは私の中で作用することだから、集客の多さや盛り上がり方、という話ではない。自分自身の中で、あの人に対抗しうる演奏はできたか。歌は唄えたか。そういう点で勝ち負けはあるし、重要だと思っている。
「は、羽奈ちゃ……。あ!え、えぇと、く、
そして美雪は何だか変なところで度胸がある女だ。イヤフォンから漏れていた音を耳ざとく拾って、孤立していた私に声をかけてくるような女だ。その、僅かな、共通の話題ができるかもしれないという小さな望みだけで、ほぼ見ず知らずと言っても良かった私に。
「羽奈ちゃんに美雪ちゃん。宜しくね。二人とも可愛いからってちょっかい出さないでよね莉徒!」
え、まって、今樋村さん、何か恐ろしいことをさらりと言わなかった?
「は、は、はい!宜しくお願いします!」
それに気付かないまま美雪は吃音交じりにそう頷いた。人見知りだし緊張するのも判るけれど、その前に何かヤバイこと言ったわよこの人。
「何年ノン気だって言い続ければいんだよ私ゃ。歩も宜しくねん」
そうかそうか、そういう諧謔ね。新顔がいる時にそういうことをさらりとやらないでいただきたい。もしくは説明の一つでもあればわたしだってもうちょっとましな笑顔くらい作れただろうに、今の私ときたらひきつった造り笑顔よ。
「良かろう!」
良い声。
「何で武士ってんのよあんたは」
歩さんの武士は周知らしい。ま、まぁ初対面の私に武士ってくるくらいなのだからみんなが知っているのは当たり前か。
「羽奈と会えて高ぶってるらしいです」
「相変わらずねぇ。ま、判らんでもないけど」
柚机さんが苦笑して、歩さんがそっぽを向く。私にはあまり判らないし覚えのない世界だけれど、とても親しい先輩と後輩のようなやり取りなのかな。見ていて微笑ましいとは思うのだけれど、とにかく今の私は人と情報が多くてわちゃわちゃしてしまっている。
「そ、そう簡単には治らぬ!」
ともかく状況把握で精一杯だ。目の前に現れた、わたし的には新キャラである柚机莉徒、樋村夕衣、伊月歩から発せられる情報が盛りだくさんすぎて情報過多だ。処理しきれない。
「ま、それが歩だもんね。やーでも参加者がこんなに集まってくれるとは嬉しいわね、夕衣」
「そうだね。気合入りまくっちゃうね!」
確か主催というか、言いだしっぺ的な存在は柚机さんだと涼子先生も言っていた。こういうことをやりたい、と思うこと自体がまず凄いし、行動に移すところはもっと凄い。そして恐らくだけれど、色んな人が協賛してくれているのだろう、その人望も凄いのだろうなぁ。ちょっと気になる奴がいる、と聞いて態々隣町にまで私を見に来るような人だ。色んな所に影響力を持っているのかもしれない。
「あぁー、いいわぁ、こういうのがやりたかったのよね!フェス的な!」
お祭り騒ぎや仲間たちと楽しいことをするのが大好きなのだろう。わたしはどちらかと言えば騒がしいのは好まないので、そう頻繁にあっては困るけれど、音楽的なことだったら良いかもしれない。人との交流はやっぱりまだ苦手だけれど、歌うことや演奏をするのは大好きだし。それに人との交流は苦手、と苦手の籠の中にポイと入れたままにして良いものでもないと自分でも判ってはいるので、こうした機会があって、仲間に入れてもらえることは有難いことだ。
「ずっと言ってたもんね」
樋村さんが優しい笑顔で言う。うーん、見た目では二〇代中ごろと言った感じだけれど、実際何歳なのだろう。流石に初対面で年齢を訊く勇気はないし、知ったところで何かが変わる訳でもない。
「うん。去年も規模は小さかったけどやれたし、また一つ夢が叶ったわ。ま、ともかく、羽奈もリンジも美雪も、歩も仄も宜しくね!」
とん、と美雪の肩に手を置いて柚机さんは一つ頷いた。背が低いのと可愛らしい顔立ちも相まってかなり滑稽に見える。
「は、はい!」
頭一つとまでは行かないけれど、柚机さんよりも背の高い美雪が頭を下げる。
うん、やっぱり樋村さんと柚机さんの演奏を見ても、美雪の心は萎えていないようだ。何となくだけれどそんな気はしていた。高すぎる目標は目標にならないことがある。だけれど、美雪にとってはきちんと目標になっているようだった。勿論私もだけれど。
「はぁい」
「了解です」
仄と歩さんも柚机さんに返事を返す。この場にいるみんなが、一緒に音楽を楽しみながら、鎬を削るライバルでもある。これは確かに燃え上がるシチュエーションかもしれない。
音楽というものはいつでも高揚感を与えてくれる。小学生の頃にあった、合唱コンクールや出し物をする時の緊張感にも似ている。高校生にもなるとそうした行事は殆どないけれど、参加しようと思えば文化祭だってあるし、こういったライブイベントもある。もちろんそれだけではないだろうけれど、それでも自分の意志で楽しもう、きちんとやろう、という意思がなければそうした高揚感は絶対に得られない。
だから、皆のやる気が、高揚感が、きっと柚机さんにとっても嬉しいのかもしれない。
「んじゃあちょっと他んとこ挨拶しに行ってくるわ。またね!」
ごく狭い世界なのかもしれないけれど顔が広いのもあるのだろう。私が初めて柚机さんに声を掛けられた時に、いきなりいなくなってしまったことには少し憤慨したけれど、悪い人だとは思えなかった。今日少し、柚机莉徒という人物の人となりが見えて、それが間違っていなかったと思える。だから、こんな小さな弾き語りのストリートライブでも、顔を見に来てくれる人が沢山いるのだろう。
「お疲れさまでした!」
またしても折り目正しく会釈する歩さんを見て、ふと思った。私もこんな風になれる日が来るのだろうか。歩さんは柚机さんや樋村さんを尊敬しているようだけれど、私にとっては歩さんも勿論尊敬できる人だと思える。
「さんきゅー!」
「ありがとうね」
嬉しそうに、楽しそうに笑顔を浮かべる柚机さんと樋村さん。今のままの私ではやっぱりそれはかなわない。人から尊敬されたい訳ではない。だけれど、蔑まれる存在ではありたくない。
何かを発信する者として、このままではいられない。それはつまり、やっぱり私自身を、少しずつでも変えて行くしかないんだ。
第二十話:首謀者との邂逅 終り
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