第七話:対処方法

 十三橋じゅうさんばし市 ファミリーレストラン ジョセフ


 ちょうど六人掛けの席が空いていたファミリーレストラン、ジョセフで私たちは各々に席に座る。リンジくん一人が空気を読み、最後に座ったのは私の目の前で、ほのかの隣だった。皆夕食は終えているとのことで、コーヒーやらケーキやらを注文して、それが揃うと、美雪みゆきが話し始めた。

「あの、わ、わたし、中学の時、い、今以上に人と喋れなくて、輪に入れなくて、わ、わたしが入ると関係が悪化しちゃうから……」

「ぬ?」

 喋れなくて、輪に入れないのは私にも判る。そして美雪が今以上に引っ込み思案というか、内気だったというのも判る。でもその美雪が入ると関係が悪化する、というのはどういうことなのだろう。

「あ、え、えと……」

 美雪にとっても話しにくいことなのだろうか。わたしはレモンティーに口を付け、美雪の言葉を待った。

「例えば何か会話の流れがあって、美雪ちゃんにそれが振られると、準備してあった答えでも中々言い出せなくなったりしちゃうから、そこで是非が生まれる、ってことかな」

 話を続けたのは美雪ではなく、リンジくんだった。

「つ、つまり?」

 難しい言い回しをしている訳ではないと思うけれど、リンジくんの言うことが良く判らない。リンジくんはもう美雪の言いたいことを理解しているのだろうか。

「美雪ちゃんがそこでなかなか言い出せなくなっちゃうと、早く言いなさいよ!っていうタイプの人と、美雪だって答えようとしてるでしょ!っていうタイプの人に割れて、仲良しだったグループに亀裂が入ってしまう、っていう感じゃないかな」

「そ、そう!」

 うんうん、と何度もリンジくんの言葉に頷く美雪。なるほど、それは確かに有り得そうな話だ。でも、どうなんだろう、仮にそういうことがあったとして、それが仲良しグループの崩壊にまで繋がるとは考えにくい。それに会話の流れの中で美雪の肩を持つ人がいるのならば、仮にグループが崩壊したとしても美雪の友達にはなってくれなかったのだろうか。

「スゲーなリンジくん!」

 晴美はるみが目を丸くする。いや私も同じ気持ちだけれども。

「仲良しグループの亀裂を入れてしまった張本人として、最初に肩を持った子達も、あんたのせいよ、と……」

 仄が続く。なるほど。そもそも仲が良かった私たちがこうなってしまったのは、美雪がはっきりしないせいだ、と。リンジくんももちろんそうだけれど、仄の洞察力もなかなかのものだ。まぁ私なんかは簡単に手玉に取られるような人間だけれど、それでも私のことなんて簡単にあしらってしまうほどの女だ。リンジくんと仄がいてくれれば、この状況も何とかなるかもしれない。他力本願だけではいけないけれど。

「だ、だから、あいつが入るとみんなが仲が悪くなる呪いがかかるって、そんな風に噂が広まっちゃって……」

「ひどい」

 とん、と軽くテーブルを叩いて今度は香苗かなえが言った。私だけではない。きっとみんな同じ気持ちだ。そんな謂れもない噂を真に受ける連中も度し難いほどの馬鹿者だ。

「それで虐めに発展したって訳?ろくでもない人間ばっかだったのね、美雪の中学」

 びし、と言い放つ仄。仄の正義感は私よりも強い。それで敵を作ることだってあった。だけれど、それでも仄は自分を曲げない。仄だって人間だ。思い悩むことだって勿論ある。だから強い人間だ、などと一口に言ってはいけないけれど、やっぱりそういう強さは仄特有のものだ。

「あ、で、でも、わたしも悪いし……」

「悪くないわよ」

 私も言う。言ってざっくりとショートケーキにフォークを入れるとそれを頬張った。ちょっと突っ慳貪な言い方になってしまったかもしれないけれど、それは本当に美雪が悪い訳ではない。美雪のように、自分の思うことを上手に表現できない人間もいる、と理解しない周りの人間に対しての気持ちの表れだと理解して頂きたい。どちらが間違っているかなんて考えるまでもなく明白だ。それに多分、それは本質じゃあない。そんな気がする。

「じゃあそれで、国井と山本は、美雪が私のライブに来ると私が呪われるから、お前は来るなよ、って言ったってこと?」

「た、たぶん……」

 どうしようもない。小学生だってもっとまともな良識を持っている。

「その国井とか山本って、同じ中学?」

「ち、違うけど、たぶんわたしと同じ中学の人に聞いたんだと思う」

 晴美の言葉に美雪が答える。そう、多分だけれど、今でこそこう言えばこう答えることができるのかもしれないけれど、中学生の美雪ではできなかったことなんだ。そうした陰鬱な経験を経て、ここまで話せるようになったと思えば、そうした過去はあって然るべきなのかもしれない。だけれど、それで成長できるということもあるのかもしれないけれど、なんだか釈然としない。

「……」

 それは、そういう過去があって、美雪自身が自分を責めて、変わらなければいけない、変えなければいけない、と必死に頑張った結果だ。私の想像でしかないかもしれないけれど、それは美雪の言葉を聞いていれば、端々で感じられる。私が美雪を見て思った、美雪から感じた妙な使命感はそういうことだったのかもしれない。

 そんなことを少しも考えないで、他人から聞きかじった噂だけを真に受けるなんて、高校生にもなって恥ずかしいと思わないのだろうか。私なら恥ずかしいし、真似なんて到底できやしない。

羽奈はな?」

 怒りをどう言葉にして良いか判らなくて黙りこくってしまった。

「あんまりにも器が小さすぎて呆れ返ったわ」

 これはもう本人たちに、面と向かって言う他ない。

「でもダメよ羽奈」

「何が」

 仄が間髪入れずに言う。ま、まさか御見通しか?

「あんた今、正面切って、お前らが来るな!って言おうと思ってるでしょ」

 流石は我が親友……。

「お、思って、ません、よ?」

 何が不味い。私は私の友達を傷つけた人間にそう言ってやるだけだ。いや、でも判ってる。仄がそう言うということは何かがある。私は結構短気だし、短気は損気だって良く言うじゃない。

「誤魔化し方下手すぎかよ」

 晴美が言って笑う。まぁ!なんて言葉遣いなのかしら。

「それは良くないね。器の小さい小悪党ほどどんどん下らない方向で悪さするから」

「でもあんな奴らに聞かせたくない!」

 そう、何であんな奴らが聞いていて、今まで美雪が来られなかったのか。私はあんな奴ら二人なんかよりも美雪に来てほしいし、聞いてほしい、って思う。

「SNSとかいろいろ使って悪評流される可能性が高いよ」

 それは私としても面白くないし太刀打ちできない。何しろ私はそういったSNSやブログには一切手を出していないのだ。それにそもそもの証拠というものもない。確証は得ている、というのは感覚的なものだけで、本当に純然たる確証というものはない。だからどんな理屈屁理屈をこねて反論されるかも、実は判ったもんじゃないことは理解できる。

 やっぱり短気は損気だ。危ない危ない。

「どうしても連中にモノ申したいなら今後は場所を変えるしかないね」

「隣でもやってるんでしょ?」

 十三橋市の隣、七本槍ななほんやり市でも同じようにストリートミュージシャンに演奏の場を提供してくれる楽器屋さんがあるらしいけれど、それは結構みんなも知っていることだし、場所を変えてもすぐにばれるだろうな。

「やってるわよ」

 確か仄のお姉さん、あゆむさんもそこで時々ストリートライブをしていると聞いたことがある。

「あ、でも待って、その二人がさ、羽奈が呪われたら羽奈の歌が聞けなくなっちゃうから、っていう気持ちだったら?」

 うん、まぁ微塵も肩を持つ気はないけれども、一応連中の立場に立つことも必要。香苗は中々良い所に気が付いた。

 だとしても。

「そんな根も葉もない下らない噂の呪いなんて信じてる馬鹿餓鬼なんてどうでもいい」

 本当にね。同世代の男なんて大体みんな馬鹿で餓鬼だし、そこが可愛いと思えるところだって勿論あるけれど、人を傷つけるような行動を無自覚にでも、顕在的にでも、やる人間は男でも女でも関係なく私は嫌いだ。

「一方的な側面から見方を変えれば、ハナちゃんを思ってのこと、というのも有り得ない訳ではないけれどね……」

「や、だってそんな噂を真に受けてるなら本気で阿呆でしょ」

「で、でも羽奈ちゃん」

 自罰したくなる美雪の気持ちは判らなくもない。美雪はきっとそういう自罰的な側面を持っている。だからこそ、今だけはそれに付き合わない。だって美雪は何も悪くない。

「美雪は悪くないわよ、言っとくけど」

「ま、羽奈はそう言うわよね」

「当然」

 恐らく私を良く知る仄だけはそう言うだろう。いやもしかしたらリンジくんも判っているかもしれないけれど。私は仄の言葉に力強く頷いた。

「私もさ、足が悪いから特に実害はなくても誹謗中傷はある訳。ここに来る途中だってみんなは優しいからさ、何も言わなかったけど、ゆっくり歩いてくれたでしょ」

 その気遣いが痛くて辛くて、だから人といることを避けていたこともある。だから友達を作ってはいけないような気がしていた。だけれど、一人で悩みこんで、一人で悩んで出した答えなんて大体間違ってる。そう仄が教えてくれた。だから美雪にも、今度は私が教えてあげるんだ。

「ま、そんなものは気遣いでも何でもないし」

「そ。だから私が悪いって訳じゃないでしょ」

 本当はこんなに居直った言葉なんて言いたくない。いつも心の中では有り難い気持ち、感謝の気持ちでいっぱいだ。だけれど、仄はお礼を言われること自体を嫌がるし、私が足のことで気遣われることを嫌う事も知っている。

「そっか。だから美雪も悪くないって訳か」

「当たり前じゃないの」

 ハンデを抱えているからという訳ではなく、例えばこの中で、昨日足をくじいたという人がいれば、その人に歩くペースを併せる。そんなことはごく当たり前のことだと仄も、私も言いたいのだ。

「そりゃそうだね」

「そもそもその二人も、本気で噂を信じてる訳じゃなくて、冗談のつもりで言ったのかもしれないね」

 それは幾らなんでも相手を良く理解し過ぎというものだ、晴美よ。

「だとするなら尚更よ。美雪の過去を欠片でも知っててそんな冗談言うなんて!」

「それは確かに悪辣だよね」

 冗談だって言って良いことと悪いことがある。普通に考えれば誰かを傷つける冗談は言ってはいけないことだ。そんなことも判らない人間とは関わり合いたくもない。

「羽奈の腹の虫はおさまらないかも知れないけど、このままスルーってのが一番よ。下手すると美雪にも被害が及ぶかもしれないし。それは羽奈の本位じゃないでしょ」

「それは、もちろん……」

 今のところは、ライブに来るなということ以外に被害はない。それも今は解決したことだけれど、あの二人が今後美雪に対して何か言ってくるようであれば、今度は正論で対抗できる。友達だから来て欲しくて呼んだ。この一言で全てが解決する。

 だから多少憤りを感じていようが、ここは私が大人しく引き下がるしかない。

「ハナちゃんにも美雪ちゃんにも被害が及ばない手立ては、今のところそれしかなさそうだね」

「癪に触るなぁ。ケーキもう一個食べちゃおうかな!」

 話を聞きながらちょびちょびと食べていたショートケーキは、誰が食べたのか知らないけれど、もうなくなってしまった。結局このまま何もしないというのは腹の虫がおさまらぬ。わたしはチャイムコールのボタンを押す。

「ま、でも新しく美雪が羽奈のファンになったんだから、美雪のためにもちゃんと続けなさいよね」

「当たり前でしょ!あんな下らない奴らのせいで辞める訳なんてないじゃない!」

 美雪は勿論、仄にだって香苗にだって晴美にだって、癪だけれどリンジくんにだってもっと聞いてもらいたい。 

「それなら羽奈の気持ちはあっちにすっ飛ばしといて、美雪」

 すっ飛ばさないでよ。ともかく私はテーブルに来てくれたウェイトレスさんにシュークリームを一つ注文する。甘いものは正義。特に苛々している時は、精神的に、心に、たいへんに優しい。

「あ、は、はい!」

「wire交換しよ」

「は、はい!」

「敬語禁止」

 ま、そうなるだろうことは予想済みだ。恐らく仄は私が美雪を連れて行くと言った時点でもうこうなることは予想してたんじゃないのかな。私もそうだけれど、仄の友達が悪い奴の訳がない、という理屈と同じで。とは言いつつも人なんて会ってみなければ判らないし、会ったところで判ることなどほんの僅かだ。その、ほんの僅かに見える人間性と自分の直感とフィーリング。それを信じるしかない。

「あ、う、うん!」

「美雪さー、もうこれであたしたちは友達な訳じゃん!下らないことなんか気にしないで仲良くやろうね!」

「う、うん、でも……」

 美雪の過去も下らない噂も全部吹き飛ばして仄は言う。私も大きく頷いて続いた。

「美雪の呪いなんか私らには効かないわよ、言っとくけど!」

 そもそも美雪という人間がどんな人間か、それをすべて知ることなんてできはしない。だけれど、ほんの少しでも美雪と向き合って、ほんの少しでもきちんと話してみれば、少しくらいは榑井くれい美雪という人間の極一部でも知ることはできる。

「ま、そんなものそもそもから有りはしないんだけどね」

 私は結構無神論者に近い考え方をする方だから余計に呪いなんて信じない。私は心霊現象だって偶然だとか勘違いだと思っているし、結局のところ、幽霊の正体見たり枯れ尾花でしかないのだ、あんなものは。とは言え正面から宗教家と論争する気もないし、そもそも否定する気もない。私は信じないだけであって、信じている人は信じれば良いと思っている。

「だよね。皆で交換しよ、リンジくんも!」

「え、僕もいいの?」

 声が嬉しそうだな。リンジくん。

「まさか羽奈とだけ交換しとけばあたしたちは眼中ナシぃ?」

 あ、それ言うのか、ここで。どこかで突っ込まれるとは思っていたけれど、今、ここでなの。

「そぉんなことないよぉ。一気に四人も可愛い女の子とwire交換できるなんて光栄です」

 へらへらしやがるリンジくんがとても、とても嬉しそうに言う。でもまぁ、癪だけれど仄も香苗も晴美も美雪も可愛い。それは本当だ。まぁ仄は私の事も可愛いとは言うけれど、それはアレだ、女子が女子を可愛いという、男から見ると別に可愛くなくね?というレベルでしかないことくらい判っている。

「リンジくんもなかなかイケてるよね」

「それはそれはありがとう」

 イケメンではないけれど、可愛らしい顔立ち、いや、憎めない顔立ち……。何と形容したら良いのか、ともかくブサメンではないわね。なかなかイケてる、という香苗の表現はあながち間違いではないということか。

「別に私はライブする時に連絡するだけだし」

 それ以上でも以下でもない。実際に今日のことを連絡したのが初めてのやり取りだったわけだし。

「別に何も訊いてないわよぉ羽奈ぁ」

「な!」

 仄の厭らしい笑顔が私を直撃する。かっと顔が熱くなってくる。く、確かに勝手に余計なことを口走ってしまった!

「え、羽奈はもうリンジくんとwire交換してたの?」

「え、あ、ま、まぁ……」

 香苗の言葉にはもう頷くしかない。ここで嘘を吐くことに意味はないし、吐いたところでリンジくんにばらされるのがおちだ。

「ふうぅ~」

 晴美まで悪乗りしてくる始末だ。

「ちょ、ちが!」

「大人しそうな顔してやるじゃん羽奈って!」

「だからそういうんじゃなくて!」

 恋バナは女子の大好物だろう、私だって仄や美雪に好きな人がいるとか彼氏ができたとかになれば色々と聞きたいし、訊きたい。だけれど私とリンジくんの場合はそういうのではない。お互いに、お互いの音楽を聴きたいから連絡できないと不便なだけであってだな。

「これ以上からかうと、心にもないこと言っちゃうへそ曲がりだから辞めといてやって。美雪も羽奈のへそ曲がりには気を付けてね」

 それは確かにその通りなのだけれども、もうちょっとオブラートに包むことくらいできないのか仄は。

「あ、うん!あの、みんな、ありがとう」

 し、しかしまぁ、美雪のこの笑顔を見られるのだったら、今日の所は引き下がっておいてやろうじゃないか。くう、香苗、晴美、仄、覚えておけよ。いつか絶対に仕返ししてやる。

「ま、別にお礼なんか言われるようなことしてないわ」

 美雪の笑顔に免じて、私も脱線はしないでおこう。それにこれ以上変なことを言って墓穴も掘りたくない。私は結構迂闊な女だという自覚はあるんだ、これでも。

「そうだね」

 リンジくんがそう言って、各々がスマートフォンを操作する。私も香苗と晴美とはwire交換をしていなかったので丁度良かった。

「これから、よろしくお願いします!」

 また敬語になってしまっている美雪の、満面の笑顔を見てしまってはそこを一々突っ込んでいる場合ではない。いやぁ、本当に可愛いなぁ。もう少しオープンな性格だったら絶対モテるだろうなぁ。

「羽奈の高校生活もこれで安心だわ」

 ふぅ、とスマートフォンの操作を終えて仄が嘆息した。

「お母さんか」


 第七話:対処方法 終り

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