第四話:榑井さんと香椎さん
高校に友人と呼べる人はいない。どのレベルが『友人』という線引きまでは判らないけれど、
屋上の入り口から進むと、最奥にある、屋上の中では人気の少ないベンチに腰かけて、購買部で売られていたサンドウィッチを食べながら、ヘッドフォンから聞こえてくる歌声に耳を澄ます。
歌手の名前は
LayNaの他にももっと前から活躍している
だけれど、そのシンガーたちの殆どが作詞も作曲もしていない。
そのアニメに合うような楽曲を提供され、それを唄う。歌い手としてはどんな歌でも歌いこなしてみせる、というやり甲斐があるのだろうけれど、わたしはパーソナリティとしてその人の中に存在しているオリジナリティを見たいし、感じたい。確かに提供された楽曲でもその人のオリジナリティを、唄い方で垣間見ることはできる。だけれど、楽曲自体を、このシンガーはどんな歌を創りたくて、それをどんなふうに歌うのだろう、ということまで知ることはできない。
だから私は自分が歌う歌は自分で創るシンガーソングライターが好きだし、オリジナル曲を演奏するバンドが好きだ。
だけれど、聞こえてくる楽曲が好みで、歌声も好み、となればやはり楽曲を提供されているシンガーの歌だってもちろん聴く。
今聞いているLayNaはまさしくそのパターンだ。本人が創った歌ではなくても、素晴らしい楽曲を素晴らしい歌声で聞かせてくれるというのはやはりプロの仕事だし、簡単にできるものではない。
それに、作曲にしてもそれは誰にでもできることではない。私の様に思いついた曲にさらっと伴奏を付けて歌う程度の簡単な作曲でも、出来ない人はできないし、もっと高度な曲の創り方をしている人だってたくさんいる。
だから、当然だけれど作詞作曲をしないシンガーを馬鹿にしている訳ではないし、当然認めないなどと思っている訳でもない。その人のパーソナリティやオリジナリティ、クリエイティビティを感じたいと思うのは私の勝手な感じ方だ。
そんな物思いにふけっていると、とんとん、と肩を叩かれた。
「!」
すぐ隣に女子生徒が座っていた。
や、違う、クラスメート。セルフレームの眼鏡で、少しだけふっくらとした丸顔だけれど決して太ってはいない。身長も私と同じくらいで、俗っぽく言えばちびっ子だ。愛嬌のある顔立ちで、まさしく愛くるしい、という表現が似合う子だ。
(まって、思い出す……)
ヘッドフォンを外すと、私と同じくらいの高さの視線を見返す。私は教室でも殆ど一人だし、二年生に上がった今でもクラスメートとの交流は殆どない。この子とだってきちんと話すのは、まさしく今が初めてのはずだ。
「あの、ご、ごめんね急に」
その子は言って、おずおずと視線を外した。人見知り、かな。私もそうだから何となく判る。
「あぁ、いや、何か用だった?」
(
思い出せた、良かった。
「あ、えと、LayNa好きなのかな、って……」
「え、言ったことあったっけ」
(ない)
だってまともに話すのは今日が初めてだもの。多少の会話は交わしたことはあるかもしれないけれど、その時に好きな音楽の話なんてしないし、していたらさすがの私だって覚えている。
「ううん、さ、さっき、音が漏れてるの少し聞こえて……」
(まじか)
そんなに大音量では聞いていないはずだ。私は教室から購買へ移動する間と、購買でサンドウィッチを買ってから、ここに来るまでの間は音楽を聴いている。どうせ、と言っては随分と投げやりになってしまうけれど、私に話しかけてくる人なんていない。
「すごいね、耳いいんだ」
「あ、ち、ちが!偶然!」
すれ違いざまに聞こえた、という程度だろうか。それにしたって何か音楽を聴いているな、程度にしか思わないはずだ。偶然にも耳慣れた特徴的なフレーズが榑井さんの耳に届いたのか。
「榑井さんも好きなんだ、LayNa」
ま、でも午後の授業が始まるまでは暇だし、折角私なんかに話しかけてきてくれたんだから、きちんと相手をしなくちゃ。
「あ、う、うん。わたしは、アニメから、な、なんだけ、ど……」
随分と吃音が交じる。人と話すこともあまり得意ではないみたいだ。こんなに可愛らしい外見をしているのにもったいない。でも性格はそう簡単に矯正できない。私だって簡単に今の性格を変えられるものなら、このくらいのハンデがあったにしたってもう少し高校生活もうまくやれているはずだ。
「そうなんだ。前やってたやつ?なんか銃で撃ち合う……」
女の子たちがチームを組んで仮想世界で銃撃戦を繰り広げる、とかいうアニメだったはず。私もゲームや漫画やアニメは好きだけれど、そのアニメは見ていなかった。
「あ、うん、そ、そう!見てた?」
ぱ、と目を輝かせて榑井さんは言った。なるほどなるほど。共通の好きなものがあると話しやすいというのはあるよね、でもごめんよ榑井さん。
「ごめんね、見てなかった。でもどこかCMかな、テレビ見てて、綺麗な声だなぁと思って検索したんだ」
「わたし、アルバム買ったよ!」
うお、何か急に元気だな。でも可愛いな。アニメがダメでもLayNaの話題ならまだ共通事項だからかな。私はそのアニメのエディングテーマと、そのカップリング曲しか持っていない。
「そうなんだ」
「あ、良かったら貸そうか?」
はぁ、私のばかたれが。
榑井さんはそれを私に気付いてほしかったのに。私は私で少し冷静ではないのかもしれない。いやきっとそうだな。こんなに可愛らしい子にいきなり話かけられて、多分人見知りだろうに、一生懸命に私に話しかけてきてくれるものだから、驚いてるんだ。
「いいの?」
「う、うん!明日持ってくるね!」
「……ありがとね、榑井さん」
そう言えばもう二年生になって三週間だ。榑井さんの友達はみんな別のクラスになってしまったのだろうか。
「あ、あの、か、
「ん?」
でも何だろう。同じような人見知りだからだろうか。榑井さんは他のクラスメートとは違う印象がある。私は自分から他のクラスメートに話しかけたりはしないし、近付かない。仲良くなったとしても、私の足のことでその人達に迷惑がかかることは明白だ。それにやっぱり奇異の目で見られていたことも充分に判っている。だから友達を作ろうとは思っていなかったし、だからといって不必要に突っ慳貪な態度も取っていない。だから、きっと私の中でも、他のクラスメートの中でも『触らぬ神に祟りなし』という感覚を持っているのだと思う。だけれど、榑井さんにはそんな雰囲気が感じられなかった。
「香椎さんのライブって、誰でも見ていいの……?」
ライブ、と言うほど形式ばったものではないけれど。公園でやっているのだから、通りすがりにでも聞いてくれれば嬉しいかな。
「え、うん、大体は公園でやってるだけだから。ハコ……ライブハウスでやる時は、お金払ってもらわないといけなくなっちゃうけど、入場料とドリンク代払えば誰でも、何人のアーティストでも見ていいんだよ」
私はライブハウスという空間には慣れているけれど、ライブハウスに行ったことがない人だってたくさんいる。いやきっと行ったことのない人と、ある人を比べれば、行ったことのない人の方が多いかもしれない。
「そう、なんだ」
「え、何?榑井さん、どうしたの?」
しゅん、と音が出そうなくらいの動作で榑井さんが俯いた。
「あ!や!ち、ちがくて!」
(何と違う?)
榑井さんの言葉の意味を掴み損ねてしまったので、私は榑井さんの言葉を待った。
「香椎さんの唄、凄く素敵だって聞いたから、聞いてみたくて……」
「……ぬ?」
そ、それは嬉しいことだけれど、一体誰が?私は高校では誰にもストリートライブをしていることなど話していない。
「え?あ、ご、ごめんなさ」
「じゃなくて、誰がそんなこと言ってたの?」
榑井さんが謝る必要性はまったくない。つい私は榑井さんの言葉を遮ってしまった。私のばかたれめ。まったく香椎羽奈という女は気は利かないし諧謔も判らないし機知にも乏しい女だ。
「あ、えと、
「国井?山本?誰そいつら」
聞き覚えのない名前だ。ほんの一瞬、実はリンジくんがこの学校の生徒で、リンジくんから聞いたのかと妄想してしまった。それよりも来るな、なんて酷い言い草だ。
「え、クラスメート……」
「まじで?」
そ、それは失礼を……。い、いやそれも仕方のないことだ。別に一匹狼を気取っている訳ではないけれど、そう思われても仕方がないほど私は独りでいる。だから榑井さんの名前も咄嗟には出てこなかったし、それが男子生徒ともなれば当然だ。と自己正当しておこう。それに私のライブに来るな、なんて言う奴の顔を覚える必要性は――残念ながら出てきてしまった訳だけれど、失礼だったなんて思う必要性はまったくない。
「う、うん」
「ちょっとあとでこっそり顔教えて」
どんな面をしているのか、しっかりと拝んでやる。
「あ、うん。でも……」
「別に何も言わないから。言って榑井さんに被害が及んだら大変だもん。だけど私の曲を訊いてみたいって思ってくれてる大事な人を一人減らそうとした罪は重い」
万死に値する。男のくせになんて小さい奴らなんだ。もしも私がそいつらに榑井さんの話をしたら、きっと陰で榑井さんを虐めるに決まっている。私は性善説も性悪説も信じない。仮にそいつらが私の曲を好きでいてくれても、私はそんな奴らを許せない。
「か、香椎さん……?」
「あはは、ま、冗談。じゃ榑井さん音楽好きそうな友達いたら是非とも連れてきてね」
「あ、う、うん……」
またしても榑井さんはうなだれた。あぁ、そうか。三度私のばかたれめが。性格は違うけれど、私と似たような人見知り。でも、こうしてなけなしの勇気を振り絞って私に話しかけてくれた。多分、榑井さんも友達が少ないのかもしれない。
「勿論一人でも大歓迎!熱烈歓迎!」
ぽん、と榑井さんの肩に手を置く。お客さんの数は多い方が嬉しいのは確かだ。だけれど、興味なく、仕方なく、無理矢理来てくれた十人より、聞きたくて聴きに来てくれる一人の方が嬉しいに決まってる。それは音楽をやっている人はみんな同じ気持ちのはずだ。
「あ、うん!わ、わたし友達いないから……」
「そっかぁ。私と一緒だ」
ぽり、と後頭部を掻いて私も言った。苦笑いだけれど、自然と笑顔になれた気がする。
「え、そ、そうなの?」
「ほら、私、こんなだからさ。迷惑かけたくないし、煙たがる人も多いし、私が自分から距離縮めようとも思えないし」
ちょいちょい、と立てかけてあるロフストランドクラッチを指差しながら私は言う。普段なら仄にしか言わないこともべらべらと喋ってしまっている。榑井さんの雰囲気だろうか。見た目は私なんかよりもとても柔らかく柔和な雰囲気を持っているし、話しかけやすい雰囲気も私とは段違いだ。そんな榑井さんだから、なのかな、ついこんな話をしちゃうのは。
「い、いつもここで、お昼食べてるの?」
「ま、そうだね。空いてるところ座って」
座れなければどこかに寄りかかって。ヘッドフォンしっぱなしだし、近付くなオーラ出してる時もあるし。だから私に近付こうなんて人はいない。そう考えると榑井さんはちょっと変わっているのかもしれない。
「わ、わたしも来て、い、いい?」
「屋上は皆のスペースでしょ」
屋上に来たがる人間を私がどうこうする権利なんてない。来たければ来れば良いのだ。
「あ、じゃなくて」
あ、そうでした。もう本当に……。
「あ!ご、ごめん。そうね、私は全然歓迎よ」
つまりは私とお昼休みを一緒に過ごしてくれる、というありがたい申し出ではないかばかたれめが。一人でいるのは嫌いではないけれど、やっぱり寂しい。それに、こんな私にで少しでも親近感を抱いてくれているのなら、嬉しいかもしれない。
「あ、ありがとう香椎さん!」
「あ、いやぁ、いえいえ」
ありがとうはこちらの台詞だ。でも素直じゃない私は結局どう返して良いか判らず、そんな曖昧な言葉を返してしまった。
第四話:榑井さんと香椎さん 終り
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