第6話 リグの異変

「猿どもに指示すれば持ってきてくれると思うぞ。わざわざお前がいかなくても……」

「盗む気でしょ? それはダメよ。きちんとお金を払って、」


「相変わらず真面目なやつだ。

 人間の世界のルールに、オレたちが合わせる必要もねえだろ……」


「人間の技術を、わたしたちは『使わせてもらう』立場なの。人間社会のルールに則って、欲しいものを得るのが鉄則よ。

 暴力で奪うなんてダメ。わたしがいる内は、そんなことさせないから」


「じゃあ、お前がいない時ならいいのか?」

「やってみれば? わたしはあんたをいつも見ているからね」


 言ってから、『重い……』と自覚したピュウだったが、ラルゴは明け透けな好意に気づくことなく、「怖ぇよ」と呟くだけだった。

 ……昔から、故郷の悪童ラルゴを、真面目で優等生のピュウが面倒を見る、という構図があったのだ――変わらない関係性でいるだけだ。


「じゃあいってくるから、リグのことお願いね!」

「分かった分かった……急がなくていいからな」


「急ぐに決まってんでしょ!

 あんたのためじゃなくて、リグのためなんだから!!」




 竜の姿に戻ることなく、人間の足で山を下りるピュウの背中を見て、筋金入りだと再認識するラルゴだった……。

 コンプレックスであることは知っていたが、移動に使うことも躊躇うとは……。リグヘットのためでも、コンプレックスの方が優先されるらしい。


 きっと、彼女も無自覚なだけで、指摘すれば迷わず竜の姿に戻るだろうが……、『母親役』であって、母親ではないのだ。

 言葉もまだ喋れないリグヘットに、我が子と同じ愛情を注げと言われて、できる方が珍しいだろう。


 ラルゴもピュウも、まだリグヘットのことは、拾った赤ん坊でしかない。


 他人の子供だ。


 他人どころか、種族も違う……。

 人間からすれば、家畜の子供を拾って育てているようなものだろうか?


「……うるさい母親がいなくなったな。リグ、腹減ったか? 果物でも、」


 振り向いて、バスケットの中を覗き込めば……嫌な予感がした。

 寝ているとしても静か過ぎる……、呼吸はしていると分かるが、見て分かるほどに苦しそうだった。痛いとも、苦しいとも言わないが、言えないだけで感じていることは確かな表情だった。


 泣いてくれた方が分かりやすいが、それができないほどに衰弱している……?


「リグ……!? ッ、クソ、おいピュウ――」


 ログハウスから出てピュウを追うが、既に背中は見えなかった。

 人間の足で向かったのなら、すぐに追いつくはずだ――だが。


 竜は耳が良い。

 人間なら聞き逃すだろう赤ん坊の小さな悲鳴を、聞いてしまった。


 吐息を漏らした程度のものだが、それでも赤ん坊からすれば悲鳴だ。

 どこにいくの、置いていかないで……――実の父親でもないラルゴに助けを求めるように、リグヘットが言葉にならない声で主張したのだ。


 その漏れた息を、ラルゴは『助けて』と解釈した。


 踵を返し、ログハウスへ戻る。……やはりラルゴとピュウだけでは難しかったのだ。知識がなければ経験もない。そんなガキが、赤ん坊を隠れて育てる? ……無理に決まっている。

 自身の都合を優先して赤ん坊を苦しめているだけではないか――状況が改善する兆しは見えない。だったらもう、自分たちの手だけではなく、頼れる他の手を借りるしかない……。


 ラルゴが最も頼りたくなかった……親だ。

 兄でも姉でも、故郷にいる誰でもいいが、結局、誰に相談したところで親へいく。だったら最初から親を頼った方が話は早い。


 ルールに厳しい真面目なピュウが付き合ってくれたことが奇跡だったのだ。

 彼女こそ、いの一番に親へ報告しそうなものだ……――『竜王』へ。


 ラルゴの父親へ。


 そんなピュウが黙認し、他の誰もが竜王へ告げ口するだろう……、想定とは真逆である。

 こうなってくると、ピュウがどうして黙認し、しかも手伝ってくれているのかが不思議である。幼馴染だから? それだけで……? それ以外の理由が、あったりするのだろうか?


「……そんなことはどうでもいいか」


 ラルゴはバスケットを抱える。

 ログハウスを背にし、竜の姿へ戻って、茂みの奥へいた猿たちへ視線を向けずに伝える。


「ハウスの手入れは任せた。

 ……いずれリグが使う家だ、汚したり壊したりしたらぶっ飛ばすからな」


 そして黒竜が飛び立った。


 領地にこそ、数日前までは帰っていたが――親の元に、となると数年ぶりだ。

 数十年? ……正直なところ覚えていないが――、


 何はともあれ、不良息子の帰省である。




 竜の領地――その支配圏内へ入ったラルゴは、すぐに他の竜に捕捉された。


 普段、竜の住処として他の生物からは敬遠されているため、見張りの仕事はないようなものだ。だからこそ、久しぶりの異物に嬉々として腰を上げたのだった……――のだが、確認してみれば異物ではなかったが、だからと言ってガッカリする見張りの竜ではなかった。


「――若!」

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