第12話 帰還

 目を開けると見慣れた景色がそこにあった。

 そこは、三輪さんの家の中で臨時の更衣室にした小部屋の天井がそこにあった。

 そうか、目を開けたときに眩しいと困るので部屋のライトは消したんだった。

 そうだ――私は戻ってきたのだ。ホテルのようなプライベートルームからアーカロイドを接続した部屋に。


 「グギュルルルルル〜」

 

 ほっとして気が緩んだのか、お腹の音が盛大になった。その音は家中響いてしまう。

 女子として出してはいけない音を出してしまい、。同時に冷や汗も出た。

 誰かに聞かれたかも、と恥ずかしくなり顔に両手をあてたところで、火照り――顔の温かさを感じた。


 「……あったかい」


 この温度はアーカロイドでは感じない温かさ。冷えた指先と顔の温かさが混ざり合い、心地よい。

 確か学校の授業で顔が火照るのは交感神経のスイッチが入るから、って習った気がする。今は人間なんだということを改めて感じる。


 「あれ……?」

 

 そういえば、と家の中から物音がしないことに気づいた。


 ドアの鍵をそっと開け、隙間から覗き、耳を澄ませる。

 元の体に戻ったことで視覚、聴覚以外のアーカロイドでは感じなかった触覚、嗅覚等、五感を認識したことで、全ての知覚情報が一気に入ってきて頭が少しくらっとした。

 情報酔いだろうか。長時間感じていなかった感覚を少しずつ取り戻しつつ、家の中の雰囲気を感じとっても、人の気配が全くない。

 ……留守なのかな。私が何時に戻るか分からなかったから三輪さんは三輪さんの用事を済ませるため、外に出ているのかもしれない。

 空腹で少しふらつく足に力を込め、ドアレバーに手をかけ部屋から出る。

 アーカロイドと同じ視界を感じながら三輪さんの作業用の机の前までいく。そこには私が出かける前にテストプリントして印刷機から打ち出したA4のコピー用紙があった。

 その用紙には、

 

 『アーカロイドを操作中はドアに施錠をするなど生身の自分自身を何かしらの形で保護する必要がある。』


 と書いてあった。

 そういえば、アーカロイドを操作中に大事なことをメモしようと思ったら自動的にメモされて出力できたんだった。

 三輪さんの机の上の鉛筆立てにあった、シャーペンを借りると、その用紙の隅の方に新たに書き込む。


『一時的にアーカロイドの接続を解除しました。空腹がアーカロイドの操作に影響するそうなので、一旦自宅に戻ります。三輪さんにお話ししたい事があるのでこのメモをみたら私が帰るまでお待ちいただけると嬉しいです。』

 

 念の為、UDPを持ち出し首に下げると、コンビニに向かった。こちらに来る前に食材を買っていたが、今は作る気力がない。もったいないが手軽に食べれるものを買おう。

 コンビニに入ると、パンコーナーと惣菜コーナーがある陳列棚に向かう。適当にパンをいくつかとサラダを買い、レジに向かった。

 店員さんがバーコードリーダーでピッ、ピッ、と商品のバーコードを読み取り、私の正面の画面に合計額が加算されていく。


 「こちら、温めますか?」


「はい、お願いします」


 いつものやり取りをし、店員さんがパンを電子レンジに入れる。


「――合計が675円になります」


「D払いで」


 画面に従い、いつものように『バーコード決済』を選択すると、あることに気がつく。


 あ、携帯向こうだ……。

 と、向こう――プライベートルームに置いてきた、アーカロイドが着ているズボンのポケットに入れたままだということを思い出す。

 遠距離だと持ち物が分散するなぁ……。これも注意事項としてメモしておくか。

 

 あ……今、私アーカロイドじゃないんだった。うわぁ混乱するな。

 1人でむしゃむしゃしているところを店員さんは、頭の上に?を浮かべながら見ていた。


 「すみません、すみません。やっぱり現金でお願いします」


 ちらりと後ろを向くと、長い行列ができていた。

 私のせいで、後ろに会計待ちのお客さんの列ができているし……。


 財布はこちらにあったので、結局は現金で払うことにする。これ以上を迷惑をかけたくないので、ぴったりで出せますように、と財布を開く。ちょうど入っていた675円をトレーに置いて支払い、温め終わったパンの入ったレジ袋を受け取ると、顔を伏せ、小走りになりながらコンビニを出ていった。





 

 自宅に着くと、ダイニングテーブルに座り、購入したものを広げる。

 だが、その前に喉が乾いた。今すぐにでも水を飲みたいところだが洗面所に行き、まず手を洗い、うがいをする。

 冷たい水が、手と喉に触れ、気持ちいい。そのまま両手で水をすくい、口に運ぶ。水が美味しい、最高。

 乾いた喉に水分が行き渡り、私自身も生き生きとしてきた。


 改めて、ダイニングに戻り、椅子に座る。広げていたパンの袋を開けると、焼きそばパンのソースの香りが鼻腔いっぱいに広がった。


 「うぉ〜これだよ、これ」


 HSP気質があり、五感が敏感――特に匂いに敏感な私にとって、使えない感覚があるのは少し不便であると感じてしまう。もちろん、それでもそれらを上回る機能があるアーカロイドはすごい技術だと思う。だが、使い方次第だな……と振り返りながらいそいそとパンを食べた。

 味を楽しみながら食べたいが、三輪さんと離れている以上、あまりゆっくりと食べられない。もったいないが食べながら今後のことについて考えることにしよう。

 親が帰ってくるのは20時。夕食の準備もしないといけないからそれまでにはアーカロイドも回収しなければならない。


 ①食べ終わったらとりあえず家のベッドから接続。

 ②三輪さんから連絡が入っているかもしれないから携帯を確認する。

 

 よし、これで行こう。

 もうひとつのパンとチキンサラダを急いで食べ(泣)、テーブルをきれいに拭くと2階の自室に向かった。

 ベッドに寝っ転がると、アーカム専用接続機器――UDP(アーカムディスプレイ)をつける。

 部屋の電気は消した。万が一のために、扉に張り紙も貼った。よし、準備OK。


 これで、本日2回目のダイブだ。まだ数時間しか使っていないのに我ながら慣れたもんだ。

 天井を見て、一息ついてから目を閉じる。

 そして接続するためのコマンドを唱えた。



 「アーカム・ダイブ!」

 


 突如つむっていて暗い視界が、真っ白になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る