第十四話:まだおわらんよ
結局その後は、
『今部屋に着いた。今日はお疲れね』
と。美雪の家から私の家までは車なら十五分とかからない。もう寝てしまったということはあるまい。と思っていたらすぐに返事が返ってきた。
『
『そだね』
確かに色々とあったけれど楽しかった。街へ繰り出して友達と遊び倒すなんていう経験は生まれて初めてかもしれない。中学生時代には仄と一緒に街に繰り出すこともあったけれど、門限もあったし、今日ほどまで遊んだことはなかったように思う。そしてあのリンジくんの一件だ。あれでかなり心の力を奪われたような気がしないでもない。
『最後はどっと疲れちゃったけど』
『あれには私も焦ったわ』
まさか暴走族に絡まれることになろうとは。大事には至らなかったけれど、それにはリンジくんの過去がおおいに関係している。
『明日、ちゃんと色々訊いてきてね。リンジくんと一緒にいる時にああいうことになるってなると、少し怖いし』
これはからかっている訳ではなさそうだ。
確かに、大事にならなかったとはいえ、あんなことが続いては堪らない。私はリンジくんだって等しく友達だと思っているし、これからだってリンジくんの演奏は聴きたいって思っている。だから、はっきりさせなければいけないことは、はっきりさせないといけない。
そしてそれは、私の役目だ。
『そこは任せといて』
うん、と一つ頷く。私はともかく、美雪たちを安心させられるだけの答えは持ち帰らないといけない。
『それに公園とかでは無さそうだし、そんなに神経質にならなくても大丈夫かな、とは思うけれどね』
『それは、確かにそだね』
いや、少し前に
『ま、でもリンジくんの意志優先で、ってことでいい?』
『それは勿論だよ』
ふと過った疑念は、美雪をいたずらに不安にさせるだけだ。まだ黙っておこう。明日のリンジくんの話如何では、というところかもしれない。いくら荒らしをやるような人間が非常識だからと言って、
もしかしたら人様に迷惑をかけることが、まっとうに生活している人の邪魔をすることが楽しくて仕方がない、というのであれば、その確認をしっかり取ってからだ。それにああいう人たちがああなのは、リンジくんの責任ではない訳だし。それにお隣の七本槍市の騒動は、全て納まったと涼子先生は言っていた。
『ともかく今日は寝よ。私も疲れちゃった』
余裕があれば少しFPO2をやりたいところだったけれど、もうそろそろうちの親も返ってくるだろう。土曜日の夜くらい夜更かししてゲームをしていても別に怒られることでもないけれど、一旦きちんと睡眠をとって、頭の中を整理したかった。
『だね、じゃあ羽奈ちゃん、おやすみなさい』
『ん、お休みー』
明日は十一時半に
一応リンジくんが相手とは言え、男の子だ。なんというか、決してデートでも何でもなく、ただリンジくんの話を聞きに行くだけだ。とは言え私だってそういう時くらいは、いつもより少し可愛いものを。
(んな、何考えてんの私!)
馬鹿か。
「とりあえず、風呂!」
翌日。着いたのは十一時二五分。まるで計ったかのような上出来な時間だ。
「今日もいらっしゃい、羽奈ちゃん」
カウベルの音と、涼しげな
あらあら羽奈ちゃんも隅に置けないわねぇ。
「……」
晶子さんを睨みつける訳にもいかない。そして違いますよ何言ってるんですか晶子さん!などと言ってリンジくんを調子に乗せる訳にもいかない。そして何より……。
「羽奈ちゃん、私、何も言ってないわよ」
にっこりにこにこ。
「う、わ、判ってます……」
そう、晶子さんは何も言ってはいない……。何も言っていなけれど、何でわざわざ何も言っていないわよ、と私に言う必要があろうか。私の悪い予感はどうやら的中したようだけれど、何とか墓穴を掘るのは回避できた、といったところかしら。
「や、ハナちゃん。態々来てもらっちゃってごめんね」
ことのほかリンジくんの表情は明るい。まぁ別に私も腹が立っている訳ではない。ただ事情というか、理由を聞きに来ただけだ。
「別に気にしてないわ。それにリンジくんのこと色々聞けるんならねぇ」
一番奥の角にある二人掛けのテーブルの壁側の席を開けていてくれたので、そちらに座る。肩に掛けていたバッグは膝の上に置き、別に含みはないけれどさも含みが有るように言って私は笑った。
「う、うん、まぁ、包み隠さず、は基本でね。……何にする?」
つ、とメニューを差し出してくれたけれど、私は既に何を食べるか決めてある。
「リンジくんはもう注文したの?」
「や、ハナちゃん来るの判ってて先頼まないでしょ」
尤もな理由に私は一つ頷いてメニューをリンジくんに返した。
「それもそっか。晶子さん、私BLTとミルクレープのケーキセットで!アイスティーお願いします!」
「じゃあ僕はオムライス大盛りコーヒーセット、アイスコーヒーで!」
リンジくんはメニューをテーブル脇のスタンドに差し込む。私が来る前にはもう決めていたということか。お水とおしぼりを持って来てくれた晶子さんに早速注文する。スパゲッティもオムライスも考えたけれど、やっぱりここはBLTよね。
「はぁいかしこまりっ」
妙に嬉しそうに感じるのは気のせいであって欲しい……。
「ちょっと暑くなってきたわねー」
「そうだねぇ」
そんな晶子さんを横目に、当たり障りのないお手本のような言葉を交わす。まぁでも意味はなし、こんなことを引き延ばしても何の意味もないのでさっさと訊いてしまうに限る。
「で?」
「や、ハナちゃんの聞きたいこと、何でもいいよ」
流石に三回目ともなると流れがスムーズだ。リンジくんは一口お水を飲んでそう言った。
「まぁそうね。まずはあの二人組。何なの?見た感じ暴走族っぽかったけど」
「うん、その暴走族。僕もね、前に入ってて馬鹿やってたんだ……」
なるほど。それは予想の範疇だ。そうでなければあの羽原君の態度は腑に落ちない。どう考えても彼等にとってリンジくんは逆らうことが許されない目上の人間だった。それが既に引退したリンジくんであっても、彼の先輩、暴走族という集団の中で、目上の存在だったことには間違いないだろう。
「今は当然やってないってことよね?」
「それはもう、ね」
見た目も普通だし、きちんと働いているし。流石に働きながらあんなことをしていたら退くどころの騒ぎではない。正直もう付き合いたくないレベルだ。
「……それなら別にいいわ」
「う、うん」
過去に少しヤンチャをしていただけということならば、それはそれで普通に有り得ることだろうし。それにリンジくんだって今はそれを後悔しているように見える。
「もし今度ああいうことがあっても、僕の名前を言ってくれれば大丈夫だと思う。ま、まぁそうそうあんなことはないと思うけどね」
「じゃあ昨日のは何だったのよ」
それだけ、既に引退した
「まぁテスト走行だったから、ゆっくり走ってたし、女の子二人も乗っけてたから気に食わなかった、っていうのが尤もな理由じゃないかな」
「女乗っけてのろのろ走ってやがって、みたいなこと?」
「うん、多分」
苦笑する。誰が、どんなことを面白くないと感じるのか、そのすべてを知ることなんて到底できる訳がない。あの状況で、私と美雪がリンジくんの運転する車に乗っていた事実は曲げられない。そしてテスト走行と称して安全運転をしていたリンジくんに対し、誰が苛つくのかなんて判りっこない。
「滅茶苦茶ね」
馬鹿以外の何物でもない。やっぱりゴミクズ野郎どもだ。昨日リンジくんとの会話が通じなかったのも良く判る。そもそも人種が違う。人種が違うから言葉が通じない。そういう考え方が一番しっくりくる。
「そういう馬鹿の集まりだからね……。僕も含めて」
リンジくんの言葉の端々に自戒の念を強く感じられる。これは、話したくなかった過去のことなんだ。
「でも今は違うでしょ、ちゃんと働いて、趣味もあって。昨日の二人にも迷惑だってはっきり言ってたじゃない」
「今は、そう思えるからね」
それならばそれでいい。態々隠したい過去をほじくり返して、私の目の前でリンジくんに懺悔させたい訳ではない。それにそれだけきちんと考えを改めているのなら、私はこれからもリンジくんと友達でいたいって思う。
「ま、それならいいわ。怒ってる訳でも何でもないんだし」
私も美雪も怪我一つなかったし、リンジくんの担当したお客さんの車だって無事だった。
あの日出会った、訳の判らないギター弾きの青年は、昔ちょっとヤンチャをしていただけの社会人バンドの人だった。ただそれだけだ。
「……うん」
それでも、私一人が納得しても、リンジくんの表情はあまり晴れやかではなかった。
BLTもミルクレープもご馳走になって、TRANQUILを出た。
私に話すことは話したのだろうけれど、リンジくんの表情はやっぱり晴れやかではない。そして私も気分的に何もすっきりした感じはしなかった。もう少し、これで手打ち、すっきりさっぱり、とう感じを期待していたのだけれども、リンジくんの様子がおかしいことが引っかかる。
「今日はご馳走様、リンジくん」
「あ、ううん。今度は美雪ちゃんにも奢らないとね」
苦笑。……やっぱり。
「そうね」
「迷惑じゃなければ送ってくよ」
昨日の晩も家の前まで送ってもらっているから、家の位置はもう知られているけれど別に抵抗はない。でも、リンジくんは友達だ。例えばここに来たのが仄なら私を送るだなんて絶対に言わない。だから、断ろうと思った。
「別に……」
でも。
気付いた。
そうだ。そんなこと、きっとリンジくんだってもうとっくに解ってる。私みたいな面倒な女が何を、どう思うかなんて、機微に敏感なリンジくんならとっくに解っているはずだ。
「そうね、じゃあお願いしていい?」
だから、そう言った。
「喜んで」
友達として、やらなくちゃいけないこと。
(違う)
リンジくんの友達として、私がやりたいこと。それをするべきだと思った。
TRANQUILから私の家までは、市立公園を通ると少しだけ遠回りになる。だけれど、私は市立公園に足を向けた。
「……で?」
公園に入り、少し歩くと私は言った。ここまで殆ど、会話という会話はなかった。リンジくんは何かを言いあぐねている。それはもう確信だった。
「え?」
四度目は踏襲できなかったのか。それとも私が解っていることが予想外だったのか。
リンジくんの声音には少し意外性が含まれているように感じた。
「話すべきことは話してとりあえず責務は完了。でもまだ個人的には言い足りないことがある、ってところかしら」
くるりと振り返って私は言う。
「敵わないな……」
訊くべきことは訊いた。だから、聞くべきことはちゃんと聞いておきたいと思った。聞かなきゃいけないことなら殊更に。
「言いたくないことは勿論聞かないわよ。でも、聞いて欲しいことがあるなら、それも勿論、聞くわ」
「ハナちゃん」
言いたくない。だけれど話しておきたい。昨日の一件に関してはきっと、話すべきことは話したのだろうことは私にも判る。今私が思っていることは、一つだけだ。
「ま、友達だからねっ」
「ありがと」
多分、リンジくんが改心するに至った経緯。
きっとそれは、簡単に話して良いことではないのだろう。晶子さんや
「ちなみに私、自販機の飲み物ならカフェオレでいいわ」
「はは、了解っ」
努めて明るく言って、リンジくんは自動販売機へと向かった。
第十四話:まだおわらんよ 終り
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