第2話 弟子
娘のヒナが研究室でアーカロイドを使い夢中になっている間、旭川博士は、作業部屋に移動した。
広さは八畳ほどで旭川博士だけのプライベートルームとも言える部屋は、作業に必要なものしか置いておらず殺風景だ。
博士はPCの電源のスイッチを押すと、シュイィィィィン、とファンの回る音が部屋に響く。タワー型のPCは緑色に発光し、部屋をほのかに照らした。
PCを起動させている間、博士は右側の壁際に目を向けた。そこには人が入れそうな3つのくぼみがあり、そのひとつには、娘に渡したマネキンと同じものが装置に入って保管されていた。
マネキンの方に近づと、博士は長年の研究の成果が実ったことに対して嬉しく思い、ほくそ笑んだ。
娘にあげたあのアーカムは、娘に自分で動かせる自由な足を与え、娘は動き回れることに喜んでいた。
そんな娘の反応を見た、博士はその姿を誇らしげに思ったが、アーカム技術を開発した研究者としてはまだまだ不十分だった。完成したばかりだからまだデータが足りない。もしかしたらまだ知らない隠れた危険性が発見されるかもしれない。
さらなるデータ収集のために、他のサンプルも必要だ。そうだ、彼に――私の弟子にもう1つのアーカロイドを送ろう。
娘には好きなように使ってもらいながら、開発に直接関わっていない弟子にも協力してもらうことで客観的なデータを取れば、複数のデータを取れる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――ピンポーン。
「宅配便で〜す」
目の前に運ばれたダンボールで梱包された大きな荷物――配送物を前に立ち続ける青年は配送物と送り状を何度も往復した。
宅配業者からこんなに配送物を受け取ったことがなかった。あまりの大きさにびっくりして戸惑う青年――三輪大輔。
「ありがとうございましたー」
「あ、はい、ありがとうございます……てかなんだこれ?」
急に来た荷物に驚いているうちに、無事に届け終えたことを確認した宅配業者はお礼を言いトラックの方に戻っていった。おそらく、彼もこんなサイズの荷物ははじめてだったのだろう、少し驚いた顔をしていたから。
いったい誰からだろうと、大きな配送物の宛名を確認するとそれは旭川博士からだった。住所は研究所の住所になっていた。
彼――旭川博士の弟子であり旭川博士とは十年前、博士号をとるため、大学院に入ったときその大学で出会った。無事に博士号をとることができ、卒業してからも親交はあった。博士号の専攻とはかけ離れた博士のよくわからない研究を手伝っているうちにいつのまにか『弟子』と呼ばれるようになっていた。
「一体、博士は何を送ってくれたんだ……?」
まずは梱包を開けてみないとわからない。厳重に留められているテープを丁寧に剥がしていった。
「うおっ、なんだこれ……?」
箱から現れたのは、肌は人間そのもの、人形のマネキンだった。
「本当に何なんだ……?」
中のものが何なのか理解するのに時間がかかった。だが、博士が意味もなく送るとは思わない。ダンボールの中に何か手紙とかが入っていないか確認する。隅々まで探したが、それらしきものは入っていなかった。
よく機械類を買うとついてくる保証書もなかったからこれは既製品ではない。
おそらくこれは旭川博士の発明品だろう。
ダンボールに入っていないということは、あとはメールに何かしらきているはずだ。急いでメールボックスを確認してみると、予想通り一通のメッセージが入っていた。
だがメールを読んでも内容が全く入ってこない。
「なんだこりゃ……。博士は何を作ったんだ?」
理解しようと試みるも、ほとんど理解ができない。弟子は頭を抱えながら、うんうんと唸ってしまう。
メールと格闘していると一時間、二時間と過ぎていった。床にばらまかれた状態のメモ用紙も小高い山ができている。
「……なるほど。なんとなく分かったぞ」
午前九時十分をさしていた時計の長針は十三時を回っていた。
中身を理解するのに結局4時間かかってしまった。いや、4時間しかかからなかったというべきか。
博士との長い付き合いだ。博士の考え方はなんとなくわかる。
最初は一行目から難しかったが、落ち着いて読んでいくと様々な知識、分野が絡み合っていた。
「難しいのではなく、複雑……」
読むコツさえ掴めば、少しずつ紐を解きながら理解していくだけ。気づいたら昼食も取らずに夢中になっていた。
分かったことは、旭川博士はとんでもないものを発明したということ。
発明品――Unmanned Humanoid Remote Control Machine(無人人型遠隔機械)――略称、UHRCoM (アーカム)。
シンプルに言うと、人の意思で動かすドローンというべきか、そのロボット版。
それもメカメカしいものではなく、接続すれば使用者そっくりに変わる特殊な素材でできているとのこと。操作中は普段見ている視界と変わらず、ほぼ感覚も一緒だそうだ。むしろ、眼球に当たる部分には高性能カメラとレンズを使っているため人間の裸眼よりクリアに見える。
相手がアーカロイドということはアーカロイドの使用者しか分からない。
普通の人にはアーカロイドと人間の区別ができないほどリアルにできている。
確かにこの機械――このアーカム技術を使えば人の生活は大きく変えることができる。メールを読むと、博士もそのように確信していた。
動力源や仕組みについては書かれていなかった。それは当たり前か。アーカム技術についてすべてメールで書かれていて誰かがそれをハッキングしていたら簡単に世に出回ってしまう。
博士はこの技術を
URというアーカム技術については大まかに分かった。だが、博士はこの技術について理解してもらうことが目的ではなく、それは通過地点。
本当の目的は――――。
――――アーカロイドという最新技術のロボットの試験運用を行ってほしい。
旭川博士、すみません。じつは機械操作が苦手です。
そのため、試験運用はちょっと……。
……いや、そもそもなぜ、弟子という自分に新技術の研究を隠しておきながらいまさら協力を求めてきたのか。
唯一わかるのはこんな新技術を宅配便で送って良いものなのか。いや、だめだろう。
だが、こんな最新の技術を送ってくれた博士のためにも頑張りたい。頼られて嬉しいのは変わりないから。むしろ信頼してくれているから送ってくれたのだろう。
データ収集する前に、まずこのアーカロイドについて知らなければならない。
だが、私は動かすことができない。だから代わりに――――。彼女に連絡をとろう。
機械系が得意な学生、
僕の代わりに彼女がテストパイロットを行えばデータ取得については問題ない――彼はそのように判断したのだった。
とにかくこの機械のことをはやく知りたい、という衝動が湧き上がってきた。
携帯端末で詩絵の連絡先を開くと急いでメッセージを送った。
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