第十一話:可能性

 今日はみんなで遊ぶ日。

 今まではほのか以外とはなかったことだけれど、今日は美雪みゆき香苗かなえ晴美はるみもいる。一応、リンジくんも誘ったのだけれど、今日は動けないとのことで女だけの集まりになった。

「仄ってさ、前に私が演奏した時に、もう一曲ーって言ってきた人、知ってたの?」

 とりあえずお昼はTRANQUILトランクイルで食べようということになって、私たちはTRANQUILに集まった。そしてあの時から気になっていたことを仄に訊く。

「あぁ、莉徒りずさん?」

「知ってたんかい!」

 こともなげに、あっさりと仄はそう言った。流石にこれは突っ込まずにはいられない。

「や、羽奈はな、私に何も言ってこなかったじゃん!全然その流れじゃなかったのに、あの人莉徒さんって言うんだよ、とか言わないでしょ、普通」

「それもそうか……」

 その時に一言でも、あれ、誰だったのかな、と仄かに言っていたら、状況は変わっていたのだろうか。どうも怪しい。

「どんな人なの?」

「イキオイの塊みたいな人。七本槍市じゃ中々有名なバンドにいる人でさ、お姉ちゃんも師匠!って仰ぐくらいギターも歌も巧い」

「えぇ、あのあゆむさんが……」

 歩さんのバンドもかなり技術が高いバンドだ。結成して二年と少しとは思えないほどに。その歩さんが師匠と仰ぐとなると相当な腕前なのだろう。

「お姉ちゃんがバンドを始めたきっかけの一人でもあるんだよ」

「そうなんだね」

 となると、だ。それほどまでに凄い人が、何故私などの演奏を態々隣町から聞きに来たのかが気にかかる。

「で、まぁ私がお姉ちゃんと二人で涼子りょうこさんの喫茶店でお茶してたら莉徒さんが来てさ、たまたま羽奈の話が出て、なるほどー、なんて言ってたんだよね。ホントに聞きに来るとは思わなかったけど」

 それがきっかけか。まぁ、確かに仄と涼子先生がいれば私の話になってもおかしくないかもしれない。

「でもそんな人に見染められるとか、やっぱり羽奈って凄くない?」

「やー、でも判る。羽奈の曲、イイもん」

「い、いやいや……」

 晴美と香苗の声に私はパタパタと手を振る。それは見染められた訳ではなく、興味があっただけだろう。興味を持たれるということ自体、有難い話であることには違いないのだけれど。

「やー、すごいよ。私なんて莉徒さんにもっと練習しろ、っていっつも言われるもん」

 仄のバンドはまだ結成して間もないから、のびしろはある。下手ではないし、充分ライブができる状態ではあるものの、確かにまだまだ練習すればぐんぐんと伸びて行くことは間違いない。

「でも声かけてもらえたんでしょ?」

 とは香苗。香苗もある程度の情報は持っているということか。でも、だとするならば。

「度胸試し、みたいな感じではあったけどね」

 なん、だと。

「や、その流れならやっぱり教えとくべきでしょ、私に!」

「何を?」

 おのれ仄め。たばかる気か。

「その莉徒さんて人からライブのお誘いあるかも、って!」

「いやいや、あの時は莉徒さんがイベント企画してるなんて情報、私持ってなかったって!」

「……むぅ」

 どうも怪しいなぁ。

「別に策略でも何でもないわよ。それにそんなことで羽奈のことハメたって誰得よ」

「ま、それは確かにそうだけどさ」

 それを言われると確かにそうなんだけれど。それにそれが今の時点で判っても、あの当時に判っても大して違いはなかったかもしれない。

「ま、楽しくやろうじゃない!私はお姉ちゃんも出るから超燃えてるけどね!」

 すぐにお姉ちゃんをぶち抜いてやる、とは仄のいつもの台詞だ。音楽を始めてからの一年のハンデはなかなか厳しいと思うけれど、バンドというのはメンバーの足し算ではない。とは言うものの、歩さんのバンドはバンド力も高いから、仄がまず追いつくまでにもかなり時間はかかるはずだ。

「なんかすごいバンドいっぱい出そうだね、楽しそう!」

 そう香苗が言って笑顔になる。香苗と晴美は本当に音楽が好きなんだろうな。それでも自らが音楽をやないってことは、何かがあるんだろう、と思うけれどそこは個人個人の問題だから、口を出して良い話でもない。

「出るだろうねぇ。莉徒さんのバンドとかもはっきり言ってプロ級だし」

「そんななんだ……」

 プロ級。それはあの歩さんも師匠と仰ぐ訳か。

「めっちゃかっこいいよ」

 それは私も是非とも見てみたいな。

「はぁいお待ちどうさまっ」

 丁度良くそこに頼んだものが運ばれてきた。晶子しょうこさんと美夏みなつさんが両手いっぱいにお皿を持ってきてくれた。

「うはー、来た来た!いっただきまーす!」


 当初の目的通り、今日はまずゲームセンターに行って一頻り遊んだ後にカラオケに行くことになった。カラオケで夕食も済ませ、四時間も居座ってしまった。

「やー、歌ったねぇ」

 晴美が満足そうに言う。晴美の歌は何と言うか、教科書通りの歌い方が巧いというのであれば、巧いとは言えないのかもしれないけれど、とても楽しそうに歌っていたのが印象的で、私は晴美の歌う姿が気に入ってしまった。

 個人的な思いだけれど、カラオケというのはそうじゃなくちゃいけない。

 カラオケで歌の巧さを競うなんて正直無意味だし、そもそもが楽しく歌うための場だ。下手だろうが何だろうが好きな歌を目一杯楽しく歌う場だ。歌の楽しさに上手い下手なんて全く関係ない。だから、カラオケは楽しくなくちゃいけない。

「ちょっと美雪の歌の巧さにびびった……」

 嫉妬を禁じ得ないわ、と付け加えて仄が言う。私も仄と同じことを思った。声量はそれほどではないけれど、綺麗でのびやかに、素直に歌う美雪の歌声はとても素敵だった。そして大好きなLayNaレイナの曲を歌っている時はとても楽しそうで幸せそうだった。

「そ、そんなことないよ!」

「や、ホントにうまいよ美雪。今度一緒に歌わない?」

 冗談半分、本気半分で私は言った。公園で歌う時でも美雪と一緒に出来たら楽しさも倍増だ。

「えぇ!わたしが?羽奈ちゃんと?」

 目ん玉も飛び出さんばかり、とはこのことだ。ぎょろりと目を向いて美雪らしからぬ表情で言った。悲鳴と言っても過言ではないかもしれない。

「うん」

「む、無理無理無理っ!」

 バタバタバタ、と手を振って美雪は拒否する。まぁ美雪ならばそんな反応をするのも判るけれど、そこまで拒否られると私も少しばかりへこむ。それに公園で歌うことだって、カラオケで歌うことだって、人前で歌を披露することには変わりがない。知っている人のなかでだけ、と見ず知らずの人も混じって、というのはメンタル的にはだいぶ違うけれど。

「あー、確かに羽奈とは声合うかも!」

「おぉ、デュオ結成?それはちょっと見てみたい!」

 仄と香苗も口々に言う。でも多分、言えば言うほど……。

「無ぅ理ぃー!」

 ズレた眼鏡の位置を直しつつ美雪は声を高くする。ほらね。でも私もちょっとそこは楽しそうだから言ってみる。

「ちょっとスタジオでやってみようよ。二人だけなら恥ずかしくないでしょ?」

 誰に見られる訳でもないし、私は一緒に歌う訳だし。恥ずかしいという気持ちはだいぶ薄れると思うのだけれど。

「で、でもカラオケとは違うでしょ?」

 ほほう、そういうことは判っているのね。それなら尚更見どころがある。

「違う場合もあるし同じ場合もあるよ」

「え?」

 私が言おうと思ったことを仄が言った。

「カラオケ上手っていうだけの人はボーカルとしては不安だけど、唄が巧い人はカラオケもボーカルもきちんとできる」

「うん。そういうこと」

 私はそういうボーカリストを何人も見てきた。実際にカラオケで歌うのとは少し事情が異なる。私はそうでもないけれど、特にバンドのボーカリストともなれば、まず伴奏の音量が全然違うので、カラオケで慣らしただけの人では伴奏に声が消されてしまう場合もある。

「発声の勢いも、使う声量も違うから、美雪の言う通り、一概には言い切れないところもあるけど」

「よっし、じゃあ美雪、今度スタジオ一緒に入ろ!」

 美雪の歌声は、ただのカラオケではない発声だと私も仄も気付いた。声量自体はそんなにある方ではないけれど、きちんとマイクを通せばバンドの伴奏では消えないくらいの声は出ているのではないかと思う。

「う、うん……」

「あぁ、でも美雪がやりたくないなら話は別。やってみなきゃ判らないことはたくさんあるけど、でも嫌なことを無理やりやらせる気にはならないからさ、私だって」

「うん……」

 美雪はどちらかと言えば気弱な性格だし、進んで人の前に出るタイプではないと思う。あまり無理強いしても可哀想ではある。

「ま、今度スタジオ一緒に入ってみよ。歌わなくても良いからさ」

「うん、判った」

 観念した感じで美雪は苦笑した。でも私は、美雪と一緒に音楽ができたらとても素敵だと思う。だから、間口だけは開けておきたい。今難色を示したことで、後からやっぱりやりたい、となっても美雪の性格からすると、言い出し難いこともあるかもしれないし。


 仄、香苗、晴美とは駅で分かれた。私と美雪は駅から徒歩だ。

「……羽奈ちゃん」

 あまり明るい声音ではない。先ほどのことが尾を引いているのだろうか。

「ん?」

「歌うのって楽しい?」

 やっぱりそうか。それならば私の持論は少し説明しいておいた方が良いかもしれない。

「美雪は今日、カラオケ、楽しくなかった?」

「楽しかった」

 だとするならば安心だ。私は内心胸をなでおろした。

「それと一緒」

「え?」

 好きなら何でもできる、っていうごく単純な理論だけれど。

「ううーん、なんて言ったらいいのかな。歌うのって、嫌いな人もいるけど好きな人の方が多いと思うのね」

「そう、かも」

 そうでなければカラオケという文化はここまで発展しなかったはずだし、こんなにもあちこちにカラオケ店ができることもなかったはずだから。でも、それとはまた別に。

「それってさ、子供の頃から好きなアニメの唄だったり、学校の音楽の授業で歌う唄だったりしてさ」

「うん」

 美雪と私が仲良くなれたきっかけはLayNaだ。彼女はアニメソングシンガーで、私はアニメ自体は見ていなかったけれど、歌が好きで聞いていた。美雪はアニメが好きで、アニメからLayNaを好きになった。きっと一人の時やお弁当を作っている時には口ずさんだりしていたはずだ。それこそLayNaの曲に限らず、子供の頃から聴いていたアニメソングやアイドルソング、好きなアーティストの曲などを。

「子供の頃ってあんまりそこで個人差を気にすることはなかったのよ。好きで口ずさんでる歌でも、子供の頃だったら友達やきょうだいなら一緒に歌ったり、親だったらただ聞いてくれるだけで」

 ただの子供の鼻歌程度で文句を言う人は少ないはず。

「でも、いつしか人の目を気にしちゃうこともあるんだよね。学校の歌のテストだったり、合唱コンクールのソロパート、もしくは少数人数のパートで下手が目立つ人はそこで、歌が得意じゃないことを認識しちゃう」

「うん」

「で、気付く。下手だから、周りがバカにするから、歌いたくない、好きじゃない。でも下手でも歌うのは好きって人もいれば、人前では歌いたくない人もいる。ま、これが絶対ではないと思うけれど、上手に歌えない人、仮に音痴な人だったりしたら、そこで誰かに何かを言われて、もう歌うのは辞めよう、って」

 これが頂けない。多くの人はそこで、誰かに何かを言われた時点で、そう思う。思わされてしまう。もちろん晴美のように、ただただ純粋に楽しく歌える人だっている。そこにステレオタイプな巧い下手は関係ない。だから晴美の唄は素晴らしいって思った。巧かろうと下手だろうと好きな曲を楽しく歌う。これが唄の本質である、と私は思っている。

 プロでもない人間の歌の価値なんて、歌っている人の気分だけだ。子供のアニメソングの鼻歌も、大人のポップミュージックの鼻歌も全く同じ。勿論私のようにプロではないにしたって誰かに聞いてもらいたい、という気持ちが生まれてくるのはまた別の話。

「でも私は、そこそこ下手ではないな、って自分では思えたし、歌うのが好きだから、楽しいから、辞めなかった。それだけの話なのよね」

「う、うん……?」

 子供の頃の鼻歌の延長であるだけ。あとは足のこともあって、ピアノを習わせてもらえたという環境に恵まれたことも勿論ある。

「でも、下手だったり音痴な人でも、自分が巧かったらもぉっと歌いたい!って思っている人もいるんじゃないかな」

「それは、そうかも」

 そうして、自分である程度のことを理解したときに、もっと誰かに聴いてもらいたい、っていう気持ちが生まれてくる。これは私の個人的な思いだけれど、晴美は自身の歌があまり巧くない、つまりステレオタイプな基準値で判断すれば、下手であることを自覚していた。だからきっと、もっと巧かったら仄のように音楽をしたい、と思ったかもしれない。あくまでも私の勝手な当てずっぽうだけれど。

「でしょ。例えばじゃあ運動に置き換えてみたら、私はとてもじゃないけどスポーツなんて無理。そもそもできないから、そういう感覚というか、思考になることが多いのよ」

「できるならやってみたい、っていうこと?」

 そうそう、美雪はここまでの私の話をきちんと判ってくれている。

「そ。人ってさ、自分にどんな適正があるかって判っていない人の方が多いと思うのよね」

「それは、判る気もする」

 可能性の話なので、正直これは取り留めもない、荒唐無稽な話だ。だけれど、実際私は、美雪が歌わないのは勿体ないと思う。

「大げさな話だけど、仮に、例えばテニスが大大大好き!っていう子が、好きな気持ちはどれだけ大きくても、テニス部の万年補欠でさ、実は物凄いピアニスト適性の高い人かもしれない。もしもどこかで音楽に触れる機会があったら、世界的ピアニストになっているかもしれない、って」

 そんなことは誰にでも当て嵌る。誰にでも当て嵌ることだから、それこそやってみなくちゃ判らない。小説でもアニメでも漫画でもドラマでも良く聞く、無限の可能性ってやつ。

「だからさっきやってみなくちゃ判らないって言ったの?」

 うん、そういうこと。

「そ。適性の話で言えば、歌うのが楽しくて、きちんと歌うことができる、それだけで私は音楽をやるのなんて充分だと思ってる。そんな適性があるのに、やだやだ、って言っちゃうのは勿体ないし、仮に歌が下手でも音楽をやってみたい、っていう人からしてみたら、なんて勿体ない、って思われるかもしれない」

 自分で自分の可能性を潰してしまう。これほど勿体ない話はない。もしも美雪が、歌うのが嫌いで嫌いでどうしようもない、というのであれば私だって素直に引き下がる。中にはそうした人だっている。とてつもなく歌唱力が高いのに、バンドに所属して、ボーカルまで務めていたのに、歌うことにもバンドにも興味を示せなかった人だっている。

「そっか……」

 うーん、と一頻り唸ってから美雪は頷いて見せる。

「それにね、そんな理屈っぽいたらればの話なんかよりも、私は折角仲良くなれた美雪と、好きな歌を一緒に歌えたら楽しいな、って思っただけなんだ」

「羽奈ちゃん……」

 キャラではないけれど、く、っと美雪にサムズアップなんてして見せる。美雪のおかげで学校生活だってFPO2エフピーオーツーだって楽しくなったんだもの。もしも美雪が歌うことに興味を示してくれるのなら、そんなに嬉しいことはない。

「あと、音楽なんてものは高尚なものでも何でもないし、美雪が楽しんだっていいんだよってこと」

 これ。

 美雪は仄や私のような、先だって音楽をやっている経験者に対して、何の経験もない自分が、と尻込みしているのかもしれないとも思える。私なんかが音楽をやっても良いのかな、って。やって良いに決まっているし最初は誰だって初心者だ。可能性の話で言えば私なんかよりも余程凄い才能を秘めている可能性だってある。

「そっか……。うん、じゃあ今度スタジオ一緒に行くね!」

「そう来なくっちゃ!」

 ようやくいつもの可愛らしい笑顔になってくれた美雪の肩に手を回して私は言った。


 第十一話:可能性

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