第二一話:追いすがる過去

 十三橋じゅうさんばし市 十三橋駅

 

「何だか凄い人達だったわね……」

「うん……」

 地元の駅に戻ってくると、先ほどの七本槍ななほんやり中央公園での出来事があっけにとられていたままに時間が過ぎてしまったように感じた。

「ま、まぁ夕衣ゆいさんはともかく莉徒りずさんはいつもあんな感じだよ」

「それにしても演奏も歌も凄い巧かったなぁ……」

 まさかストリートの弾き語りであんなにハイレベルな演奏を見られるとは思ってもいなかった。涼子りょうこ先生からのお勧めだったので、ハイレベルだとは思っていたけれど、本当に巧かった。

「弾き語りだと、莉徒さんは独りじゃやらないけど、夕衣さんとやる時はいつもああいう綺麗な感じの曲やるね」

「ソロじゃやらないんだ」

 樋村ひむらさんの演奏もとんでもないレベルだったので、一人でやり慣れている感じは感じたけれど、柚机ゆずきさんが一人でやらないのももったいない気がする。

「だね。本人曰く、ウェイトはギタリスト寄りらしいから。他にもバンドかけ持ってるし」

「そうなんだね。あんなに巧いのに一人でやらないの、もったいない気もする」

 私が基本的にソロプレイヤーだからそう思ってしまうのか。基本的にバンドマンはバンドマンだ。一人で活動することを念頭に置いていない人が多い。というか、それが当たり前の世界で生きている。私が重きを置いている音楽が弾き語りだからそう思うのであって、本人には勿体ないという感覚も何もないのだろう。

「バンドの時なんてもっと凄いよ。歩ちゃんも控えめに言って神、って言ってたけど、ほんとに、はっきり言ってそこいらのプロよりも全然巧い。僕は社会人バンドであんな巧いバンド、他には知らない」

「そんなにすごいバンドなの!」

 リンジくんたちのバンドがどのくらい巧いのかはまだ知らないけれど、リンジくん一人の演奏だって相当なものだ。そのリンジくんが言うのだから説得力はあるように思う。

「うん。聞いてたら、焦燥感とか焦りとか負けたくないとか、そんな感情吹っ飛ばすくらい引き込まれて、知らないうちに楽しんでる」

「それは凄いな……」

 大好きで大好きで仕方がないアーティストのレベルだ。それが知らない、しかもインディーズのバンドであれば尚のことその凄さが伺い知れる。

「だから僕らも頑張らないとだよ」

 それは、確かに。足元にも及ばないかも知れない。だけれど、だからこそ、何もしない訳にはいかない。

「そ、そうだね羽奈はなちゃん!じょ、冗談抜きで、特訓!しなきゃ!」

 もしかしたら尻込みをしてしまうかもしれないと危惧はしていたけれど、美雪みゆきがこのやる気だ。私は音楽の道に美雪を引きずり込もうと目論んでいる。だから、一緒に歩む覚悟は勿論、ある。

「なるほど。涼子先生が見せたがった訳ね。嫌が応にも気合が入るわ。じゃあやるわよ美雪!」

「う、うん!」

 やっぱり美雪をメインに据えて曲を考えよう。私が歌う曲はストックがあるから後回しでも良いし、私の曲でも美雪がメインで歌えるものはある。よし、美雪のためにも作曲、してみるか。

「僕も負けてられないなぁ。頑張っていいイベントにしようね」

 ぽりぽりと頭を掻いてリンジくんも言う。彼なりの気合の表れなのか判らないけれど、なんだか力が抜けてしまいそうになる。

「えぇ!」

「うん!」


 十三橋市商店街 練習スタジオ CAINカイン


「――らぁらら、かな?」

「や、違う。ここはそのまま三度だと合わないから半音下げ。らぁ、ら、ら、ね」

 声に合わせて鍵盤を叩く。音楽理論についてはわたしも殆どと言って良いくらい理解していないけれど、コーラスラインは三度上が基本だ。Cのコードだと、ドならミ、ミならソ、といった具合に。だけれど、メインのメロディに黒鍵盤、いわゆる半音、例えばドのシャープがくると、そのまま三度上の音、ファでは、メインの歌メロとコーラスが乗らないことがある。そういう時は二音半になったりとコードの構成と違い定型で決まっているものではなくなることがある。こういうのを天性の勘でやってしまう、コーラス勘の良い人がいるけれど、そういう人に限って理屈が判っていない人も多い。

「羽奈ちゃん、もっかいやって」

「らぁ、ら、ら」

 とんとんとん、と鍵盤を叩き、コーラスラインを唄う。美雪もそれに続く。伴奏は私のシンセのみだ。美雪も何か楽器をやりたがっているような節もあるのだけれど、次回からはシンセサイザーをレンタルしてみてもおもしろいかもしれない。

「らぁ、ら、ら……なるほど。音、もらって良い?」

「おっけ……」

 少し前の伴奏から初めて、ゆっくりと唄い出す。

「らぁ、ら、ら~。……おぉ、合った!」

 ぴったりと、綺麗なハーモニーが出来上がる。うん、やっぱり私と美雪の声の相性はかなり良い。

「気持ちいいでしょ」

「うん!」

 私の耳も捨てたもんじゃない。や、一度美雪の歌声を聴いているのでそう自慢できたものではないけれど、それでも私の声との相性も良いし、美雪の歌唱力は本物だ。これこそ見落としていたら勿体ないどころではない才能だ。そして今のところ、美雪も唄うことの楽しさを自ら見出してくれている。

「じゃあ一回通して、休憩しよ」

「うん」

 巻き込んで引きずり込んだ私の責任は、まだまだ重い。美雪がいつか自分から何かをしたい、と思えるようになるまでは、保護者としての責任は果たさなければいけない。


 十三橋高等学校 屋上

 

「ね、ねぇ、香椎かしいさん?」

 屋上の奥まった所にあるいつものベンチでお昼ご飯を食べ終えて、美雪はトイレに行ってしまった。スマートフォンをいじりつつ美雪を待っていると、美雪以外の人の声がかかった。

「……?」

 振り返ると、見ない顔。いや見慣れてはいない顔だった。見たことはある。だけれど同じクラスではない。少し色を抜いた明るい髪色。瞳が大きいからカラコンでも入れているのかしら。ほんの少しだけ派手めな印象を受ける。訝しげな表情を笑顔に変えようと、少し努力してみる。

(だめだこりゃ)

 作り笑顔になってしまった。何?と訊き返すのも角が立つ気がして、私は小さく首をかしげてみる。

「えと、なんか、音楽やってるんでしょ?」

 おっと、そっちの話か。殆どというか全く絡みのない私に何の用があるのかなど想像もつかなかったけれど。また山本やまもと国井くにいのように何かろくでもないことを言われるかもしれない。

「え、あ、うん……」

 警戒しつつ返事のようなものを返す。

「あの、あ、あたしも見に行ってもいいかな……」

「!」

 なんと。山本、国井ではなく榑井くれい美雪パターンだ。こんなこともあるのか。

「あ、あの、無理にとは」

 私の警戒心が顔に出てしまったのか、少し派手めな印象からは想像できないほど口籠りながら彼女は言った。意外と気の弱いタイプなのだろうか。

「是非!っていうか、公園で時間がある時にやってるから不定期だけど、八月にはイベントに出るから!」

「あ、そ、そうなんだ」

 私がそう言うと彼女は安心したように笑顔になる。おぉ、良かった。聴きに来てくれる人がまた一人増えた。

「公園でもやる時は木曜と土曜が多いから、でも、時間は不確定だからなかなか時間指定までは難しいんだけど……」

 とは言えいきなり連絡先の交換をする訳にも行かない。私のいそうな時間帯を教えるのがせいぜいだ。

「榑井さんも一緒にやってるんでしょ?」

「うん、最近は一緒にやってるよ」

 美雪のことも知っているのか。ま、まぁ私が変わっているだけで隣のクラスの人間の顔と名前を覚えるくらいは普通なのかもしれないけれど。

「そうなんだね。なんかすごい巧いって聞いたからさ」

「……誰に?」

 触れ回っているとしたら国井か山本かもしれない。やっぱりあまり良くない傾向なのかな、これは。

「山本君」

「え?山本?」

 想像の範疇ではあったものの、何と言うか雰囲気が違った。少なくとも彼女の目は忌々しいものを見る目ではない。そして私の感じた印象では、私をどこぞのバンドに組み込みたいという意思は、国井にはあったものの、山本はさほど興味が無さそうに思えたのだ。山本は私が連中のバンドに入ろうが入るまいが、どうでも良かったのかもしれない。そして、これはあまりにも良い解釈だとは思うけれど、何度か私の演奏を聞いている内に、気が変わった。つまり一人でも多くの人に聴かせたい、と思うようになったのだとしたら。

「うん。時間が空くことがあったら聞きに行ってみたら、って」

「なん、だと……」

 あの山本がそんな友好的なことを……。いや、でも裏があるにしたって今は何も判らない。額面通りに山本の行為をありがたい、と思わなければいけないのは判っているのだけれど、彼らが美雪にした行為と話しかけてきた雰囲気を思い出すと、そう簡単には喜べないのも事実だ。

「え……」

「あ、ううん、なんでもないの。イベントはちょっと違うと思うけど、公園で演奏する時はお金も要らないし、自由に聞きに来てくれたら嬉しい、かな」

 ともかく、理由も原因も判らないこの状況で、彼女の気持ちを無碍にはできない。

「え、ただで聞けるの?」

「うん。通りで勝手に……。や、公園の使用許可の下だけど演奏してるだけだから」

 そうか、ライブと言えばライブハウスでお金を払って聞くもの、というのが当たり前だと思っている人もいる。その当たり前だって知らない人も当然いる。事情は様々な訳だ。私自身の、個人の狭い了見では何も判らない。今は彼女の聴いてみたいという気持ち、どういう訳かは判らないけれど、私を勧めた山本の気持ちを、そのまま受け入れるしかなさそうだ。

「そうなんだね。じゃあ今度寄ってみるね。土曜か木曜だね」

「うん。あ、ありがと……」

 名前くらいは聞いておくべきだったかもしれない。ベンチから遠ざかる彼女の背を見送りながら思ったのはそんなことだった。


「は、は、羽奈ちゃん……」

 程なくして美雪が戻ってきたけれど、その表情はとても穏やかではなかった。

「美雪?な!どうしたの?顔真っ青よ!」

 もしかして生理が来ないだとかとんでもなく下世話なことを考えてしまったけれど、そんなことを態々この場で、私には相談するまい。そもそも生理不順なんてそう珍しいものでもないし。

「こ、これ……」

 人差し指と中指の間に挟んだ便箋をびょこ、と上げて私に差し出す。水色の縁取りをされた小洒落た便箋の真ん中には、明るいピンク色のハートマークのシール。こ、これは、これはまさか……。

「ま、まさかこれは、う、うぅ、噂に聞く、らぁ、らぁ、ラァヴレィタァとやらなの!」

「しぃいいいい!声大きい!」

 いけない。余りの事実に思わず声がファルセットしてしまったわ。発音がネイティブに近いかどうかなんてそんなことにかかずらっている場合じゃなかった。

「あ、ごめんごめん。だが大惨事!」

 凄いぞ、我らのようなヒエラルキーが低い生物では一生に一度、貰えるか貰えないかと噂されるほどの代物ではないか!

「惨事ではない……」

 それもそうか。それに私と違って美雪は可愛い。こんなことがあってもなんら不思議ではないくらい、ヒエラルキーは低くない。

「大事件!」

「それな」

「以外と落ち着いてるじゃない」

 いや、美雪も随分たくましくなったものだ。そもそもそういう明るい性格の素養はあったのかもしれないけれど、状況や本人の気持ち次第で色々と変わるものなのだろうな。私だってリンジくんや美雪と出会う前と比べれば多分色々と変わっていると思うし。

「い、ぃ、いやそれはそれ、これはこれっ」

「そういうもん?ていうかそれ、どうしたのよ」

 私はさして羨ましいと思わなかったせいか、美雪がそういった手紙を貰っていたことに対しては驚いたけれど、それ以外には何もない。むしろ良かったと思うし、手紙の主も美雪を選ぶとは中々お目が高いと思う。相手がどんな男かまではまだ判らないけれども。

「トイレ行って、いったん教室に戻ったらつ、机の中に……」

 これ見よがしにちょろり、と机のあの、引きだしじゃなくて……。教科書入れるところの名称が判らない!ま、まぁそんなことはどうだって良いわ。ともかく小学生男子がかびたパンを何か月も入れっぱなしにして、コックローチが出入りしてしまうかのブラックホールの入り口に置いてあった訳ね。

「ど、どうしよう……」

 や、どうしようも何も。

「まず、読まずに捨てる。これはない」

 困惑している美雪にぴんと人差し指を立てて私は言う。

「う、うん」

「次に、誰かと一緒に見る。これもない」

 ぴん、と今度は中指も立て、ブイサインにしつつ予防線を張る。何となく美雪が言いそうだと思ったので。

「えっ」

「ということは、美雪が一人で読む以外にない!」

 ぴん、と最後に薬指も立てて私は言い放つ。

「え、い、一緒に読んでよ羽奈ちゃん……」

 やっぱりそのつもりだったか。可愛い可愛くないは別として、恐らく美雪も私も恋愛に関しては初心者だ。戸惑う気持ちは判るけれど、相手のプライバシーに私が立ち入ってはいけない。

「あのねぇ美雪、あんたがもし好きで好きで仕方がない人に、考えて考えて考え抜いて、気持ちのすべてを、思いの丈をしたためた大切な手紙を、誰か友達と一緒に読まれてるところを目撃でもしたらどうする?」

「それは、いや……」

 友達と一緒に読んでくれて嬉しいな、と思う人間などいる訳がない。……いるのかもしれないけどごく少数派だろう。

「でしょ。なのでそれは自己責任で。その後のことなら相談に乗るけど。や、私じゃ力不足ね……」

 何しろ私は片思いは何度かしたことはあるけれど、誰かと付き合ったことなんて一度もないし。

「そんなことないよぉ、相談乗ってよぉ」

 この世の終わりのような表情で懇願されたらそれは相談に乗るしかないけれども。果たして何を言ってあげられるのやら、だ。それに相談というのは思いのほか難しい。相談相手が答えを持っている上での相談ならばたいしたことはないけれど、何も答えを想定していない相談だと、相手を私個人の考えに誘導してしまいそうで、怖い。

「や、乗るけどね。私じゃ大して役に立たないかもしれないからさ。ともかく美雪がそれ、読んでからだけれど」

「うぅ……」

 こくんと頷いて美雪は押し黙る。いやそんな難しいことではないでしょうに。

「……」

 じっと便箋を見詰めて微動だにしなくなる。あれ、もしかして、この手紙とは別の何かがあるのかしら。

「え、どしたの美雪?」

 く、と便箋をつぶしてしまうかのように美雪の小さな手に力が入る。

「羽奈ちゃん、さっき……」

「ん?」

 さっき、というと別のクラスの子が話しかけていたあれか。

「さっき、吉原よしはらさんと話してなかった?」

「吉原さん?って、ちょっと髪の色抜いてる?」

「うん」

 美雪の知り合いなのか。というか、美雪の反応からして友好的な間柄でないことは判る。

「あの子がどうかしたの?」

「あ、え、えと……」

 なるほど。

「もしかして美雪のこと虐めてた奴なの?」

「え、と……」

 口籠る。言い難いことなのだろうけれど、それで判ってしまう。

「そうなのね」

「あ、ちが、違くはなくはない、んだけど、えと……直接なにかされた、っていう訳じゃなくて……」

「ははぁん」

 今日の私は冴えてるわ。山本の心変わりとかは見当違いかもしれないけれど、さっきの吉原さんとやらの態度からも判る。

「え?」

「最初は美雪のことを仲間に迎え入れて庇ってくれてたけど、っていう方の奴か」

「……」

 こくり、と美雪は頷いた。なので、美雪にはストレートにあったことをそのまま話す。

「私の演奏訊いてみたいって言われた」

「吉原さんに?」

 くい、と顔が上がり、美雪が私の目を見る。だけれどすぐに逸らしてしまった。

「そう。榑井さんも一緒にやってるんでしょ、って」

「え……」

 ということは変な話、私の演奏がどうこうよりも、美雪とのきっかけが欲しかったのではなかろうか。

「しかもその情報、山本から行ったらしいわよ。時間あるなら見てあげれば、って」

「えぇ……」

 困惑。確かに情報量的に考えても、どう判断して良いかは判らないかもしれない。実際私も判らない。

「なるほど……」

 一つ、顎に手を当てて、考え付いたことを頭の中で整理する。

「羽奈ちゃん?」

「これはものすごーく都合の良い推論だけれど、その吉原さんとやらは、美雪にそういうことをしてしまったことを悔い始めたんじゃない?」

「そ、そうなの、かな……」

 生憎私は性善説も性悪説も信じない。

 良くも悪くも、その時に気付きがあって、学びがあって、人は変わって行くものだと思っている。実践できるできないもまた別問題だ。棚に上げる形にはなってしまうけれど、それでもその意思を持っているかいないかでは大分違うと思うから。

「当時の美雪がどんなふうにされたかまでは知りようがないけど、でも、だとしても、見に来るな、とは言っちゃいけない気がする」

「うん……」

 以前の国井や山本のように、私の演奏がどうのよりも自分の都合で近付いてくるだけ、というのならば断わっても良いのかもしれない。でも、もしもその吉原さんとやらが美雪ともう一度仲良くなりたいと願っているのだとしたら、その可能性は潰してはいけない気がする。美雪がそれを受け入れるかどうかはその後の話だ。

「お客さんが一人増えた、とか減った、とかそういう話じゃなくてね」

「う、うん……。わ、わたしたちはプロじゃないし、誰であっても聞きたいっていう気持ちを妨げちゃ、だめ、だよね……」

 美雪にも少し、発信する側の気持というか、心構えというか、そういうものが芽生えつつある。

「うん、そう。もしも聞きに来てくれて、それで黙って帰っちゃうならそれはそれでいいじゃない。何かもしかして美雪に話があるのかもしれないなら、聞いてあげればいいじゃない。美雪が話もしたくないっていうなら、そこはそれ、でいいんじゃない?」

 全ては彼女の行動の結果が見えてからでも何も遅くはない。その行動自体を妨げるようなことさえしなければ、何かが見えてくるはずだ。

「うん……そうだね!わたしも別に謝ってほしい、とかそういうことは思ってないし」

 パ、と笑顔に切り替えて美雪は言った。私はその笑顔に一つ頷く。

「流石は美雪ね」

「え?」

「お人好しというか、何と言うか……」

 私も可能性の一つとしてはアレコレと考えてしまうけれど、それでも吉原さんが何の接点もなかった私に話しかけてきた気概は信じたい。

「うん、でも、吉原さんは一人だった私に声をかけてくれた人だし、悪い人じゃないと思う。わたしがせめて今くらい話せるようになってたらあんなことにはならなかったかもしれないし……」

 笑顔が消えてそんなことを言う。私が言えた義理ではないのだけれど、過去に対してのたらればはあまり意味がない。

「あの子が元々仲の良かった子たちと仲違いもしなかったかも?」

「うん」

 だろうね。

 私も羽原君の件では色々なことを考えた。でも結局は残された現実と本人の気持ちを尊重することしかできなかった。

 だけれど、美雪に辛く当たったのは彼女自身が起こした行動だ。状況もあっただろうけれど、そうした状況でも尚、違う選択肢は絶対にあった中で美雪に辛く当たったのは、彼女自身の行動だし、彼女自身の責任だ。そうすることしかできなかった状況にあったのかもしれない。だから、今になって責任を感じ始めたのかもしれない。美雪が自分の内気さに責任を感じているように、彼女自身もまた。

「それは自分を責めすぎだと思うけどな、私は」

「そう、かな……」

 そして多分、今現在に於いて、その考えすぎはあまり役に立たないように思う。吉原さんが何を思ってもう一度美雪に近付こうと思ったのか、その行動の結果を見て、考える材料の一つにはなり得るかもしれないけれど。

「そ。私が言えた義理じゃないけど、結局残された現実に対応して生きるしかないしね」

 子供の頃、足のことで、何で私が、と思うことはたくさんあった。そんな浅ましい気持ちが表に出すぎて、きっと友達を遠ざけて、友達を作る機会も逸した。でも、それでも、色々なことを少しずつ認めて、時には諦めて、理解して、納得して、自分の角を取ってきたように思う。自覚はあまりない。だけれど、今現在、仄がずっと親友でいてくれること、リンジくんと友達になって、美雪と友達になって、大好きな音楽を一緒に楽しめていること。これは本当に幸せなことだ。それは私が一つずつ、過去に立ててしまった角を取ってきたから、現状を受け入れているから、その現状を受け入れた私を、みんなが理解してくれるからなのではないか、と思い始めてきたのだ。

「……そう、だね。今色んな事蒸し返したって仕方ない、よね」

 本当は美雪だって判っている。

「そうそう。それにさ、また仲良くなれるかもしれないじゃない」

 そもそも独りでポツンといる子を気遣えるような気持ちは持っている人なのだから。二人の蟠りが少しでも小さくなれば、それはその内にどんどんと小さくなって、やがては見えなくなっちゃうんじゃないのかな。

「そうだね!」

 うんうん、美雪も少し、元気を取り戻してくれたみたいだ。ま、まぁラブレターの件はまた色々と騒ぎ出すかもしれないけれども……。

「いよっし、じゃあ吉原さんとやらにいつ見られても恥ずかしくないように、今日も練習頑張りますか!」

「うん!」


 第二一話:追いすがる過去 終り

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