もう1つの東西冷戦―日本人民共和国臨時労農革命政府成立編

阿月礼

第1話 生活

1-1 ラジオ

 「ハンガリアにおいて、赤魔・ソ連に対する反共暴動が発生し・・・・・」

 ラジオの声が、相変わらず、遠く東欧での反ソ暴動について語っていた。ここ最近、否、大東亜戦争に勝利してからというもの、日々、ラジオの番組と言えば、

 <大東亜共栄圏護持>

を繰り返すばかりで、日々、面白味もない番組が繰り返されていた。

 面白味もない番組しか流さないラジオに何の意味があるのか?

 ラジオは、音の世界とはいえ、物理的に遠く離れた場所の新たな情報を運んで来るから、新鮮さがあるのであって、面白いものであるはずである。

 そうした機能をなくしたラジオは、文字通り、あまり意味のないものと化していたとも言えよう。

 <大東亜共栄圏護持>

についての話題ならば、町内を歩けば、そこここに、

 <皇軍将兵に感謝しませう>

 <生活物資は大東亜共栄圏護持に必要なものばかりです>

等、

 <大東亜共栄圏>

を強調する看板やら、チラシ、ポスターが存在している。ラジオにて音で喧伝されなくても、それらは、現実の毎日の世界の視界に存在しているのである。それなのに、音の世界で迄、

 <大東亜共栄圏護持>

が言われる。新鮮味など、当然の如く存在しない。まるで、

 <大東亜共栄圏>

は毎日の呼吸のごとく、存在していた。

 そんな中で、遠く東欧の話をラジオがしてくれたのだから、今日は、何かしら、少しく新鮮なものを感じさせられた。

 18歳の藤倉妙子は、自宅でのラジオを聞いていて、少しく、新鮮な気持ちとなった。勿論、妙子は欧州を含め、海外旅行をしたことなどないし、まして、ハンガリーが欧州のどこにあるのかさえ、分からない。

 <欧州>

といえば、大東亜戦争時、日本と同盟関係にあったナチ・ドイツが多い浮かぶものの、ナチ政権が昭和20年(1945年)5月9日、連合国に無条件降伏し、既にイタリアも1943年には降伏していた。

 枢軸国としての戦勝国と言えば、日本のみになってしまった昭和31年(1956年)の今日、地理的な場所も分からない状況と相まって、欧州も何かしら、日本とは無関係の存在になった感があった。

 ナチの連合国への無条件降伏がなされた昭和20年といえば、妙子はまだ7歳だったので、詳しいことも分かろうはずがなかった。故に、個人的記憶も何か、あいまいであった。

 しかし、今日のラジオは、いつもと違うだけに、やはり、何か新鮮である。アナウンサーの声も、少しく、興奮しているようなものにも感じられた。アナウンサー氏も、久し振りの新たな動きなので、何か、興奮を感じるものがあるのだろうか。

 今年、18歳になる妙子は、来年度には女学校を卒業する予定である。彼女にとっては、1つの人生の節目を迎えんとしていた。しかし、卒業後、どこへ行くべきなのか?

 大日本帝国では

 <女>

は、

 <男>

を支える脇役でしかなかった。

 <男尊女卑>

を規定している明治から続く民法上の

 <家制度>

がそれを規定していることにも具体的に現れていた。女性には参政権もない。加えて、10年以上も続く軍優先の戦時体制がもたらす経済困難もある。

 <男尊女卑>

 の

 <家制度>

の下、誰かと結婚して、<家>の枠組みの中を生きてみようにも、まともな経済力のある男、あるいは、<家>など、殆ど、ありそうになかった。

 しかし、現実の問題として、自立して生きていける道があるようにも思われない。妙子の周囲を取り巻く環境は様々に厳しい。

 ただ、強いて言えば、この藤倉家の、つまり、現在、住んでいる実家は、持ち家なので、家賃もいらない。時々は、対立する母と同居とはいえ、生活の拠点だけは、何とかなるようではあった。

 妙子は心中、そんなことを考えていた。そのうちにラジオは、

 「では、これにて、赤魔による東欧情勢の解説を終わります」

と、特集番組の終了を告げた。

 番組終了後、妙子は思った。

 「ああ、どうなるのかしら?」

 彼女のこの疑問に対する回答など、誰も持っているわけではなかろう。そして、これは、昭和17年の戦勝以来、日本の社会が全般的に持ち続けて来たであろう

 <漠たる不安>

であった。

 昭和31年(1956年)、妙子は自宅と女学校を往復するだけの、一体、誰の人生を歩んでいるのか分からない日々を生きていたのであった。


1-2 声

 「妙子」

 「え?」

 ラジオを聞き終わった後、居間の畳に寝ころんでいた妙子に母・静江が声をかけた。

 「そろそろ、昼よ」

 「うん」

 昼食の時間であった。ちゃぶ台の上に置かれたのは、いつものように、塩で味付けたジャガイモ、カボチャであった。米飯はない。いつもの食卓風景であった。

 「妙子、もう18ね」

 「うん」

 「この先のこと、考えているの?」

 「考えているわけないでしょう」

 換言すれば、妙子は、このことを先程から、心中にて、呟いていたのである。

 「考えていない」

 というより、

 「考えようがない」

のである。このことを妙子は、そのまま、口に出して言った。

 「考えようがないじゃない。だいたい何をやるのも、今の事情なんだから、電力だの石炭だのが不足して、かえって、お母さんの勤めている工場だって、時々、操業停止でしょ」

 「まあ、確かに」

 娘に、自身の日々の現実をつかれた静江は、自身の生活を確かめるように言った。

 昭和17年の実質的戦勝によって、

 <大東亜共栄圏>

は完成した。しかし、その<大東亜共栄圏>各地での反日ゲリラの出没等によって、軍の各現地での活動、ならびに、現役軍用車両等のために、燃料等を使わざるを得ず、新兵器の開発、増産に回す燃料、資源等は欠乏しがちであった。

 当然、内地の工場では操業停止等の事例も増え、静江の向上もその範疇に入っていた。操業停止になった労働日については、当然、給与が払えない。各労働者の給与も減る。そこで、配給制度が人々の生活を支えていた。

 配給制は、そもそも、戦争遂行のため、軍の活動を優先すべくなされた制度であった。それが、

 <大東亜共栄圏護持>

のため、昭和31年の今日もなお、続いているのであった。

 その制度自体が、現金収入が減っている庶民生活、すなわち

 <社会>

を支えているとは言えるものの、現金収入が減り、経済の基本である通貨が用をなさなくなりつつある今日、配給制は命綱的存在と言えた。しかし、それさえ、軍優先によって、庶民に廻される分は乏しいのである。

 <戦時体制>

の継続は、社会に対し、それを支えさせるための制度としての

 <配給制>

さえも、機能停止に陥らせつつあるようであった。

 「ところで、雄一はどこへ行っているの?」

 妙子が静江に問うた。

 「何となく、家にいたくないみたいで、お母さんが蒸かしたジャガイモとカボチャを先に食べて、外に出たのよ」

 やはり、女性が多い家の中に、1人だけ男だけというのは、何かしら居づらいものがあるのだろうか。

 「雄一ももう、15歳ね。あの子も少しは、将来のこと、考えているのかしら?」

 静江がつぶやいた。

 「雄一は、何か偉そうなことを言うわりには、学校の成績も良くないし、どうしたものかしら」

 静江としては、ここ最近、

 「あんたももう、15にもなるんだから、少しは将来のことを考えなさい」

と、雄一に説教することが多くなっていた。

 場合によっては、姉の妙子からも、

 「大の男が、今後、どうする気?」

とすごまれることもあった。雄一としては、そうした小言、説教の二重の攻撃が嫌で、昼食時間をずらし、外に出ていたのかもしれない。

 「雄一については、大した才能もないし、どうしたものかしら。軍の学校だったら、学費もかからないし、良いかも」

 「そうかもね」

 静江は返答した。しかし、静江としては、

 「だけど、軍なんかに入れて、上手くやっていけるのかしら?体格も良い方じゃないし」

と一抹の不安を感じざるを得なかった。ただ、軍ならば、男には徴兵があることもあり、又、軍優先の昨今である。少しは食糧事情も良くなるかもしれないし、藤倉家にも金銭の負担も減るというより、金銭がほとんどなくなっていく現状では、雄一の将来を支援できそうにもないのが現状であった。

 さらに、まともな就業先がない昨今、どこへも行けずに、それこそ、

 <大の男>

が、家の中でゴロゴロなんてことになったら、所謂

 <世間体>

の問題もあるだろう。

 「今後、このことは、又、きちんと話し合うべきね」

 静江が言い、妙子も同意した。


1-3 書の中

 女性2人による二重攻撃に嫌気がさしていた雄一は、近所の図書館に来ていた。書物という

 <別世界>

に逃げ込みたいためであった。雄一は、幼い頃、少年雑誌についていた付録の紙細工で、軍艦や飛行機を作ってのが、良き思い出として残っていた。それらを通して、何かしら、国際関係、政治、あるいは歴史等に興味があるようなのである。

 図書館を歩いて、雄一は、いつもと同じく、歴史のコーナーの前に足を止めてみた。色々、有る中から、戦国期についての書を取り出してみた。

 その書を近くのテーブルの椅子に座って、何となく、広げてみた。書の中には、

 「戦国期には、明銭等が流通の手段として使われ、特に堺には、各大名間の流通の拠点であり、・・・・・」

等と書いてあった。

 「この時代、明の国のお金とはいえ、現金が流通していたわけだ」

 雄一は、空想の世界にふけるのが好きらしい。頭の中での空想を膨らましつつ、本を読み進めて行った。

 当時、堺の街は<会合衆>という地元の商人による合議制で運営しており、その中には後に、豊臣秀吉の茶道の師範となる千利休等もいたとのことであった。

 「合議制か。俺なんか、気が小さい方だから、あんまり、意見、通せないかな・・・・・」

 そんなことを考えつつ、読み進めて行くと、

 「堺は、室町幕府の将軍・足利義昭を奉じつつ、京に上洛した織田信長によって、義昭の許しの下、代官が置かれたのであった」

 信長が堺に代官を置いたのは、経済流通の拠点として、この時点では、領土の拡大よりも、堺の掌握の方が、はるかに大きな力になることを認識していたからであった。

 「俺って、戦争ごっこでは、下っ端の兵士役ばかりだったな」

 つまり、雄一も物語の主役になってみたいわけである。この本の中で、自身を信長に重複させ、物語の主役になっている彼であった。

 結果として、堺は信長の支配下の下に置かれ、自治等を奪われたのであった。この状況は、周辺諸国を侵略して、支配下に置いている今日の大日本帝国と似ていないでもなかった。

 「しかし」

 雄一には思うことがあった。

 「今の社会って、現金がほとんど、使えなくなってきているよな。これじゃ、信長以前の社会や時代と同じじゃないの?」

 しかし、雄一は、-勿論、1人で図書館に来ている事もあるものの-、15歳にもなっているので、文字通り、昭和31年現在の日本の

 <社会>

については、弁えてはいるつもりである。過去の時代が現在よりも良かった、という意味の発言をすることは、今日の

 <大東亜共栄圏>

の意義を否定することともとらえられかねない。

 事実、日々の不満から、何かしら、そうした種類の発言をして、教師の体罰を受けた例を雄一自体、目撃していた。

 ましてや、学校から、家庭に連絡、あるいは、その世帯のある隣組に知れたら、と思うと、それこそ、

 <食>

という、生活の不可欠な基盤を失いかねない。

 <非国民>

のレッテルを貼られれば、隣組からの食糧供給が止められかねない。むしろ、自分達への食糧配給量を増やさんと、進んで、藤倉家への食料供給を止めようという動きも町内で出るかもしれない。

 そうなれば、一家全滅かもしれない。今では、事実上、

 <戸主>

となっている静江の持ち帰る給与が減る一方、統制経済の間をぬってはびこる闇物資は

 <社会>

からの人気が様々に高い分、常に奪い合いの

 <競り>

にかけられていた。その意味では、<配給制>という統制経済と対立する<競り>

である市場経済はやはり確かに存在していた。しかし、少ない現金量では、その<競り>

にも参戦できないだろう。にもかかわらず、その中で、以前、姉の妙子が親戚から米等の食料のおすそ分けをしてもらえたのは、親戚が農家であったことによって、機能しない

 <現金流通>

そして、町内での互いの利害対立を内包する

 <隣組>

を迂回し得うるある種の無償の<助け合い>があったからであった。

 それがなければ、米を口にすることもできなかった。それは常々、自分ではどうにもできない構造の下に置かれているという文字通りの

 <恐怖>

であった。

 雄一が外を見れば、既に夕方になっていた。彼は、本を本棚に戻すと、図書館を後にした。

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