第三話:やっちまった香椎羽奈
週末、学校の課題も終え、晩御飯もお風呂も終えて、私は
ここのところこの間知り合ったばかりのれいといつも一緒にいる。なんとなくうまが合うというか、空気感が合う気がして、れいがこのゲームにインしている時はメッセージを送ってから落ち合うようになった。
『れいさぁ』
『なに?』
一つ冒険を終えて、こうして雑談の時間を取るのは最近の通例になりつつある。
『んー、そうだな。例えば今日、いきなり私らに高難度クエ手伝ってください、ってお願いしてきた人がいたらどうする?』
『時間があれば手伝うでしょ。
ここ数日で私が高難度のクエストを手伝ったのでれいのキャラクターも少しレベルが上がってきた。出会った時よりも死ぬ回数も少なくなってきた。
『ま、そうだよね。んでさ、手伝ってあげて、やったぁ、クリアした!ってなるでしょ』
『うん』
『そのまま、お礼の一つもなしで急にその人消えたらどう思う?』
昨日の出来事をそのままFPO2に例えて言って見た。
『なんだよぉ、って思うよね』
『でしょー!』
やっぱりそれが普通の反応よね。
『なんかあったの?』
『まぁ今言ったようなことがリアルでね。詳細はちょっとアレだけど』
流石にうまが合うとはいえ、れいにも本当のことを洗いざらい話す気にはなれない。ゲーム内で知り合った人達に少しでもリアルが割れるのは危険なことだというのは経験済みだ。ゲームに限らず、表面上でしか付き合いがないのは気楽ではあるけれど、それが本当の人間関係かと言えば少し違う気もする。れいとはこのままある程度の時間を一緒に過ごしていれば、きっと信頼関係はできると思うのだけれど、それでもある程度は、という前提が付いて回る。とはいえその関係を蔑ろにするつもりもない。こうしてわずかな時間でも一緒にゲームを楽しめる仲間だと思っているし、その付き合いがもっと深くなればリアルで会うことだって構わないと思っている。そしてその付き合いを深くして行こう、と少なくとも私の方は思っている。
『なるほど。ま、それはちょっと腹が立つかもしれないね』
『でしょー!』
私があの女の人にちょっと腹が立ったのも間違いではなかった。誰かの同意を得たい訳ではなかったけれど、同意してくれる人がいると安心する。どこかで、基本的に女は同意の生き物だ、って読んだことがある。女に限らずだとも思うけれど、何でもかんでも同意されてもそれはそれで何だかな、と思ってしまうけれど。
『別にさ、ありがとうございましたって言え!って訳じゃないけどさ』
『まぁ気持ちは判る』
おそらく普通に礼節を欠いている行為だろう。私の考えは行き過ぎている訳ではないことも判った。だけれど、私が怒り爆発とまで行かないのは一つ懸念があるからだ。
『その人にも何か事情はあったのかも、しれないけどさぁ』
『そうなの?』
『うん、時間ギリでお願いしてきたから、確かにその人も時間はなかったのかもしれないけど』
何か、あの人にとってのっぴきならない事情があった、そう思うこともある。多分あの人はどこか、何かのきっかけで私のことを見知ったのだろう。もしくはたまたま公園を歩いていて、私の曲が偶然あの人の好みに合った、ということもあるかもしれない。どちらにしてもあの人はあの時、時間に追われていて、あと一曲、聞けるか聞けないかくらいの時間しかなかった。本当ならありがとうの一言くらい言いたかったけれどそれもできない状況にあった。そう思ってしまったのだ。
『次に会うことはない?』
『全然知らない人だったけど、まぁ可能性はあるかも、くらいかなぁ』
生憎私は自分が聖人だなどとは思っていない。だけれど、その人それぞれに事情があることくらいは理解できないほど子供でもない。
『でも次に会えたとしても訊けないよね、お礼も言わないで消えたのはなんで?とか』
『だね。向こうから話振って来れば話せるかもしれないけど。ま、いいや。なんかごめんね、ワケわかんない説明しかできなくて』
そんなにあの人に対してむしゃくしゃしていた訳でもない。礼節を欠いた行為よりも、あそこまで私に懇願して私の曲を聞きたいと思ってくれた気持の方を信じたい。そう思ってしまっている。
『別にいいよ。fanaの愚痴の聞き役になれただけでも』
『イイヤツか!……ん、でもそっか』
結局その程度か。
『ん?』
『や、愚痴る気はなかったつもりなんだけど、結局愚痴りたかっただけだったかな、って』
れいに聞いてもらって初めて自覚した。確かに私はあの人の行為に少し腹を立てたけれど、だからといって許せないと思うほどでもなく、何ならあの人にも事情があったのかもしれないとまで思っていた。ちょっとむしゃくしゃしたというだけの話をれいにしてしまったのだ。
『自覚できるんならそれはいいことじゃない?』
『微妙……』
もっと早くに自覚できていればれいに愚痴ることだってなかったはずなのに。
『じゃ聞き役になったお礼に高難度クエ、付き合ってよ』
『お、良いわね。一回死ぬごとに一万めめたんね!』
ま、これでれいに借りが返せるのならそれで良いか。あまり考えすぎても良くない。れいの言う通り、機会があれば進展はあるかもしれないし、それきりのことであればそれはそれで仕方がないことだ。ストリートライブでの一期一会なんて当たり前の出来事だし。
『めめたんの譲渡はできないんでしょ。ていうかそれじゃお礼にならないんじゃ……』
語尾に一つ『w』がついてれいは言う。
『精神的に、よ』
私も語尾『w』をつけて返した。最初に出会った時に交わした冗談だ。
『精神的破産に追い込む気?』
『それはれい次第』
『ひぇー』
れいは良い奴だな。私がすぐに考えすぎる暗い性格でも、こうして楽しい気分にさせてくれる。
ゲームを終え、明かりを落としてからベッドに入ると、この間のことを思い出した。正直あの女の人のことよりもよほど『やっちまった』感のあることだ。
いつもの私なら絶対にしないことなのに。
(はぁ、早まったかもなぁ……)
暗い部屋でスマートフォンをいじると発光したディスプレイの明るさに目を細める。
リンジくんの演奏が終わった後、仄が言った。
「中々良かったね、彼」
「ま、そうね」
確かに演奏は凄く私の好みだった。ただ彼に、助けられたとはいえ無遠慮に体を触られたことが少し腹立たしい。という言い訳。そう、多分言い訳だ。
「んじゃ帰るね!明日も学校だし」
「ん、ありがとね、二人も」
「いえいえ、
「ありがと」
「あ、そうそう、ゴールデンウィークにライブ決まりそうだから決まったらまた
そう言って仄は手を振った。
「うん、よろしく!」
「んじゃねー!」
仄達が去って行った後、私の背後から声がかかった。
「どうだった?」
糸目で笑い顔の彼、リンジくんだった。
「あ、どうも、お疲れ様です、リンジ、さん」
そう言って私はリンジくんの細い眼を見上げる。私は身長が一五〇センチしかない。対してリンジくんは一七〇センチはありそうな長身だ。
「ため口で良いよ。同年代だし。下手な詮索する気はないけど、その分変な気遣いもなしで」
「理屈は良く判らないけど……。判りました」
ともかく遠慮がいらないのならそれはそれで楽だ。私は彼の提案に乗ることにした。
「で、どうだったかな。実は一人でやるのって、今日が初めてなんだぁ」
頭を掻きつつリンジくんは呑気にそんなことを言った。
「そうなんだ。私は好き、かな。リンジくんの演奏」
あれが初めてか。演奏する姿は堂々としていたし、素人感もなかった。いやでも彼は普段はバンドをしていると言っていた。ステージ馴れはしている、ということか。
「わぁ、それは嬉しいねぇ」
呑気な口調は元々でこれがリンジくんの喋り方なのだろう。笑い顔が笑顔になるとやっぱりちょっと可愛い顔立ちをしているのが良く判る。
「バンドはギターボーカルなの?」
「や、僕はリードギター。コーラスはやるけどメインのボーカルはいるよ」
「なるほど」
バンドのギタリストが歌いたい、と思っても何ら不思議なことはない。多分だけれど、私だってもしも唄ではなく、シンセサイザーのみでバンドに入って、と頼まれることがあればそれはそれで経験してみたいことだけれど、きっと歌いたいという願望は出てきてしまうだろう。
「バンドも作曲はほかの人がやってるんだよね」
「じゃあ今回は本当にオリジナルなんだね」
普段バンドでしている曲をリンジくんが弾き語りでやったということではなく、バンドではやっていない、リンジくん作詞作曲のオリジナルということだ。まだ素直には言えそうもないけれど、リンジくんのセンスは好きだ。
「うん。人に聞いてもらうのも初めてでね、いや緊張した」
「そうは見えなかった、かな」
とはいえ、普段バンドでもしていない、オリジナル曲の初披露ならば、その緊張感は判らなくもない。
「人前に立つのとギター演奏自体は慣れてるから、かなぁ」
「バンドの曲もあんな感じ?」
だとしたらそのバンドも見てみたい。
「いやいやー、バンドはゴリゴリのロックンロールだよ。それも好きだからやってるけど、僕が創る曲はバンドに合わないからね」
なるほど。だから創ってはみたものの、バンドで披露もできないし、じゃあ弾き語りでやってみよう、と思うのは納得できる。
「最後の曲、好き、かな」
(あれ、意外に素直に言えた)
自分でも少し驚いてしまうほどに。
「おぉ、嬉しいねぇ。僕もハナちゃんの最後の曲、好きだな。リクエストの」
「元々時間に余裕があったらラストでやろうと思ってた曲だから」
ぐぬぬ、なんだ、嬉しい。顔が緩んでるかもしれない。私はとっさにリンジくんから顔を背けてしまった。ちきしょう、なんだこいつ。
「そっかぁ。またここでやることある?」
「う、うん。ここくらいしかないから……」
それほど頻繁にやっている訳ではないけれど、ここなら気楽に来れるし、演奏するつもりで来て演奏する人が多かったらその日はその人達の演奏を聞いて帰れば良い。金曜日や土曜日などは今日くらいの時間だと演奏は難しいくらいに人がいる。
「ハコではやらないの?弾き語りイベントとかも割とちょくちょくやってるよね」
「たまぁに、ね」
ハコ、というのはライブハウスの俗称だ。私たちのようなライブハウスなどでライブをするミュージシャンの多くに通用する略語的な言葉でもある。
「じゃまたここに来れば聴けることもあるってことかな」
「うん、ま、それはね」
ライブハウスで演奏をするときは出演料を払わなければならないし、聞きに来てくれる人もお金を払うことになる。バンドのイベントとは違って、弾き語りイベントの出演料は安いことが殆どだけれど、それでもお金が動くという事実がある。それが嫌だという訳ではないけれど、友達からお金を取るということに多少の抵抗があるのは事実だ。だけれど、こうしてこの場を提供してくれている楽器店だって何もかもをタダで出来ている訳ではない。機材の運搬費やメンテナンス費、公園の占用料だって当たり前に発生する。そこに甘えさせてもらっているだけ、というのも少々心苦しいのは事実だ。
「SNSとかやってない?」
「やってない」
SNSの利用は考えない訳でもないのだけれど、どれほどの効果があるのかは判らないし、匿名が常識の世界でどんな誹謗中傷があるかも判らない。特に私はそれほど大げさではないにしてもハンデのある身だ。突っつくネタが豊富なことは認めざるを得ない。だからブログをやることにも躊躇している。
「そか」
「なに?」
お近付きになりたい、という風でもなさそうなリンジくんの反応に、ついキツイ言い方で返してしまった。
「や、告知とかあれば確実に聴きに来れるかなぁ、と思ってさ」
「あぁ、なるほど……」
それはそれはご親切に。でも私だってリンジくんがまた演奏するなら聴いてみたい。私はスカートのポケットに入れてあるスマートフォンを取り出した。
「ハナちゃん?」
怪訝な声でリンジくんは私の反応を待っているようだった。私はスマートフォンを操作してwireを立ち上げると、QRコードを表示させた。
「これ、私のwire」
いけないと思いつつもぶっきらぼうな言い方になってしまう。こういうところが私の駄目なところだ。ただ単にお互いのライブを見たいから、連絡先の交換をするだけという行為なのに。
「え、いいの?今日会ったばっかりなのに?」
私だって同意見だ。だけれど、わたしはリンジくんの演奏をまた聞いてみたいし、リンジくんが私の曲を好きだと言ってくれた気持ちだって信じたい。
「ま、まぁ助けてもらったし、時間も譲ってもらったし……。多分、リンジくんの方が時間短かったよね」
さりげなく、だったけれど。もう少し聞きたいな、と思って時計を見たら、多分私に譲った分の一曲分を早く切り上げたのだろうことに気付いた。何が一緒に謝ってあげるだ。多分リンジくんは最初から一曲分短縮するつもりだったのだ。親切心なのは良く判っているし、他意がないことくらいは私にだって判る。でも、小憎たらしい。
「あ、バレてた?あははぁ、カッコ悪いなぁ僕」
「そんなことないよ。ありがと」
さすがの私だってその厚意に、頼んでもいないのに余計なことを、とは言えない。ちょっとだけ、ほんの少しだけ思ったけれど、私だってそこまで子供じゃない。それに私じゃなければちょっと好きになってもおかしくないくらいのさりげないカッコ良さだ。や、判ってはいるのよ私だって!
「んじゃ遠慮なく。ま、無駄に連絡入れた入りしないからそこは安心して」
「あ、うん……」
そんなこんなで二日が過ぎた。
確かにリンジくんからは何も連絡は来なかったし、私だってリンジくんには何も連絡を入れていない。このことを仄に相談しようかどうしようかも決めあぐねている。
れいにはこの相談はできない。おいそれと自分の連絡先を教えるような人間だと思われたくないし、れいに『私にも教えて』と言われたら教えざるを得なくなる。正直、まだそこまでの関係性は出来上がっていない。いわゆるオフ会など、多人数で集まるのならばまだしも、流石にサシでは会う勇気がない。
(……ん?)
あれ、何?な、なんだか違和感が……。何に対しての違和感だろう。
仄には違和感を抱くはずもないし、逆にリンジくんもれいも違和感を感じるほどまだ全然理解できていない。一連の思考で上がってきた人物を洗ってみても違和感の元は特定できなかった。
(ま、そのうち判るかな……?)
考えても判らないのならば仕方がない。自分の感じたことなのに判らないなんていい加減な話だけれども、そんなに重要なことでもないかもしれないし。ともかく寝よう。明日は朝からゲーム三昧だ!お昼は
第三話:やっちまった香椎羽奈 終り
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