第九話:おべんとおべんとうれしいな

 十三橋じゅうさんばし市 十三橋市立公園


「えぇ!これ美雪みゆき羽奈はなで作ったの!」

 夕方から美雪が私の家に来て、二人でお弁当を作った。ほんの少しだけお母さんにも手伝ってもらったけれど、殆どは私と美雪でちゃんと作った。美雪とお母さんに色々教わって、少し知識が増えたかもしれない。けれど一人でやってみないことには何とも言えない。知っているだけで使えなければ意味がないのだ。とはいえ、みんなの反応はやっぱり満更でもない。頑張ってみて良かった。

「う、うん!」

「すごいじゃん美雪!」

 こらほのか香椎かしいはどうした。

「あ、で、でも羽奈ちゃんと一緒に作ったから!」

「はっはっは、見直したまえ仄くん。私はもう君よりも高度な料理スキルを身につけている」

 それは流石に嘘だけど。

「とか言って八割美雪が創ったとかじゃないでしょうねぇ」

「馬鹿言いなさい!ちゃんと私だって作ってますぅ!」

 そう言われると思って、結構美雪がやると言い出したことを奪って私がやったこともあるのだ。多分美雪がやった方がもっと早く終わっていたこともあったけれども。

「じゃあ私美雪が作ったやつ頂くわ……」

「教えないし!」

 香苗かなえまで随分と失礼なことを言う。でも蓋を開けて見ただけでどれが私が作ったものかなんて判るもんか。

「や、見栄えで判るでしょ……」

 う、うん、確かに。モノによっては良く判る。お結びなんて特に。

「……」

「じゃあ僕はハナちゃんが作ったであろう方を頂くよぉ」

「流石リンジくん」

 く、なんだそのフォローは!

「羽奈もリンジくんの為に作ったんだものねぇ」

「えぇ!それは光栄だなぁ」

 本気で嬉しそうなあたりまた憎めないんだよなぁ。でも違いますから!

「べ、別にあんたのために創ったんじゃないんだからね!」

「私言ってない……」

 仄が勝手に言う。しかもこう、身をくねくねと捩らせて。それが私の物真似だというのなら思い切りほっぺたをつねり上げてやる。

「代弁ってやつねー」

「はいはい、それじゃあ美雪と私に感謝して食べてよね!」

 ここでむきになって反論すれば連中の思う壺だ。何故みんなが私とリンジくんをくっつけようとするのかは本当に意味が判らないけれど、そんな意味が判らないことだからこそ、態々自分から巻き込まれるような愚行は冒さない。

「ちっ、乗ってこなかったか……」

 ふん、私だって日々成長しているのよ。

「まぁまぁ、それじゃあ頂きまーす!」

 晴美はるみがそう言って美雪から手渡された割りばしを割る。うん、わたしもお腹空いた。

「頂きます!」

「お?これは定番、唐揚げだ!見た目はともかく、ちゃんと美味しい!」

 少し揚げすぎた感もあるけれど、試食してみたら大丈夫だった。衣もかなりまばらについているけれど、ほらあれよ、クリスピー感というのかしら、ね……?

「一言多いわよ」

 そう、美味しいなら美味しい、とそれだけを言えばいいのだリンジくんめ。

「お?卵焼きで私に挑もうとはいい度胸!」

 そう言いながら仄が卵焼きにお箸を伸ばす。

「そう言えば仄も歩さんも卵焼き大好物なんだっけ」

「そう!ちなみに私は食べる専門だけどね。一位はやっぱりお母さんだけど、二位はお姉ちゃんね」

 歩さんはノー卵、ノーライフとまで言うくらい卵料理が大好きで、その中でもシンプルな甘い卵焼きが一番の大好物なのだそうだ。なんだか可愛らしい。

「そんなにおいしいの?」

 それは興味がある。誰でもできる料理だからこそ、美味しく作れると凄いって思う。

「や、わかんない。だって私基準だし。食べ物とか音楽の一番なんて人それぞれでしょ」

「それもそうね」

 確かに。でも食べ物も音楽も、身近な人間が一番だというのならばやはりそこには興味が湧くというものだ。

「ちなみに卵焼きはどっちが作ったの?」

「あ、わ、わたし……」

 ひょこ、と美雪が控えめに手を挙げる。それが何故かと問われれば。

「なら安心!」

「さっきから一言多い!」

 最初に私が作った時に焦がしてしまって作り直したからだ。お醤油や出汁の卵焼きよりお砂糖の卵焼きの方が焦げやすいというのは学んだ。経験は力だ。うん。などと考えていると、だ。

(……まったく)

「あ、あの、さ、香椎かしい

「……何?」

 国井くにい山本やまもとだ。今まで話しかけてくることはなかったから、今日も来ていたとしても話しかけてくることはないだろうと思っていたのに。

「羽奈」

「……」

 私の明らかに攻撃性のある私の声音に、仄が嗜めるように言う。判ってる。下手なことをして美雪が被害を被ったら大変だ。

「えと、ちょっと話が」

「ここでして」

 国井が言い終わらない内に私はわざと早口でそう言った。

「え?」

 面喰った様子は、ないように思える。つまり私のこの態度も連中の想定内だったということかもしれない。

「ここで話せないようなことなら聞く気もないし」

「どうする……」

 山本に言葉を投げて眉根を寄せる国井。誰かに聞かれて困るような話なら関わりたくはない。いや、そもそもこの二人と関わり合いになりたくない。

「みんなの前で言えないような話なら聴く筋合いはないわ」

 即座に回答が出ないようだったので、更に私は苛立ちを募らせてそう言い放った。

「ま、その通りだねぇ」

 呆れたようにリンジくんも言う。恐らく暴力沙汰になどはならないだろうけれど、こういう時に男性が一人いてくれるというのは安心感が違う。

「……あのさ、俺らバンドしてんだけど、その、香椎にヘルプ、お願いできないかな、って……」

「……キーボードでってこと?」

 あまりにも意外な話で一瞬反応が遅れた。選りにも選って、この私にヘルプだと?

「そう、できればコーラスとかも」

 考えられる理由。

「……ライブが近い、とか?」

 バンドでは良くある話だ。私はバンド経験はないけれど、ライブが決まっているのに様々な理由でメンバーに欠員が出て、その補充を外部にお願いするというものだ。

「いや、その最初は手伝ってもらって、フィーリングが合えばそのまま入ってもらえないかな、とか……」

「わたしはバンドをするつもりも入るつもりはないわ」

 ライブが決まっている訳ではなく、単純に私にバンドに入って欲しいということならば、答えは一つ。

「……ま、ライブが近くてメンバーが欠けてるって言うなら話は別だけどねぇ」

 バンドをしているリンジくんが言う。それは確かに言う通りだけれど、私だって相手は選ぶ。もしも仄のバンドでキーボードが必要だというのならば、是非もなく助力するけれど、美雪にあんな酷いことを言ったこの二人に助力なんてする気はない。どれだけ困っていようと、だ。

「それだって羽奈が手伝うかどうかは別の話でしょ」

 まったくもって香苗の言う通り。

「そうね。美雪に私の演奏聞きに来るな、なんて冗談でも言うような人のお願いなんて聞く筋合いはないわ」

 それがなくたって、殆ど見ず知らずの人間からの誘いには乗れない。

「……そ、それは」

「別に本気で言った訳じゃ……」

 あぁ、そうですか。それならもう一度言いましょうか。

「言ったわよね、冗談でもそんなこと言う人のお願いなんて聞く筋合いはない、って。それに……」

「本気で言ったつもりじゃない言葉なら何を言っても許される、とか思ってる?」

 私が言おうとした言葉をそのままリンジくんが繋げた。多分、私に言わせないようにした。

「……それは、ごめん」

 煮え切らない。山本は謝ったけれど、美雪にではない。何のための謝罪なのか判っていない。謝罪なんてものはされた側が納得しなければただの言葉だ。謝罪する側がその言葉を持って、自分がしでかしたことを本当に反省している、という気持を込めなければ、その気持ちが相手に伝わらなければ、ただの言葉でしかない。

「謝って済む問題でもないし、私はバンドに入るつもりはない。それで?」

 もう面倒臭いし関わりたくない。私は自分の意思を示し、その上で国井の目を見る。

「いや、それなら仕方ない。行こう」

 くるり、と振り返り山本が言葉に詰まる国井を促した。山本は私が協力してもしなくてもどちらでも良いのか。それすらどうでも良いことだ。

「……何なのよ全く」

 これからリンジくんの演奏があって、その後は私だ。まったく嫌な気分にさせてくれたものだ。

「ハナちゃんの腕前がどんなものか、視察に来てたってところかな」

 それならば今まで私の演奏を聞きに来ていたのも判るけれど、そう何度も来なくたって判りそうなものだ。ずっと声をかけようか掛けまいか迷っていたということなのかもしれない。

「何様のつもりよ」

「でもなんか変だったわね」

 ふん、と鼻息を荒くした私を他所に仄が言う。

「変?そんなの最初からじゃない」

 誘いたいなら美雪に変なことを言う前に堂々と誘えば良かったのだ。そうすれば私の印象だって少しは違ったはずだ。結果断ることには変わりはないけれど、もう少し愛想良く対応はできたはずだ。

「や、ちがくて。なんかあいつらの意思じゃないような気がしてさ」

「だ、誰かに頼まれて、とか、かな?」

 恐る恐る美雪が言う。

「そんな感じはしなくもないね、確かに」

「何でよ」

 確かに国井はともかく、山本はどちらでも良い、という態度だったように思えなくもない。だけれど、国井までもがそうだったとは思えない。何か理由があるのだろうか。

「美雪ちゃんがここにいること」

「ぬ?」

 美雪が?

「お前は来るなよ、って言ったのにここにいるってこと。それはハナちゃんと美幸ちゃんの間で何かがあって、美雪ちゃんがここに来るようになった、ってこと」

「うん。あいつらに聞こえるようにわざと言ったしね」

 腹いせ、という訳でもなかったけれど、美雪が私の演奏を聞きたいと思う気持ちを連中が踏みにじったことに腹が立ったのは確かだ。

「つまり、羽奈に良く思われていないのを承知の上で、誘いになんか来ないってことね、連中二人の自発的な行動だったら」

 なるほど。それは一理ある。

「誰か他の人の意思ってこと?」

「まぁ推測だけど」

 だとしたら他のメンバーの意図?自分が行動を起こさずに、国井と山本を使い走りにしたということだろうか。もしそうならば絶対に誘いになど乗らない。大体同じバンドメンバーをそんなことに使うなんてどうかしている。

「有り得ないこともない、くらいかな」

 確かに今のままでは情報が少なすぎる。でもこれ以上詮索したところで意味はない。私は断った訳だし、これ以上誘いに来ることはないだろう。

「さて、僕の番までもう少しだし、引き続きごちそうをいただこうかな」

 言いながらリンジくんは再び唐揚げに手を伸ばす。唐揚げ好きなのかな。まあ唐揚げが嫌いな人なんてあんまりいないと思うけれど。

「あ、そうね。折角二人が作ってきてくれたんだし」

 仄も再び卵焼きを取る。何度も食べるということは美雪の卵焼きも仄の中では中々レベルが高いということかな。流石は美雪だ。作り慣れているだけあるなぁ。

「リンジくんの演奏も楽しみだし」

「それは光栄だなぁ」

 最初に会って以来の演奏だ。リンジくんは癪だけど演奏は好き。この間は私しか演奏していなかったから本当に楽しみだ。うん、お陰で少し気持ちも上がってきた。美味しいものと楽しい会話、それから、こんな私を理解して受け入れてくれる友達。本当にありがたいな。

「心がこもってないわねぇ」

 でもごめんね、素直じゃなくて。それも理解してもらっちゃって、甘えちゃって。まだ知り合ったばかりだけれど、香苗も晴美も、勿論美雪もリンジくんも、本当に私の近くにいてくれてありがたい。この気持ちを持ったまま歌えたら、また少し違ったアーティスト、羽奈を見せられるかもしれない。

「そんなことないってば。んー、うまいなぁ。二人ともありがとうね」

 本当においしいと思ってくれてるなら、それは嬉しいな。でもリンジくんは気遣い上手だから、私の努力と時間を無駄にするような言葉は、たとえ不味くても言わないような気がする。だから、素直に受け取れない気もする。

「うんうん、ほんとありがと!」

「不味かったらもうちょっとこう、ハナちゃんにやりかえせたのになぁ」

 ぐ、な、何を。

 でも、だとするならば、確かにそれはリンジくんらしい。気い遣いだから、わたしの料理の腕が上がる様に、憎たらしいことを言いそうだ。うん、やっぱりリンジくんのことなんてまだまだ私には判っていないということだ。そうか。だから、誤解を招くような言い方や態度は、良くないな。リンジくんは理解度が高いし、懐も深い。機知に富んでいるし、気遣いもできる。だから私の甘ったれた態度も、理解してくれている。

(やっぱり癪だなぁ、リンジくん)

 このままじゃいけないな。香苗だって晴美だって仄からの前情報があったから、私みたいな面倒な女を笑って見てくれている。でも、性格だからなかなか簡単には変えることは出来ないかもしれないな。でも、だからってそのままで良い訳はないんだ。なかなか変わらないからこそ、変えるという意識を持って行動しないと。

「リンジくん、お腹いっぱい声になっても知らないからね」

 何とかリンジくんに笑顔を向けることができて、私はそう言った。いや、言えた。ついこの間までの私なら、リンジくんの目も見ずにぶっきらぼうに言っていたか、多分黙っていたかもしれない。

「おっと、それは確かに気を付けないと」

 伸ばしかけた箸を止め、リンジくんはおどけたように言った。まったく、憎たらしい奴。

「あはは。確かにボーカルにとっては満福も空腹も敵だからね」

 お腹が減っているとお腹に力が入らなくて声量が出せないし、お腹がいっぱいだとブレスが上手くできない上に、声帯が閉じてしまうこともある。腹八分目以下、適度にしておかないといけないのだ。

「だよねぇ。ほらリンジくん、もっと食べなよ」

 ここであーん、までできれば良いのだけれど、仄の前ではさすがに無理だ。どんなからかわれ方をするか判ったものではない。

「もしかして楽しみにしてたのって、僕の失敗を……?」

 ひぃ、とわざとらしく言いながらリンジくんは上半身を引いた。

「冗談よ!」

 うん、少しだけ、素直になれたような気はする。

 皆には、本当に感謝しかないな。


 第九話:おべんとおべんとうれしいな

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