第五話:海賊料理人死神第三の子供
彼女は生真面目で優しく、私などよりも思慮深く、人に気を遣える人物だった。
そしてこれは私の勘でしかないけれど、そもそもその素養はあったとしても、意識してそこを伸ばそうと思ったのはそう昔からのことではないような気がしていた。
榑井さんは元々おっとりしていて、大人しくて優しい性格だったのだろうけれど、私と同じで友達がいない。中学生の時も、高校に進学してからの一年生の時も、独りで過ごしてきたのではないだろうか。彼女の周りに人が集まらないという、私との共通点からの推測でしかないのだけれど、彼女に何があったのかまでは詮索できないし、そこを知りたいとは思わない。
だけれど、何かがあって、もっともっと相手を思いやらないといけない。そんな思いに駆られているのではないか、そう思うことが幾度かあった。
午前の授業が終わり、私の席に来ていた榑井さんを見上げて私は口を開いた。
「明後日、木曜日、やろうと思ってるんだけど、榑井さん空いてる?」
「あ、公園で?」
「榑井さんに来て欲しいんだ」
来てくれていたのならば、私の演奏が終わった後に声でもかけてくれれば良かったのにそれもない。いやそれは私にも原因はあるだろうから、そのことについては一概に彼らを責めることはできない。だけれど、お前は来るな、などどんな理由があったとしたって言ってはいけないことだ。そんな奴らには来てもらわなくたって結構だ。
「榑井さん?」
「う、あ、空いてる、よ」
「そ、なら良かった」
そもそもこの会話の流れは最初から打ち合わせ済みだ。私自身、学校ではストリートライブをしていることを誰かに言うつもりはない。つまりこれは、私が公園に行ったら何をするかを知っている人間だけに判るような言葉を選んだ会話という訳。この流れはわざわざ榑井さんが考えてくれたものだ。
他人のことを言えた義理ではないけれど、私に話しかけることも面倒だと思っている奴らにかかずらってなどいられない。私は私に興味を持ってくれた榑井さんともっと仲良くなりたい。それを
「私の友達も来てくれるからさ」
「あ、う、うん」
仄に榑井さんのことを相談した時に、仄が是非とも会いたいと言い出したのだ。私のような面倒な女を親友と呼ぶ仄のことだ。きっと榑井さんとも仲良くしてくれるに違いない。
「さて、お昼買いに行こ」
「う、うん」
山本と国井の態度を確認することは出来なかったけれど、確実に聞こえていたはずだ。ひとまず作戦は成功かな。別に連中に何か仕返しをしてやろうという訳ではない。奴らが聞いているところで、私が直接榑井さんにライブに来て欲しいと言えば、連中だってもう来るなとは言いはしないだろうから。
「あ……」
やるとなるとリンジくんにも
十三橋市
家に帰ってくるなり、私はセットリストを考え出す。
セットリストというのはライブでやる曲の選曲と曲順のことで、略してセトリとも言われる、まぁ平たく言えば運動会のプログラムと同じ。
私のような弾き語りをメインとするミュージシャンの中には、セットリストを作らない人もいるし、セットリストはあくまでも目安で、その時、その気分に依ってセットリストには書き出してはいない曲をやる人もいる。
ミュージシャンに依ってまばらで、人それぞれ。
今私がライブで演奏できるのは十曲ほど。大体ミドルテンポやスローテンポの、ゆっくりのんびりの曲が多いので、一回のライブではやれて六曲。少し喋ることを考えると五曲が良いところだ。そろそろ新曲も考えるかな。当然次の演奏までには間に合わないから、今は手持ちの十曲で次の演奏を考えないといけない。
折角榑井さんが来てくれるというのであれば、やっぱり良い曲をやりたい。
だけれど、いわゆる良い曲、というのは多くの人達の琴線に触れる曲、つまりスタンダードナンバーであって、あえて悪辣な言い方をしてしまえば、それは没個性という落とし穴にもはまりやすい、いわゆる解りやすい曲ということだ。そういう曲は勿論ある。作りやすいし、歌っていてもとても歌いやすい。あえて私の癖を排除して作った曲だから、誰が聞いても聞きやすい曲になっているはずだ。
だけれど、そうした曲は私のように作詞作曲している人たちに聞かれるのは少々恥ずかしくなる。判りやすい曲を簡単に作りやがって、という空気感は流石に後ろめたいものがある。勿論それを直接言ってくるような人はいない。私自身が簡単に創れる唄える曲に、逃げているかもしれないという後ろめたい気持ちから出てくる自戒の気持ちに近い。
ここが発信者としては悩ましいところでもある。仄などはズバッと『あの曲は狡いよね』と言ってくる。恐らく同じく作詞作曲しているリンジくんなどは、私の癖ややりたいことがたくさん盛り込まれた、オリジナリティの強い曲を聞きたいと思うはずだ。私がそうであるように、その人のオリジナリティやクリエイティビティが見える楽曲を聞きたい。
だけれど、自分が演奏する側になると私の癖ややりたいことを満載した曲を、私のことを全く知らない人が聞いて、好きだと思ってくれるのか。本来ならばその志一つでライブに臨みたいところだけれど、ついつい受けを狙ってしまう。でもキャッチーな曲だって、私のオリジナリティが全くない訳ではないし、大切な曲であることには変わりない。
(ぬぅ……)
あまり考えすぎない方が良いかもしれない。昔から
ノートにばばば、と曲名を書いて行く。予定は五曲として、二曲歌ってMCを入れて、二曲歌ってまたMC。それで最後の曲。運びはいつも通りで良いだろう。そもそもMCなんて言ってもそれほど喋ることなんかない。
スマートフォンにヘッドフォンを差し、
彼女だったらどう思うかな。流れてくる曲そのものには歌以外にLayNaのオリジナリティはない。だけれど、楽曲に合わせた彼女のオリジナリティは確かにある。
(……なるほど)
確かに、キャッチーな曲はコード回しもメロディ回しも無難かもしれない。だけれど私の歌は私だけのものだ。ありふれたコード展開だろうと、私の歌は誰の物真似でもない。仄の言う『狡い曲』だって私にしか出せない狡さかもしれない。だって歌うのは私なのだから。
(よっし、決めた!)
ノートを一枚をめくって、今度は曲順を考えながら上から書いて行く。最初の二曲だけはキャッチー路線。あとの三曲は私が自分で気に入っている、私らしい曲をやろう。ミュージシャンとしての羽奈らしさが判る曲。きっと榑井さんもリンジくんも、仄だってそういう曲を望んでいる。
(……と、思いたいなぁ)
木曜日 十三橋市立公園
(やっぱりいるのね……)
山本と国井。目的は何なのだろう。榑井さんに来るななんて言っていなければ素直にありがたいと思えるのだけれど。
「次の、次、だね」
私の隣には、私が直々にご招待した榑井さんがいる。ネイビーブルーのジャンパースカートが凄く可愛らしい、女の子然とした姿だ。
(愛くるしい!)
そう、愛くるしいとはこういうことを言うのだ。私にもそんな素養が少しでもあれば良いのだけれど、無理だわこりゃ。
「た、たのしみっ!」
山本と国井がいるせいか、少し表情がこわばっている。こんなに可愛らしい顔なのに許すまじ、山本、国井。私が榑井さんと一緒にいるせいなのか、やっぱり山本と国井は近付いては来ない。教室でだって話しかけてこないような奴らだ。小さい小さい。
「よぉーっすぅ、羽奈!」
背後から明るい声がかかった。これはもちろん紛う事無き我が大親友。
「あ、仄、サンキューね。
また二人を連れてきてくれていた。何ともありがたい。仄の気遣いには本当に頭が下がる。そしていつ見ても仄は可愛いなぁ。私にもこんなに可愛らしい顔面があったなら以下略。
「おーいぇ!」
二人ともノリも良い。きっと仄から私の情報は行っていて、めんどくさいとこはあるけど変な気遣いはいらなから、くらいは判ってくれてるんだろうな。
「こっち、榑井さん」
私の隣にいる榑井さんを三人に紹介する。
「く、榑井
「私
「あ、う、うん!」
びし、とサムズアップする仄かに、榑井さん小さくサムズアップを返す。くぁあ、可愛い。
「可愛い生き物だ……」
晴美が榑井さんをそう称する。やっぱり榑井さんを可愛いと思うのは私だけじゃないということだ。良かった良かった。
「そ、そそ、そんな!」
「羽奈の友達?」
香苗が言って私を見る。
「う、うん、そう、と、友達!」
友達というには時期尚早ではなかろうか。自分で言っておいて少し不安になる。でも私は榑井さんを友達だと思っているし、榑井さんにもそう思われたい。
「あたし
「わたし
二人が榑井さんに自己紹介。その補足なのか、仄が言葉を付け足す。
「二人して羽奈のファン」
「うん!」
(お、恐れ多い……)
ファンなんてとんでもない。友達の友達が(多分だけど)自分達の好みの音楽をやっているので来てくれている、ということであって、むしろ香苗と晴美には感謝の気持ちでいっぱいだというのに。
「い、いやいやと、友達!」
(や、それも失礼だ)
それこそまだ二人に合うのは今日で二度目だ。友達だなんて言ってはいけなかったかもしれない。
「そそ。友達で、ファン!」
(恐れ多い……!)
香苗も美晴も私がどんな人間かは、仄からの情報でしか知らないはずなのにそんなことを……。い、いやでも友達だと思ってくれるのは有難いことだ。わたしだって馬鹿じゃない。そんな気持ちを持ってくれている人たちに対してわざと剣呑な態度を取ったりなんてしない。しかも二人は仄の友達だ。迷惑をかけたくない気持ちはあるけれど、だからといって突き放すような態度は取れるはずもない。
「こんばんはぁ」
そしてまたも背後からは能天気な男の子の声。紛う事無きリンジくんの登場だ。一応wireは入れておいたけど来てくれたんだ。
「おぉ?カ……さんじくん!」
「海賊コックじゃないよ」
基本的に笑い顔だけれど、きっと苦笑なのだろう。リンジくんは仄にそう言った。
「れんじくん!」
「惜しい、けど死神でもないねぇ」
今度は晴美にそう言って笑顔になる。リンジくんは仄達とはきちんとした面識はない。仄たちはこの間、リンジくんの演奏が終わってすぐに帰ってしまったのだ。
「しんじくん」
「サードチルドレンでもないなぁ」
三段落ちなの?今度は香苗にそう言ってリンジくんは頭を掻く。
「来たのね、リンジくん」
恐らく仄たちも判ってはいたのだろうけれど、いい加減ネタも続かないだろうから私が正解を言う。わざわざ来てくれたのだからお礼の一つでも言っておかないといけない。
「そうそれ!そりゃあもうお呼びとあらば」
「呼んでない……」
そう、今日ここでライブをする、とは言ったけれど、来てねとは言っていない。リンジくんにだって色々事情はあるだろうし、音楽を聴くことが強制になどなってはいけないと私が思っているからだ。
「確かに呼ばれてはいなかったなぁ」
「あれ、今日はやらないの?」
リンジくんは手ぶらだった。
「うん。今日はちょっとね。新しい友達?」
まぁそんなこともあろう。そして目ざとく(と言ってしまうと意地が悪いかもしれないけれど)榑井さんを目に留めてリンジくんは言う。
「あ、うん。えと、彼はリンジくん。ドコカのバンドのギタリストで、ここでは一人でギターの弾き語りをしてるってこと以外何も知らないヤバそうな人」
私は榑井さんにそう言った。今言ったこと以外、私もリンジくんのことは知らないのだ。これ以上の説明ができない相手にwireの交換をしたのはやっぱり早すぎたかもしれない。これはきっと後で仄に突っ込まれるだろうな。
「ヤバそうくないよ」
今度はそれと判る苦笑でリンジくんは再び頭を掻いた。うん、でも、やっぱり悪い人には見えない。私の審美眼がどうかという問題は勿論あるにせよ、私はリンジくんのことは嫌いじゃない。初めて会った日に腕を掴まれたり抱き止められたりしたのは不可抗力であって、それこそ私を助けようとした結果だった訳だし。
「あ、え、えと、く、榑井美雪です!」
「美雪ちゃん、よろしくね。僕はハナちゃんのファンでリンジです。ちなみに同年代だし詮索する気もないから、敬語はいらないよ」
「あ、は、はい!」
またしても良く判らないリンジくんの持論に、ぽんと顔を赤らめて榑井さんは頷いた。おぉ、もしやリンジくんがタイプなのか、榑井さん。その辺の話も今度……。いや恋バナなんて私の方から語れることなんてこれっぽっちもない。それは辞めておこう。それにしてもリンジくんが私のファンだなんていう方が。
「うそくさい……」
「ひどいな」
いや確かに。お礼の一つでもと思っていたのに、リンジくんの呑気なペースに巻き込まれるとつい棘のある口調になってしまうのは何故だろう。
「ま、羽奈のへそ曲がりは半端じゃないから」
「そうなんだ」
言わないで良いことを仄が言う。止めなさい本当に。
「でもま、見る人が見ればとっても素直」
ぐ、とサムズアップ。いやそりゃあんたほど人間出来てればそう見えるのかもしれないけれど、そうそう簡単に私の素直な部分なんて見抜けるはずもない。
「なんかすっごい判る気がする」
まじかよ。
「あんたらねぇ……」
いやこれは、仄やリンジくんを責める前に、そんなに簡単にイロイロ見抜かれる私自身を見直すべきなのだろうか。
第五話:海賊料理人死神第三の子供 終り
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