第7話 竜の領地にて

 近づいてきたのはラルゴを慕う竜である。

 年下ではない……、ラルゴよりも一回りも離れた、親と言われてもおかしくはない竜だ。


 年の差は関係性に大きな影響を与えない。

 年功序列が廃止されたわけではないが、それ以上に実力主義であるからだ。


 ラルゴの場合は現・竜王の息子だから、という部分もあるが……声をかけてきた竜は、元々の竜王の部下ではない。ラルゴが王族という立場とは別に作った関係性である。


 簡単に言えば、ラルゴに負けた悪竜であるが……、ラルゴを「若」と……つまりボスとして慕っている。今の所属こそ竜王の部下だが……王の息子、ということで『若』なのだ。


「お久しぶりです。

 しかしこう堂々と正面玄関から入れば、竜王の耳に入ってしまいそうなものですが……」


「いいんだよ。親父が目的だ――それに玄関と言っているが、障害物がなにもねえ場所じゃねえか。どこだろうと、こそこそと隠れて侵入しようが、アイツにはばれてるはずだ。

 どうせ見て見ぬ振りをしてるんだろうぜ」


 目が良い、耳が良い……という話ではないのだろう。

 竜は確かに、どちらの感覚も発達しているので、できないこともないが……、ラルゴにはできないのだ。

 建物を隔てた先を聞き分けることならともかく、遠く離れた竜の足音を聞き分けることはできない。それは竜であれ、あの王であってもできないはずだ。


 目や耳を頼っているなら隙があるが、王が領地の全域を把握しているのは、『魔法』を利用しているからだろう……となると漏れはない。

 地下や細い隙間を移動している侵入者のことも気づいているはずなのだ。


 そう、ラルゴが手に持っている『赤ん坊』のことも……恐らくは筒抜けである。


「若、それは……?」


「ああこれは――」


 その時、ラルゴは外からの視線を感じた。

 視線を上げれば、ゆっくりと降下してくる一頭の竜がいた。

 開きかけていた手を再び閉じ、知った顔が着地するのを待つ。


 赤い鱗を持つ竜だった。

 鱗の一枚一枚が鋭く、黒い爪がどんなに硬い皮膚でも切り裂くだろう。

 竜の領地にいるどの竜よりも、見た目の攻撃性は高い。


「兄貴か」


「おかえりラルゴ。困ったことでもあったのかい?」


 見た目に反して優しい対応だった。

 相手が弟だから? ではなく、彼の場合は誰に向けても大体がこういう対応だ。


 赤い竜……名をレントと言う。

 ラルゴの兄であり、現在の『竜王・筆頭候補』である。


「……別に。あったとしても兄貴に相談することじゃないな」

「なら、『ビーチ』を呼ぼうか?」


 ラルゴの姉である。レントからすれば妹だ。


 兄の提案に、ラルゴは迷いがあった。

 抱えた問題は、姉の視点があった方がいいだろう、とも思ったのだ……、だが、姉からは良く思われていないようだし、頼っても手伝ってくれるかどうかは分からない。


 頼るとしたら自分からではなく、ピュウから頼んだ方が良いだろうと思い、今回の機会は見送ることにする。


「いらねえ」


「そうか。……俺に頼ることは?」


「今回のは、兄貴がいて有利になるわけでもなさそうだ」


 武力や対話であれば頼っていただろう……、これから向かう父親との『交渉』に、隣にいてアドバイスを貰いたいくらいだったが、その対応こそが父親の機嫌を損ねてしまうことになる。

 これはラルゴが一人でやるべきことなのだ。


 困っていればすぐに手伝ってくれる兄の手を借りることはできない……してはいけない。


「親父は?」


「変わりない。老いたとは言え、まだまだ喧嘩はできるだろうな」


 早く引退してくれと思ったこともあるが……今、父親に引退されたら、自分たちで竜の領地を守ることができるのか?

 そう問われてしまえば、兄のレントや姉のビーチ、そして末っ子であり、出来損ないの自分では無理だろうと思う。


 故郷のことを思えば、まだまだ父親には竜王として、立ってもらわなくてはならないと思いながらも、老竜としてのハンデを背負っていてほしいとも思っている……。

 現役ほどの力がなくとも、竜王の力は強大だ。


 全盛期に磨かれた戦闘スキルは衰えてはいないだろう。


「……いってくる」


「その子を飼うのか? ……あの竜王が認めるとは思えないな」


 手の平で隠していたリグヘットのことを、あっさりと見破られた。

 若、と呼んでいた竜は気づいていなかったのだ、やはり兄の嗅覚が鋭かったのだろう。


「人間だからじゃないぞ。この領地に異物を入れることを嫌うからな……、食べるためならともかく、育てるとなると――」


「認めないなら認めさせるまでだ」


「俺がいなくて交渉が上手くいくと思うか?」


 無理だろう。

 最初から、ラルゴは言葉で認めさせるつもりはなかった……。


 昔から。


 兄にも姉にも、当然、父親にも――言葉で勝ったことはない。


 言葉でなければ……自分を慕ってくれている竜たちを認めさせたのは、いつだって『力』だったはずだ。

 暴力だ、理不尽だ、魂だ。冷静さも理論もなく、ひたすら野生を突き詰め、自身の内側から溢れ出てくる熱に身を任せて構築してきた――『戦い』こそ、最も得意とする土俵である。


 その上でも、竜王に勝てる、とは言えないが……。


「……そろそろ、逃げ続けるわけにもいかなくなった」

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