第八話:ほんの少しの変化
いつものごとく
『へぇ新しい友達できたんだ。それは良かったね』
『まぁね』
ゲーム内とは言え、そう言われると流石にちょっと恥ずかしい。
『このゲームに誘ったりしてみれば?気心知れた仲間が増えたら楽しいかも』
『んー、まぁそうだね。今度聞いてみるよ』
それはナイスアイディアだよれい!美雪と一緒にゲームもできたらもっと仲良くなれるかもしれないし、絶対に楽しい。主に私がだけど。美雪はアニメは好きみたいだったけれど、ゲームも好きかな。
「んん?」
今、私、とんでもないことを考えたぞ……。
『だね。次はどこ行く?大分レベルも上がってきたし、装備も充実してきたから少しくらい難しいのだったら行けそうだよ』
れい……。
「いやいやいや、それは、ない」
私しかいない自室で、私は思わず一人呟いてしまった。まさかれいが美雪だったとしたら、あまりにも性格が違い過ぎる。
いやいや、でも待って、ネットの世界にはネカマと呼ばれる人たちだっている。性格どころか性別まで変えて成り切っている人たちだっているのだ。同じ性別で誰も知らないところでだったら、あの美雪だって性格くらい変えられるかもしれない。でも、もしもれいが美雪だったとしたら、今までの会話の流れで
『fana?』
「あ、やば」
れいの言葉を無視してしまった。チャットログを見る。また何処かに冒険に行こうというお誘いね。
『ごめんごめん。で、どこ行こっか』
高難度のミッションは四人でも相当の腕利きが揃わないとクリアが難しい物も結構多い。私とれいの二人では少々厳しいかもしれないミッションならまだ沢山残っているけれど、態々死にに行くのもつまらない。
『どこかオススメとかある?』
『そうだなぁ、エクストリームミッションなんてどぉ?二人でも結構いけるはず』
私は一人でもクリアできるけれど、手に入るゲーム内通貨、めめたんが中々多く手に入るミッションだ。ステージ数も多く、五ステージごとに区切られて、簡単なステージならば一〇分もかからずにクリアできるし、どんどん奥に進めることもできる。
『チケット使うやつだっけ?』
エクストリームミッションを受けるために必要なチケットは毎日無条件で一枚もらえるし、他のミッションをクリアしても時々もらえるので、数か月もプレイしていればそこそこの数にはなっているはず。
『そそ』
『まだやったことないなぁ』
やったことがないならチケットの数を心配する必要はない。それにそもそも私は一人でもクリアできるのだ。れいの戦力がプラスになれこそすれ、マイナスになることはない。
『れいの装備とレベルで私がいれば楽勝よ。めめたんもおいしいし、さ、行こ!』
『おっけー』
結局〇時まではれいとゲームをしてそのまま寝ることにした。れいはまるで門限でもあるかの様に〇時になるとゲームから落ちるし、わたしも学校がある。寝不足で働かない頭のままでは授業について行けなくなってしまうので、いつもれいのタイミングに合わせている。
「……れい」
先ほどの空恐ろしい想像を思い出す。
「榑井美雪……。まさかね」
榑井のれいとれいだけを重ねてそんな妄想をするなんて。そう、妄想だ。そもそもれいと美雪では全然性格が違う。さっきも思ったけれど、よくよく考えてみればネカマと呼ばれる人たちとはまた別だ。何を思ってそんなプレイをしているのか私には判らないし、色んな思いがあるのだろうから、私個人の思惑ごときに当てはめて、私の考えが正しいとは到底思えない。
「……でも」
ベッドに寝転んだまま机に手を伸ばし、充電しているスマートフォンを手に取る。このままでは気になって眠れなくなってしまいそうだ。すぐにwireを立ち上げて、美雪にメッセージを入れてみる。
『こんばんは、起きてる?』
お、すぐ既読になった。美雪もスマートフォンをいじっていたのかな。
『羽奈ちゃん!起きてるよ。こんばんは!』
『おぉ、元気ね』
こんなことを言うと失礼になってしまうかもしれないけれど、パタパタとしっぽを振って喜んでいる仔犬のように思えてしまう。可愛いなぁ。
『あはは、羽奈ちゃんからwire来たのがうれしくて』
「素直か」
思わず突っ込んでしまった。でもこれは私も嬉しくなってしまう。美雪はなんで私と友達になりたいなんて思ってくれたんだろう。動機は気になるところだけれど、私と同じく独りぼっちだったから、という線が濃厚だし、訊かない方が良いかもしれない。動機なんかどうだって今こうして美雪と仲良くできているのは私だって嬉しいし。
『突然なんだけど美雪ってゲームとかする?』
『うん、するよ』
お、やっぱり。もしかしたら今もスマートフォンでゲームをしていたのかもしれない。
『ほほう。どんなのやってるの?』
『今はビーストハンターワールドとか。友達いないから一人でしてるけど』
ビーストハンターか。かなり前に携帯ゲーム機が馬鹿売れしたきっかけになったゲームだ。国産ゲームだけれど、キャラクターメイキングが海外のゲームみたいで、いわゆる濃いキャラクターしか作れないのが私は好きじゃない。それに結構難しい。一人でやるにはかなり難易度の高いゲームだけれど、共闘して楽しめるゲームなので続編もかなり作られていて美雪が言ったワールド、というのは一番新しいゲームだ。
『そうなんだ!私
美雪がビーストハンターワールドをやっているのなら、FPO2ができるゲーム本体を持っているということだ。これはラッキー。
『え、羽奈ちゃんもゲームするんだ。FPO2ってゲーム自体はタダで出来るんだよね』
『そそ』
良くご存じで。
『やるやる。今日はもう遅いからあれだけど、インストールだけしておくね』
『おっけおっけ、んじゃ明日学校でね!』
よっし、これでれいが美雪ではないことは証明された上に明日からは美雪ともFPO2を一緒に楽しめるという訳だ。
そうよ、そもそも考えてもみなさい。もしもれいが美雪だったとしたら、れいがこの提案をする訳がない。少し考えれば判ることなのに、ちょっとした思い付きで随分と冷静さを欠いていた。
『うん!じゃあおやすみなさい!』
『うん、おやすみ!』
よしよし、これでぐっすり眠れそうだ。
あくる日、学校での午前の授業を終えて、私は美雪と二人で屋上に来ていた。
「羽奈ちゃん、FPO2ってどんなゲーム?」
「アクションロールプレイングだね。結構アクションもちゃんとしててわりとガシガシ動かす感じだから、ビーハンやってるなら結構楽しいかも」
ビーストハンターは魔法とかそういった概念がなくて、本当に剣や斧や弓で戦う感じだったから、随分と勝手は違うかもしれないけれど。
「SFの世界観なんだっけ」
「うん。でも魔法とかもあるけどね」
「あ、そうなんだね。でも羽奈ちゃんと一緒だったら何でも楽しそう!」
私も以前所属していたクラン内が巧く回っている時は楽しかった。どこのクランでもあるみたいだけれど、経年劣化というか、時間が経てば経つほどクランという形態が形骸化して行ってしまう。それはゲームという性質上仕方のないことなのかもしれないけれど、だからって迷惑プレイをして良いという訳ではない。私に言い寄ってきたプレイヤーを通報こそしなかったものの、やっぱり一緒にやるのならば気心知れた人間か、信頼できる人間の方が良いということを学んだ。それに勿論正しくクランという形を維持して、楽しくやっている人たちだって沢山いる。ゲーム内のこととはいえ、クランは人の集団だ。上手く回っているクランも上手く回らないクランもある。クランリーダーの器ではない人間の責任もあるだろうし、素晴らしいリーダーシップを持っている人がリーダーであるクランに、常識のないメンバーが入ればそこから亀裂が生じることだってある。クランメンバーとの相性はやはり大事だと思う。
「それはこっちの台詞」
でも美雪だったら信頼は出来るし、相性だって良いと思える。まだ、あくまでも一緒にゲームをするという条件での中だけれど、それ以上は時期尚早というものだ。今後の付き合の中で知って行けば良いことだし、お互いに仲良くなりたいという気持ちを持っていればそれはおのずと信頼関係に変わって行くはずだし。
「ゲームには誰か一緒にやっている人がいるの?」
「最近知り合ったのが一人だけ。前はクランにいたんだけど煩わしいことがあって抜けちゃった。今はサーバーも変えてるし、基本一人」
「そうなんだね」
れいは人畜無害な感じがするし、れいも私以外と一緒にゲームをしている感じはない。れいもゲーム中だけでも、fanaは信頼できるから、と思っていてくれたら嬉しいと素直に思う。
「私もだけどさ、人見知りの美雪でも大丈夫だよ」
「ちょっと安心」
「でしょ。最近一緒にやってるやつも良い奴だし、大丈夫だよ」
正直れいのことはそれほど理解はできていない。当たり前だ。たかだか数日間一緒にゲームをしただけで、そのれいというキャラクターを操作している本当の人間のことなど知ることは出来ない。だけれど、れいというキャラクターを通じて、fanaというフィルターも通して、それでもれいは良い奴だって思っている。それがこの先違う考えに変わることだってあるかもしれない。だけれど、知らないこと、詮索したくないこと、色んなことを綯交ぜにして都合良く理解しているだけだとしても、私はれいのことが好きだ。だから美雪にも会わせてみたい。
「うん」
「……」
これでれいが美雪ではないことははっきりしたけれど、もう一つだけ気になっていることもある。美雪も好きなアーティスト、
「羽奈ちゃん?」
「や、何でもない。さ、食べよ食べよ!」
流石にそんなばかげたことはないだろう。それに私は別にれいの正体を暴こうと思っている訳ではないのだ。れいはれいでFPO2の中で楽しくやって行ける仲間ならばそれだけで全然構わない。
「うん」
一つ頷いて、美雪がお弁当箱のふたを開ける。ウィンナー、卵焼き、ミートボール。なんという王道のお弁当!とてもすごく美味しそうだ。
「美雪のそれ、自分で作ってるの?」
「うん。お父さんと弟の分とわたしの分、お母さんと一緒に作ってるんだ」
そうか美雪には弟がいるのか。是非とも姉に優しい弟であってほしい。それにしても三人分を母親と一緒に作るなんて。
「偉すぎるわぁ。私も料理できるようになりたいなぁ」
私が子供の頃に色々と親に迷惑をかけた反動もあってか、とりあえず手がかからなくなった今、うちの親は毎週のように夜遊びをしている。夫婦揃って社交ダンスに出かけているのだ。なので週末の夜はお金を置いて行ってくれるけれど、大体
「今度教えてあげよっか」
「お、マジで!」
それは願ったりだ。残念ながら
「うん。羽奈ちゃんが公園で演奏する時に皆で食べたら楽しいかも」
「お、いいねそれ!」
仄の度肝を抜いてやるチャンスだ。いつもずけずけと図星を突きやがって、見ていろ仄め!
「リンジくんの分は羽奈ちゃんが作ってあげてね」
なん、だと……。そうかリンジくんにも食べさせなければならないのは癪だが、仲間外れにするのも流石に可哀想だ。いや、それよりも、僅かに数日で美雪も随分な冗談を言うようになったではないか。
「みぃゆぅきぃ~」
「あ、じょ、冗談!」
ぱたぱたと手を振って苦笑する美雪は本当に可愛いなぁ。世の男どもは阿呆ばかりか、こんな可愛い女子を一人にしておくなんて。阿呆確定だ。
「私は別にリンジくんとは別にそういう関係じゃないんだから!」
「わ、わかってるってば」
い、いや今の台詞は言うべきではなかったかもしれない、私だってそれくらいは知っている。俗にいうツンデレというやつだ。だからもしもお弁当を作ったとしても、これだけは言ってはいけない。
『別にリンジくんのために作った訳じゃないんだからね!』
これだけは絶対だぞ、
「……」
いや、でも、そんなこんななど、正直に言えば些末かもしれない。いやいや、掃いて捨てる出来事では、勿論ない。だけれど、美雪が提案したお弁当のこと一つにしても。
「羽奈ちゃん?」
おっといけない。物思いにふけっている場合ではない。
「や、なんかこうやって友達とお昼食べながら笑い合うなんてできると思ってなかったからさ」
そこ。これがなければ色々なことが回らない。仄や美雪、
一人で生きているなんて驕り高ぶった態度なんてできようはずもない。一人で遊ぼうと思い改めたゲームですられいと一緒にいることで楽しいと思える。
「あ、わ、わたしも……」
「ありがとね、美雪」
だから私は一人で生きている訳ではないし、一人で生きて行けるほど強くもない。誰かに依存している訳ではないけれど、それでも何もかもを突き放して一匹狼を気取るほどばかな子供ではない。
「う、ううん!わたしこそ!」
「なんか、しんみりしちゃうからこの話はこれでおしまいね!」
「そうだね」
せっかくの楽しい時間。楽しいことだけで埋めたい。
「じゃあ今週の土曜日、またライブしよっかな」
「ホント?」
土曜日は演奏したい人が多いのでできるかは判らないけれど。でもまた仄たちにも会いたいし、みんなでわいわいとやりたい。仄たちも演奏で参加すれば良いのになぁ。それは今度私から打診してみるとしよう。
「うん。お弁当も作ろうよ」
「うんうん!わたし、みんなに連絡してみるね!」
それは美雪を私の家に招待するということになる訳だが、だ、大丈夫だろうか。今日は帰ったら少し部屋んも片付けをしておこう……。
「お、じゃあ宜しく」
美雪も何だかやる気だ。私以外とでも、私を介さなくても仄たちと仲良くなってくれれば嬉しいな。もちろんハブられるのは嫌だけども、美雪も仄もそんなことはしないだろう。
「うん!」
第八話:ほんの少しの変化 終り
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