UQ(アーカム・クエスト)

心桜 鶉

第一章

1. アーカム技術

第1話 世界初の新技術

 ――バイオフロンティア社。

 山沿いに向かい、坂を登った小高い丘の上にある施設の看板は夜の真っ暗な中でもこの製薬会社の名前は存在感を示していた。

 ここは国指定の難病用の治療薬を主に作る会社である。現在の時刻は午後8時。通常業務はすでに終わっている。だが、ここ地下3階では創薬とは別の――8年に渡るとある研究が行われていた。

 それもついに長年の研究と苦労が叶い、世界初の最新技術がここに完成した。目の前には大きな四角い装置に入った、直立姿勢のマネキン姿のような物がそこにあった。

 

「これで完成だ……!やったぞ、ついに完成した!」


 そのマネキンを大事に触れる博士。

  このマネキンこそが、博士が作りたかったものそのものだった。

 それはUnmanned Humanoid Remote Control Machine(無人人型遠隔機械)――略称、UHRCoM (アーカム)。

 この機械――このアーカム技術を使えば人の生活は大きく変わるだろう。博士はそう、確信していた。

 これで私の願望は叶う。この機械を娘に渡すという夢が。

 この技術は、ある日の事故によって足が不自由になってしまった娘――旭川ヒナが擬似的に歩けるようになるという希望でもあった。


「素晴らしい、これで娘が歩けるようになるぞ……!」

 

 旭川博士の声が聞こえたのか、車椅子を操作しながら旭川ヒナが近づいてきた。彼女の肩まである赤茶色のセミロングの髪が揺れていた。彼女は長年、博士の――父親の苦労を近くで見ていたからこそ知っている。彼は事故以来、ヒナが不自由な生活から解放されるよう、ずっと研究をし続けていたのだ。だからこそ一緒にその喜びを噛みしめたいと思うと同時に、彼女の中には再び歩ける嬉しさがこみ上げてきた。


「完成したの?すごいよ、お父さん!とうとう出来たんだね」


「あぁそうだよ、遂に完成したんだよ……!さぁ、お前の出番だ」


 博士はヒナを手招きした。

 

「えぇ、私やっと自分の足で歩くことができるのね……」


 ヒナは嬉しさのあまり車椅子のハンドリムを握る手に思わず力が入る。

 

「あぁそうだとも。長く辛かっただろうに。今までよく頑張ってくれた……。ありがとう」

 

 涙ぐみながらも博士は笑顔を浮かべていた。それを見たヒナは思わずもらい泣きしてしまった。

 

「うんっ……!こちらこそありがとうお父さん!」


「さっそくテストだ。テストしてみよう!」

 

 博士は娘にテストをするよう促すと、アンドロイドが入った装置の透明な蓋を閉じる。そして、机の上に置いてあった何かを掴んだ。

 博士の手にはリングのような機械を持っていた。それはアーカム専用のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)、UDP(アーカムディスプレイ)だ。このUDPと人型の機械マネキン――アーカム・アンドロイド、通称アーカロイドを専用の長距離通信で繋げることにより日本中どこにいても接続することができるようになる。

 

「うん!」

 

 娘は頷くと、UDPアーカム・ディスプレイに手を伸ばす。これはヒナにとって最初の一歩だった。博士からUDPを受け取り、頭から被り目に被せるように装着した。

 側頭部側についている起動ボタンを押すと、システム起動音とともに娘は眠るように体を車椅子に預けた。


「―― システム起動。……身体情報の認識完了。UHRCoM 0号機に接続します」


 システム音が聞こえUDPアーカムディスプレイによる接続の更新が終わる。システムが完全に起動したようだ。するとディスプレイ越しにいままで見えていた天井が見えなくなり、目前が真っ暗になった。そこは光を一切感じることができない。

 光を全く通さない真っ暗な視界の中で次の指示を待っていた。だが、そこは不安感がなく、どこか安らぎを与えてくれるのだった。

 

「感覚機能の調整が終わりました。システムオールグリーン。スタンバイ中です」


「お父さん、スタンバイ中だって」


「よし、接続は良好だな。じゃあ、先程教えたコマンドを唱えてくれ」


 私は一呼吸おくと、つぶやいた。

 

「アーカム・ダイブ」


 その言葉を唱えると、ヒナの視界は白く輝き、自身の身体の感覚がなくなった。それはまるで、心と肉体が一瞬で分離したかのような不思議な感覚だった。


「システムダイブ、成功。ユーザーの意識がUHRCoM 0号機に接続しました」


 真っ暗な世界の中で、ヒナはシステム音を認識した。


「ヒナ、目を開けてみな」


 父親の柔らかい言葉に促され、目を開ける。強い光が入ってきて眩しかったが、がすぐにそれも収まった。彼女の視界から映し出されたのは、父親――旭川博士の顔だった。彼の顔は疲れていたが、その疲れた顔には嬉しさがあふれていた。

 しだいに視界が鮮明になり、風景がいつもより鮮やかに感じる。ディスプレイに映し出されたアーカロイドの視界が、彼女の新たな視界となった。その瞳から映し出される世界は、ヒナにとって新鮮で、同時に優しい光景だっただが、この視界は少しいつもと違う。まるで上から見下ろしているような違和感を感じた。いや、普段より目線が高いのだ。

 そして今、ヒナは箱のような装置の中にいた。


「うっ……!あれ、私いつの間に移動してたっけ?」


「これはアーカロイドの中だ。ヒナは今、それを自分で動かしている」


 彼女は自分の手――アーカロイドの手を上げ、ゆっくりと握りしめた。その動きはまるで、自分の本当の手のように思えた。


「すごい、自分の手のように動かせるよ……!」


 その声を聞いた旭川博士は、感動のあまり言葉が出なかった。彼の顔には今にも零れそうなほど涙があふれていて、その顔は嬉しさで輝いていた。


「うん、すごいよヒナ。これで君も自由に動けるようになる。これからはまた今まで通り歩けるんだ」


 私はその父親の言葉にはっとなり、その位置からだと後ろにいるであろう、生身の身体の方へ振り返った。


「うそっ!ほんとだ……車椅子に座っている私がいる……。視界が鮮明に見えるよ!」


「だが、お楽しみはここからだ、ほれ!」


 お楽しみ?と、聞くよりも先に旭川博士の手が伸び、いきなり突き飛ばされた。ヒナの視界の右側に何か赤く表示されたが、それをしっかりと確認することはできない。バランスを崩し後ろに倒れそうになったので左足を下げた。


「いきなり何をするの?突き飛ばすなんてひどいよ……てあれ、私立ってたの?お父さん……私……!」

 

 そこでヒナはようやく自分自身が2本足でたっていたことに気づいた。今ままで両足は痺れているような感覚があったが、今はそれがない。両足で地面にしっかりと触れることができていた。

 

「ヒナ、そうだ。今立っているんだ……しっかりと2本足で、自分の足で立っているんだよ!」


 目の前には、目に涙をため、赤く腫れ上がらせていた父親の顔があった。

 両足を動かしてみるとしっかりと歩けた。バランスが崩れて転ぶこともない。

 まるで本物の足のようだった。

 とにかくヒナは自分の意思で足を動かした――動かせたことが何よりも嬉しく、こみ上げてくるものがあったが、今のヒナはアーカロイド――機械の目には何も起こらなかった。


「嬉しいよ……お父さん。私、歩けてる。車椅子に頼らなくても歩けてるよ!」


「良かったな……!ほんとうに良かったな!」


 ヒナはもう一生歩けないと思っていた。だが、奇跡が起こった。旭川博士が研究し、開発したUHRCoM――無人人型遠隔機械はヒナの未来を覆したのだ。


「ここまで長かったが……私の研究は何も間違っていなかった……!これでヒナは自由に歩ける」

 

 だが、これを正式に世に発表するのはまだ早い。もっと実地検査による動作確認が必要だ。彼にも協力してもらおう……。


「ヒナ、不具合がないかもう少し動いてみてくれ!もし何かあったら知らせてくれ」


「うん、分かった!」


 旭川博士は長年の自分の研究の成果が実ったことに対して嬉しく思った。娘にあげたアーカロイドは、ヒナ自身で動かせる自由な足を与え、ヒナは動き回れることに喜んだ。

 そんなヒナの反応を見た、彼はその姿を誇らしげに思った。またさらなるデータ収集のために、弟子――三輪大輔にもう1つのアーカロイドを送ることを決心した。


 だがそんな2人の様子をドアの影から覗き見する人物がいた。一度帰宅したが、忘れ物に気づき、研究所に戻ったところ、偶然その様子を見てしまったのだった。

 

「あれが世界初の新技術の結晶―――― UHRCoM (アーカム)か!」

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